226 ぬりかべ令嬢、もてなされる。

 てっきり大公家の使用人として働くつもりだった私を、ミーナは貴賓として迎え入れてくれるという。


「ミアが過ごすお部屋へ案内いたしますわ! そちらでゆっくりお話ししましょう! さあ、マリアンヌも一緒にいらしてくださいまし!」


 予想外のことに驚いている私の手をとったミーナが、屋敷の中へ私とマリアンヌを誘う。


 そうして連れてこられた部屋は、日当たりがいい角部屋の、いかにも高貴な身分の人が使いそうな部屋だった。


「うわぁ……! こんな立派な部屋を使わせて貰っても良いの?」


「もちろんですわ。時間があれば可愛いお部屋に改装しておいたのですけれど……。我慢してくださいましね。正直、この部屋は格式張っていてミアには似合いませんから、わたくしは気に入っておりませんの。でも来客用ではこの部屋が一番良い部屋ですし……。うーん、やっぱり改装するべきかしら……?」


「えっ?! 改装だなんてとんでもない! この部屋、すごく落ち着いていて私は好きだよ!」


「そうですの? ミアが気に入ってくださったのなら、このままにしておきますわ」


 ミーナは納得いっていないみたいだけれど、なんとか改装は回避できた。


 確かに、私やミーナのような年齢の少女が好む部屋じゃないかもしれないけれど、とにかく広くて綺麗だし、調度品はどれも最高級のものに見える。それに侯爵家で何年間も屋根裏部屋に住んでいたことがある私にとっては、贅沢過ぎると思う。


「そうそう、こちらに使用人の部屋もありますわよ! 気に入らなければマリアンヌにも来客用の部屋を用意しましてよ!」


「いえいえっ!! 使用人部屋で十分ですよっ! 部屋が繋がっているので、すぐに駆けつけることが出来ますし!」


 ミーナが言う使用人用の部屋も十分広くて豪華だった。

 それに部屋の中で繋がっているから、周りの人に気づかれずに打ち合わせや相談がしやすいので、私にとっても有難い。


 一通り部屋の使い方などを説明して貰った後、私たちはソファーに座り、少し休憩させてもらうことにした。


「部屋をお気に召してくれてよかったですわ! 本当はわたくしと同じ部屋で過ごしていただくつもりでしたけど、お父様に止められてしまったんですの」


 ミーナが残念そうに言うけれど、大公が止めてくれて正直助かった。

 大公がどこまでミーナに話しているかわからないけれど、私が聖属性を持っていることまでは話していないだろうし。


「部屋が別になってしまったのは仕方ないけど、いつでも遊びにきてね。あ、マリカも呼んで女子会するのもいいかも!」


「まあぁぁ!! 女子会?! 初めてお聞きしましたわ!」


 ミーナが女子会を知らなかったので簡単に説明した。私もアメリアさんから聞いただけだから、うまく説明できるかわからないけれど。


「素敵ですわっ!! 絶対女子会したいですわっ!!」


 やはりというか、ミーナも女子会に興味津々だ。

 貴族令嬢は優雅なお茶会がメインなので、女子会のような集まりは開いたことがないんだろうな、と思う。


 それから、女子会を開く気満々のミーナが、マリカに連絡を入れてくれるよう大公家の使用人さんにお使いをお願いしてくれた。

 マリカはいつも忙しいから、来て貰えるかどうかわからないけれど。


 女子会の開催が決まり、落ち着いたところで、私はミーナと情報のすり合わせをすることにした。


「えっと、ミーナは大公閣下からどんなお話を聞いたの?」


「お父様からはミア達が新人の使用人として屋敷に来るとお聞きしましたわ。優秀な人材だから宮殿から引き抜いた、と言う設定にするつもりでしたけれど、わたくしがお客様として招きたいとお願いしましたの!」


 ミーナがそうお願いした理由は、私たちが使用人だと気軽に話せないから、だそうだ。


「それに、ミア専属の使用人の方がマリアンヌも自由に動けますでしょう? ミアが素材に何かしらこだわっていると言えば、マリアンヌが厨房を調べていても不自然ではありませんし」


「確かに……! ミーナすごい! よく思いついたね!」


 私はミーナの頭の良さに感心する。ミーナの言う通り、大公家の貴賓(設定だけど)である私が食べ物に口うるさかったら、厨房にあれこれ注文しても疑われにくいと思う。


「なるほど。私が厨房の使用人に小麦粉を見せて欲しいとお願いすれば、お客様のご希望だから、と聞いてもらえますもんね!」


 ミーナの案にマリアンヌも納得のご様子。

 予定通り大公家の使用人として来ていたら、食材を自由に調べるのは難しかっただろう。


「じゃあ、予想よりも早く異物の混入経路がわかるかもしれないね! 有難う、ミーナ!」


「そ、そんな……! わたくしたちは、その……っ、と、とと、友達じゃありませんか! と、友達を手伝うのは当たり前ですわっ!!」


 私がお礼を言うと、ミーナは顔を真っ赤にして照れていた。さすが『妖精姫』と称されるだけあって、可愛さの破壊力が半端ない。


「有難う! じゃあ、ミーナは私が守るよ! 絶対友達を危険な目に合わせないから!」


 私は確固たる意志を以って、自分に言い聞かせるように宣言した。


 大公閣下が侵されていた呪薬は、精神系統に異常をもたらす物だった。

 今大公家に入り込んでいる呪薬が同じ類の物だと限らない以上、重々注意しないと取り返しがつかないことになってしまうと思ったのだ。


「……?」


 ふと、視線を感じて見てみると、ミーナとマリアンヌが潤んだ瞳で私を見つめていた。


「ミア……っ!」


「ミア様カッコいいです!」


「えぇっ?! あ、有難う……?」


 何故か二人から褒められてしまい、思わず照れてしまう。

 だけど、ここでほんわかしている場合じゃないと、話題を変えることにする。


「……コホン。とにかく、大公家の人たちのためにも、早くこの問題を解決したいの。だからどんな些細なことでも、気になることはその日に報告し合いたいと思うんだけれど……どうかな?」


「もちろん、同意いたしますわっ! ふふっ、毎日が女子会ですわねっ!」


「いや、それはちょっと違うと思うよ?」


「私も賛成です! 情報の共有は重要ですし、意見を出し合うことで新しい発想が生まれるといいますから!」


 ミーナが少し勘違いしているけれど、マリアンヌも私の意見に同意してくれた。二人ともとてもやる気に満ちているから、本当に早く問題が解決出来そうな気になってくる。


 ──それに、ハルを目覚めさせるためにも、私は一刻も早く宮殿に戻らないといけないのだ。


 大公がこちら側に付いてくれたおかげで、ハルの立場はより強固なものとなった。ならばハルが目覚める前に、ハルや帝国に仇なすモノを出来るだけ排除しておきたいと思う。


「じゃあ、話が落ち着いたところでお着替えをいたしましょう!!」


「え? お着替え?」


 ミーナはそう言うと、すくっと立ち上がった。

 一瞬、何のことかわからなかった私に向かってミーナがビシッと指を指した。


「ミアは貴族令嬢で、わたくしのし、親友として招かれていますのよ?! それなのにそんな平服を着ていたら貴族令嬢には見えませんわよ!!」


「た、確かに……!!」


 私はミーナの指摘になるほど、と思う。今私が身につけている服はランベルト商会でジュリアンさんが選んてくれた服だ。とても可愛いけれど、貴族令嬢が着る服ではない。


「わたくしのドレスをお貸しいたしますわ! ミアとわたくしは同じぐらいの背丈ですし、同じサイズで大丈夫だと思いますのっ!」


「じゃあ、ここは私の出番ですねっ!! ミア様を着飾れるなんて……! 久しぶりに腕が鳴りますよっ!!」


 ミーナの次はマリアンヌが立ち上がった。その目はやる気に満ちていて、目からメラメラと炎が立ち上っているかのようだ。


「え、えっと……っ! お手柔らかに……?」






 何故かやる気に満ちた二人に気負わされ、私はしばらくの間着せ替え人形と化した。


 ミーナが自分の部屋から大量のドレスを持ち込んできて、そのほとんどを試着させられたのだ。


 試着の合間に休憩がてら昼食をとったけれど、まだ日が高いのに既に疲労困憊だ。


「……どれも似合うと言うのも困りモノですわね……」


「全くです……っ! 似合い過ぎて甲乙つけがたし……っ!!」


 ミーナとマリアンヌがぜぇぜぇと息を荒げている。


 ただ着替えるだけの私でも疲れているのに、代わる代わるドレスを着替えさせてくれた二人はもっと疲れているだろう。


「二人とも有難う。ずっと動いていたから疲れたでしょ? お茶でも飲んで休憩しない?」


 とりあえず二人には、聖水でも飲んで疲労回復して欲しい、と切に思う。




 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「227 ぬりかべ令嬢、捜索する。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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