227 ぬりかべ令嬢、捜索する。

 大量のドレスを試着して疲労困憊となった私たちは、ひとまず休憩することにした。


「ミアは青が似合いますわね!」


「全くです! すごく清楚でお美しいです! これで本来の姿に戻られたらもう……っ!! 美し過ぎて失神ちゃいます!!」


 お茶を飲みながら、ミーナとマリアンヌが私のドレスの話で盛り上がっている。色んな色のドレスを試着してみた結果、青が一番似合う、となったのだ。


 私自身、青系が好きなので似合うと言われてとても嬉しい。それにハルの瞳も綺麗な空色だし。


 結局、私はミーナの持つ大量のドレスの中から、青系のドレスを数着借りることになった。


「とりあえず新しいドレスが出来るまで、わたくしのドレスで我慢してくださいまし」


「ん?」


「わたくしよりウエストが細いだなんて反則ですけれど……っ!! まあ、ミアのサイズは把握しましたし、一週間ぐらいで届くように手配しますわ」


 一瞬、ミーナが何を言っているのかわからなかった私は、恐る恐る確認する。


「えっと、新しいドレスって何……?」


「ミアのドレスですわっ!! ここにいる間わたくしのドレスを着るわけにはいきませんでしょう? 取り急ぎ10着ほど注文いたしますわ! その他にもアクセサリーとか靴も必要ですわね!」


「ちょ、ちょっと待って?! ドレスを10着?! え? 注文?!」


 高価なドレスを借りるだけでも恐縮するのに、ミーナは私用にドレスを注文すると言う。さすがにそこまでしてもらう訳にはいかないし、そんな道理もないと思っていたけれど。


「そうですわ。ミアはわたくしたち家族の恩人だとお父様が仰っておりましたわ。ですから、ミアに必要なものがあれば用意するように、と申しつかっておりますの」


「え……。いや、でも……っ」


「そうそう、マリアンヌのドレスも購入しますから、後でちゃんとサイズを測らせてくださいまし」


「うぇっ?! 私もですかっ?! 無理無理無理!! 私にドレスは必要ありませんって!!」


 さっきまで他人事だと思っていたのだろう、まさか自分も標的だと思っていなかったマリアンヌも慌てて断っている。


「マリアンヌも同じ恩人でしてよ? そもそも貴女のおかげで異物に気付けたんですのよ? これぐらいはさせてくださいまし」


 ミーナにそこまで言われてしまうと、とても反論しづらい。マリアンヌも「ぐぬぬ……っ」と唸っている。


「有難う、ミーナ。大公閣下にお会いしたらお礼を言わせてもらえるかな?」


 これ以上断り続けるのも相手に失礼だと思った私は、有難くドレスを受け取ることにした。


「もちろんですわ! お父様も喜びますわ! お父様、とってもミアを気に入っておりますのよ!」


 ……大公がミーナになんて言ったのかすごく気になる。さすがにミーナの前で忠誠を誓うことはないと思うけれど。


「うぅ……っ。サイズを測るなら昨夜デザートを食べなきゃよかった……っ!」


 ミーナにサイズを測ると言われたマリアンヌが絶望のオーラを醸し出している。

 そういえば昨日、異世界のチーズケーキを再現していたっけ。


「あのチーズケーキすごく美味しかったね。また食べたいな」


「ミア様が希望されるなら、いくらでも作りますけど……っ!」


「何ですの? マリアンヌが作ったチーズケーキですの? わたくしも食べてみたいですわっ! どんなチーズケーキですの?」


 ミーナがチーズケーキに超反応した。女の子は甘いものが大好きだから、気になるのは仕方ない。


「マリアンヌが作ってくれたチーズケーキは、すっごくふわふわで美味しいの!」


 この世界のチーズケーキはどっしりと濃厚なものだった。だからあまり量は食べられないけど、マリアンヌが作ったチーズケーキはふわふわで甘過ぎす、いくらでも食べられてしまうほど美味しかった。


「ふっ、ふわふわなチーズケーキですのっ?! い、一体どんな食感なのかしら?! 想像もつきませんわっ!」


「あ、厨房をお借り出来るならお作りしますけど」


「まあっ?! 本当ですのっ?! 嬉しいですわっ!!」


「ついでに偵察も兼ねることが出来ますしね」


 マリアンヌが言う通り、デザートを作ると言えば食糧庫や厨房に入っても怪しまれることはないだろう。

 私も作っているところが見たい、と言えば不自然じゃないし。


 さっそくミーナが確認をとり、マリアンヌが厨房を使えるように手配してくれたので、みんなで向かうことにする。

 ちょうど休憩の時間だったのか、厨房には誰もいない。


「どの道具も自由に使用してよろしくてよ。思う存分、腕を振るってくださいまし」


「あ、はい。有難うございます。じゃあ、材料の確認をしますね」


 マリアンヌはチーズケーキの材料を集めるために、あちこちの缶や瓶の中身を確認している。


「チーズはここに無いみたいですね。食糧庫を見ても良いですか?」


「もちろん、よろしくてよ。こちらですわ」


 ミーナに案内されたのは、厨房の奥にある地下へ続く階段だった。

 地下といっても暗くてジメジメした感じはなく、石造りの壁で作られた広い空間で、いくつかの部屋に分かれている。


「それぞれの部屋に食材を分けて保管してありますの」


「うわぁ……! ここ全部食糧庫なんですか?! ひ、広い……!」


 部屋は一室ごとに温度が違うらしく、奥の部屋に行くほど気温が低くなっているらしい。


 ウォード侯爵家にも食糧庫はあったけれど、大公家のそれは規模が全然違う。


「すごく広いね。一番奥にはお肉やお魚が保管してあるのかな?」


「その通りですわ。肉や魚はよく冷やしておかないとすぐ痛みますもの。その隣に野菜やチーズ、その次に小麦粉と調味料を保存していますのよ」


 貴族が所有する食料庫には、大抵氷属性の魔石が使われている。氷属性は水属性の上位属性だから、魔石はかなり高価だと聞いたことがある。

 ちなみに私のお父様が氷属性なので、ウォード侯爵家の食糧庫で使う魔石は無料だからとても助かると、エルマーさんが言っていたことを思い出す。


「まさに魔法の『冷蔵庫』ですよね。しかもエコ!」


 マリアンヌが興味深そうに食料庫を見学している。この部屋にはチーズや野菜、果物が種類も豊富に保存されていた。

 こんなに広い食糧庫を持っている貴族は帝国の中でも大公家だけだと思う。


「……? レイゾウコって何ですの? ナゼール王国の言葉ですの?」


「うぇっ!? えっと……、それはあれ! 氷室のことです! 地方の言葉なんです!」


「まぁ……! そうなんですのね」


 マリアンヌが思わず口にした異世界語を、ミーナは聞き逃さなかった。今回はマリアンヌが何とか誤魔化したけれど、それもいつまで通用するかわからない。


「さあさあ! 材料も揃いましたし、早く厨房へ戻りましょう!」


 話を切り替えたかったのだろう、チーズを持ったマリアンヌが私たちを厨房へ戻るように促した。


「じゃあ、今からチャチャっと作りますんで、しばしお待ちくださいね」


 それからマリアンヌは作業台に材料を置くと、さっそくチーズケーキ作りに取り掛かった。

 私はマリアンヌが作業している間、厨房におかしなものはないか確認することにする。


 くるりと厨房を見渡してみると、広い厨房内は整理整頓されていて、調理道具も綺麗に手入れされている。

 責任者である料理長はとても几帳面なようだ。


 厨房に置かれている食材は塩や砂糖などの調味料と、香辛料ぐらいしかなかった。どれも異常はなかったから、異常があるとすれば地下室に置かれている食材だろう。


 もう一度食料庫に行こうかと思っていると、厨房で働いている人たちが休憩から戻ってきた。


「おお、ヴィルヘルミーナ様! このようなむさ苦しいところへようこそおいでくださいました」


 私たちに気付いた料理人たちが恭しくお辞儀する。ミーナに話しかけた人が料理長のようだ。


 もしかしてこの人が大公に呪薬を仕込んだ人かもしれない、と思うと緊張してしまう。


「そちらの方がヴィルヘルミーナ様のお客様ですね。初めまして、料理長のクルセルと申します」


「ユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します」


 クルセルさんはいかにも料理人、といった感じの口髭を生やした年配の男性だ。デニスさんもそうだけど、料理をする男性はみんな体格が良い気がする。


「料理長もご苦労様。今そこの作業台を使わせていただいてますわ」


「はい。話は伺っております。必要なものがありましたら何なりと仰ってください」


 それからクルセルさんとマリアンヌもお互いに挨拶を交わし、時々厨房を使わせてもらうことに同意を得ることができた。


「マリアンヌさんはケーキを作られているようですが……何だか初めて見る手順ですね」


「あ、はいっ! これは、その……遠い地方に伝わる製法を再現しているので……」


「ほう……それは珍しい。よければ私にも試食させてもらえませんか?」


「えっ! あ、はい、もちろんです! お口に合えば良いんですけど……」


 この世界ではない異世界の製法だからか、クルセルさんがマリアンヌが作っているチーズケーキに興味を持ってしまったようだ。


 料理長が知らない作り方をしていると聞いて、他の人たちも興味を持ったのか、マリアンヌの周りに人が集まってきた。

 何人もの人に囲まれたマリアンヌは緊張してしまい顔面蒼白だ。先ほどとは違い、動きもギクシャクしている。


「ほらほら、みんな持ち場に戻れ! 時間に遅れちまうぞ!」


「は、はいっ!!」


 クルセルさんの怒号に、厨房の人たちが慌てて持ち場へ戻って行く。

 緊張してしまったマリアンヌを、クルセルさんが気遣って人払いしてくれたのだ。


「申し訳ない。他の奴らのことは気にせず作業を進めてください」


「あ、ありがとうございます!」


 人がいなくなってマリアンヌも落ち着いたようで、テキパキとチーズケーキを作って行く。


 元々マリアンヌは手先が器用だったけど、デニスさんに鍛えられたのか、まるで熟練の菓子職人のように見える。


「まぁ……! 随分手際がよろしいのね。でもマリアンヌはミア専属の使用人ですわよね?」


「そうなんだけど、ウォード侯爵家では学びたい人に色んな機会を与えてるからね」


 それぞれ役割分担はあるけれど、洗濯係でも植物に興味があれば庭師の仕事を経験できるし、料理に興味があれば厨房に入ることもできる。その逆もまた然りだ。


 だからマリアンヌの場合も、清掃係だったのが今や何でもこなす万能な使用人となったのだ。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「228 ぬりかべ令嬢、懐かしむ。」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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