145 この世界の裏側で──アルムストレイム神聖王国3
使徒座との話し合いも終わり、大神殿の執務室に戻ってきたアルムストレイムは、細かい装飾が施された椅子に座り一息つく。
「聖下、お疲れ様でした」
アルムストレイムと共に執務室へ戻ったホルムクヴィストが労りの言葉をかける。
「大丈夫ですよ。久しぶりに使徒座の皆さんと会えましたし、『忌み子』を神去らす為の算段もつきましたしね」
満足そうに言うアルムストレイムに、ホルムクヴィストは遠慮がちに問いかけた。
「獣王国への対応はどういたしましょう。最初の計画通り進めさせていただいても宜しいでしょうか?」
王国で起こったアードラー伯爵の事件で、処刑されたと知らされていた重犯罪者が存命していたという事実は獣王国の激しい怒りを買ってしまった。罪もない自国民が謂れのない罪を着せられ、拷問の末に処分されていたと知れば、どの国であろうと法国を激しく非難するだろう。
しかも獣王国と云う名の通り、獣人が大多数の獣王国は仲間意識が強く情に厚いので、仲間を傷つけられるとその一族総出で報復に来ると云われている。そんな状況の為、現在の法国と獣王国は一触即発の状態にあった。
しかしそんな状況でもアルムストレイムは慌てること無く普段通りだ。先程の言葉通り、獣王国は法国にとって取るに足らない相手なのだろう。
「それで構いませんよ。そちらの方はお任せしますからよろしくお願い致しますね。……ああ、それと『聖母』の件、進捗状況はどうなっていますか?」
「申し訳ありません、聖下。そちらの捜索は難航しており、『聖母』発見の報告は未だ上がっておりません」
ホルムクヴィストの言葉にアルムストレイムは残念そうな表情を浮かべると、それを見た彼の胸は申し訳ない気持ちで一杯になる。
神の代理者であるアルムストレイムを落胆させてしまった自分達の無能さに、慙愧の念が湧いてくる。
アルムストレイム教を国教としている全ての国に、ホルムクヴィストは捜査の手を伸ばしていた。それはナゼール王国へも変わらず、イグナート司教に下命が下されている。
そして、イグナート司教とは別にもう一人、元ホルムクヴィストの部下でもあったヴァシレフ──アードラー伯爵にもそれは伝えられていた。
ヴァシレフは既に帝国へ身柄を拘束されているため、報告を聞く事はもう出来ない。
「そうですか……それは仕方がありませんね。今はまだその時期ではないのでしょう」
「我々アルムストレイム教信徒一同、一刻も早く聖下の花嫁である『聖母』の発見に全身全霊、捧げる所存でございます」
ホルムクヴィストはアルムストレイムに恭しく頭を下げながら、指示系統の見直しや捜索のための信徒を増員する手筈を整えるために、効率の良い方法を考える。
「ありがとうございます。よろしくお願い致しますね」
アルムストレイムの言葉にホルムクヴィストは更に深く頭を下げる。
不甲斐ない自分を責めるどころか、引き続き『聖母』の発見と言う、極めて重要な任務を託してくれるアルムストレイムの慈悲深さに、ホルムクヴィストの心は歓喜する。
そうしてホルムクヴィストは早速アルムストレイムの望みを叶えるべく退出して行った。
誰も居なくなった執務室でアルムストレイムは深く腰掛け、その体を椅子に預ける。そして天空に輝く月を仰ぎ見ると、愛しいものに愛を囁くように語りかけた。
「早く逢いたいな。一体君は何処に居るの……?」
アルムストレイムが切望する『聖母』──それは『聖人』であるアルムストレイムと対になる『聖女』の中でも特別に選ばれた、彼の花嫁となる存在の事だ。
金色の髪に朝焼け色の瞳のアルムストレイムは太陽を象徴する「金輪」の色を纏い、対となる「聖女」は青みがかった銀の髪に宵焼け色の瞳を持つ、月を象徴する「銀輪」の色を持っている……と、アルムストレイムは信じている。
しかし世界中に銀髪紫眼の人間は多数存在し、更にその中から聖属性を持つ人間を探し出すのは至難の業だろう。
法国には聖属性の人間を集め、保護している施設──「花園」が存在している。その中に該当する銀髪紫眼の女性が過去何人か居たものの、残念ながらアルムストレイムが欲する存在は居なかった。
──アルムストレイムは目を瞑り記憶の中にある少女を思い出す。
その少女は銀髪翠眼ではあったものの、アルムストレイムが探し求めていた「聖母」に限りなく近い雰囲気を持っていた。
しかし残念なことにその少女は聖属性を持っていなかったため、「花園」から退去させられたのだが、その後姿をくらませてしまったのだ。
少女はてっきり巫女として神殿に仕えるだろうと思っていたのに、それはアルムストレイムにとっての誤算であった。
例え纏う色が違うとも、その少女を傍に置いておきたいと思っていたのに──……。
そうしてアルムストレイムが「聖母」を探し始めてかなりの年月が経ってしまった。今のこの身体は後百年も持たないだろう──それまでに何としても「聖母」を見つける必要があるのだ。
この世界にまだ降臨していない可能性も一度は考えたが、その可能性をアルムストレイムは否定する。何故なら彼の心は対となるその存在を渇望して止まないからだ。それは即ち、この世界の何処かにアルムストレイムが求める存在──魂の半身に自分が反応しているという事に他ならない。
だが、常に感じていた半身の存在が、ある日を境に全く感じなくなってしまったのだ。それは今まで生きてきた中で初めての事だった。
アルムストレイムは焦燥感に苛まれながらも、愛しい半身との再会を夢見続けている。
「この国から出て、自分で見つけに行きたいな……そうすれば、僕はひと目見ただけですぐ君だとわかるのに……」
そんな自分の呟きに、アルムストレイムは思い出す。
アルムストレイム教の教義に、『最も適切な行為をなせ、そうすれば神が最善の結果をもたらしてくれるだろう』と言う一文がある事を。
だから暗部の統括者であり、福音聖省の長でもあるホルムクヴィスト枢機卿に捜索を依頼していたのだが、もしこれが間違いで、『適切な行為』が人任せにせず、自分で行動する事なのだとしたら──
「……なんだ。そんな簡単な事、どうして思いつかなかったのだろう。僕が探しに行けばいいんだ」
──アルムストレイムは天啓を得たとばかりに、早速行動を起こす為の準備を始めたのだった。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
アムたんの性別は男でしたー!(バレバレ)
また不穏な要素が出てきました。
果たして「聖母」とは一体誰だ!?(すっとぼけ)
次のお話は
「146 この世界の裏側で──ナゼール王国・元老院にて」です。
ある意味タイトル回収回です。
お爺ちゃんご飯食べたでしょ回とも言います。(意味不)
どうぞよろしくお願いいたします。
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