146 この世界の裏側で──ナゼール王国・元老院にて
温暖な気候のナゼール王国の王宮、白雪城は白亜に輝く美しい城で、この国の象徴になっている。
そんな白雪城の一室で、王国の諮問機関である「元老院」の議員達が集まり、議論が交わされていた。
以前は全て埋まっていた席が、罪人となったアードラー伯爵に協力していた議員達も捕らえられた為、現在は幾つかの空席がある。
そこで交わされている議論とは、バルドゥル帝国皇太子レオンハルトが意識不明の重体に陥った件と、今後の王国の対応についてだ。
「まさかレオンハルト皇太子殿下が重体とは……一体どうなっているのだ……命に別状はないのかね?」
「帝国からは何も発表されておりませんが……しかしこのタイミングで皇太子が倒れられるとは……帝国でも大騒ぎでしょうな」
「ううむ……。世界最強と噂される程の力を持った帝国皇太子を倒す者が存在するとは」
「何処の者かもわからぬのだろう? もし悪意を持つ者であれば厄介ぞ」
「その様な力を持った者が王国に牙を剥かぬよう祈るしかありませんな」
「しかし我々はこれから法国と袂を分かつと云うのに、どうするのだ? 帝国の後ろ盾が無くなってしまうのではないか?」
「だから私は反対したのだ……! 法国を敵に回すような事はするべきではないと!」
「かと言ってここまで王国を軽んじておる法国に、遺憾の意を表するだけでは何も変わらんだろう。王国は行動を持って抵抗の意思を示さねばならない」
「それにこの件で貴族以外の第三身分の連中も法国には不信感を募らせておるのだ。我々が今迄通り放置していれば、民衆から糾弾されるのは我々ぞ」
「その通り。皇太子殿下が倒れられたとしても、マリウス殿がいらっしゃるのだ。その点は大丈夫だろう」
「そうそう、それに皇太子殿下に我が国の令嬢が嫁ぐのでしょう? これ以上強いパイプもありますまい」
「ああ、ウォード侯爵の息女でしたな。しかしかの令嬢とはまだ婚姻誓約書を交わしていないのでは?」
「帝国で婚儀を取り交わすとの事でしたな」
「皇帝がお二人の婚姻をお認めになられれば問題はあるまいて。形式だけの書類より皇帝の一言が重んじられる国ぞ」
「ならば、皇太子殿下が求めた令嬢をぞんざいに扱う様な事は無いかと」
「だが、嫁ぐ相手の皇太子は意識不明の重体で、回復するかどうか怪しいと聞くぞ」
「それでは嫁ぐというよりは皇太子殿下の介護要員ですな」
「ううむ。嫁ぐ予定の夫は寝たきり状態かもしれぬのか……それはそれで不憫よな」
「そうは言っても以前より約束されたものだ。今更取り消しは出来んだろう」
「帝国が望む限り、ユーフェミア嬢が嫁ぐのは必至ぞ」
「ところで、皆様方はレオンハルト殿下がユーフェミア嬢を迎え入れたい理由をご存知で?」
「私は存じ上げませんが……そもそもお二人は接点がありましたかな?」
「アードラー伯爵に拐われた魔道具師と一緒に居たと聞いてますが」
「確かアードラー伯爵との婚姻が嫌で出奔したのでしたな」
「結局捕まってしまうとは、何とも運が悪い」
「では、救出に向かった先でユーフェミア嬢と出会い、見初めたと?」
「その可能性もありますが、それだけが理由ではないかもしれませんぞ」
「ほうほう、と、言いますと?」
「ユーフェミア嬢は四属性の魔力持ちですからな。これは有名な話ですし、何処かでその噂を耳に入れられたのかもしれませんな」
「なるほど。その希少な血を皇族に取り込みたいと云う事ですな」
「しかし肝心のユーフェミア嬢はこの件を承知しておられるのかな?」
「承知も何も、かの令嬢に拒否権は有るまいて」
「我が国の為に尽力下さったレオンハルト皇太子殿下のお望みとあらば、ユーフェミア嬢には王命をもってしても従って貰わねば、王国の顔が立ちますまい」
「ユーフェミア嬢には悪いが、国にも立場と言うものがある」
「左様、これでユーフェミア嬢との婚姻を拒否すれば、我が国が不義理を働く事になる。それは避けねばならん」
「そんな事が世界に知られれば王国は信用を失ってしまいますぞ」
「ならば他の選択肢は有り得んな」
「では、我らの元老院の総意を述べる。ウォード侯爵家息女ユーフェミア・ウォード・アールグレーンをバルドゥル帝国レオンハルト皇太子殿下へ輿入れさせるものとする、と全会一致で承認されたという事でよろしいか?」
「「「「「異議なし」」」」」
「……うむ。ならば、ウォード侯爵にその旨通達せねばならぬが……誰がその役目を?」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「うぬぅ……ちなみにウォード侯爵はこの件に関してどの様にお考えかご存知の方はおられますかな?」
「……いや、私は全く」
「私も存じませんな」
「先日の舞踏会で宰相閣下とウォード侯爵が会話を交わしたのを見ましたが、険悪な雰囲気でしたぞ」
「そうそう、二人の会話からして、侯爵が宰相閣下の話の途中で退席したらしいですな」
「それは、婚姻の打診を受けた侯爵が拒否をしたという事では……?」
「ウォード侯爵はかの令嬢をそれはもう溺愛している、と耳にした事があります。そんな御仁が愛娘を献上物の様に扱われると知れば……」
「「「「「……!!」」」」」
「い、いや! しかしそれは……。一国の命運が掛かっておるのですぞ?」
「左様、貴族たるもの、国の為にその義務を果たさねば」
「ならば、その様にウォード侯爵に通達する役目を貴殿にお願いしても?」
「なっ!! 何故私が!? それを言うなら貴公が適任だろう?」
「わ、私ですか? 私如きにその様な大役、とてもとても……」
「ア、アーベル様なら……! 宰相閣下なら大丈夫なのでは?」
「それはそうだろうが……しかしそうなると、我々の存在意義が……」
「宰相閣下に頼りっきりと云うのも情けない限りでは有るな」
「しかし、あのウォード侯爵に今回の内容を通達出来る様な勇気ある人間なんぞ、陛下か宰相閣下しかおらんだろう?」
「まあ、確かに。ウォード侯爵を怒らせるなど、命が幾らあっても足りぬしな」
「ワシ、公爵なんじゃがのう……奴に逆らう事だけは出来ぬ……」
「私もです……彼に爵位の概念は通じませんからね」
「元老院の意見など、聞く耳を持たないかもしれませんぞ」
「うむ。ありえるな」
「我らの存在意義とは……」
「……もう、儂等いらないんじゃね?」
「「「「「………………………………」」」」」
──この会議の終了後すぐに、とある人物が会議室へと乱入する。
そしてこの日を境に、ナゼール王国の諮問機関であった元老院は解体され、その長い歴史に幕を閉じた。
そして若い貴族を中心に、新たに貴族院が設立される事が決定する。
国王と同等の権力を持つ元老院が、数人の犯罪者を出したとは云え、前触れもなく解体されたと云う事実は、王国内外の社交界に衝撃を与えた。
目の上の瘤が無くなったナゼール王国はその後、悪しき古い慣習を取り払い、改革を進める国王や重鎮達によって、次第に国力を回復していく事となる。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございました。
今年最後の更新です。後半は更新ペースが遅くなってしまいすみません。
おじいちゃん回で二〇年最後と云うのもなんですが、
本年は沢山の方にお読みいただきありがとうございました。
後三話で第一部完結となります。やっとタイトルの一部回収です。
引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。
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