148 求婚

 掴みどころがない人物だとは聞いていたが、ここまでとは……と、エリーアスは父の言葉が正しかったのだと理解する。


「申し訳ありません、エリーアス様。父はかなり自由な性格の様でして……」


「……いや、私も父から予め聞かされていましたので、大丈夫ですよ」


 苦笑いを浮かべたエリーアスを見て、ユーフェミアが安心した様に微笑んだ。その笑顔に胸がざわめいたエリーアスは、思わず彼女に問いかける。


「ユーフェミア嬢は、レオンハルト殿下の元へ行かれるおつもりですか……?」


「はい、ハル……レオンハルト殿下の容態が気になりますし、私に出来る事があればお手伝いさせていただきたいですから」


 エリーアスの質問にユーフェミアは躊躇う事無く即答する。

 今の状況を悲観せず、自身が出来得る事を成そうとするユーフェミアの姿を見て、エリーアスは彼女に対し、心の奥底から愛慕の気持ちが湧いてくるのを感じた。


「しかし……このまま意識が戻らない可能性があるのに、ですか?」


 お互いが再会を叶えるために、ずっと頑張って来た事を知っている。それでもエリーアスは確かめずにはいられなかった。


「はい。でもそれは逆に言うと、殿下の意識が戻る可能性があるとも言えますから」


 揺るぎない意志を映す綺麗な紫水晶の瞳に、エリーアスは憧憬の念を抱く。

 エリーアス自身もレオンハルトをとても心配している。国の事や身分など関係なく、彼には友情を感じているのもまた確かなのだ。

 だけど、もし自分にもチャンスが有るのなら──まだ二人の間に入り込む余地が少しでもあるのなら、ユーフェミアに自分を見て欲しい……と、エリーアスは強く望む。


「今まで虐げられていた貴女が、帝国に行ってまで苦労させられるなんて……! そんな事、私は容認出来ません!」


「エリーアス様……!?」


 冷淡なイメージだったエリーアスが自分の為に声を荒げる姿に、ユーフェミアは今までエリーアスを誤解していたのだと改めて思う。

 しかし、更に続けられたエリーアスの言葉に、ユーフェミアは驚き、目を瞠った。


「もし貴女が少しでも王国に残りたいと思うのなら、どうか私と結婚して下さい。アードラー伯爵との結婚を避ける為に作った婚約申請書ですが、私はこの婚約を真実のものにしたい……!」


 エリーアスからの突然の求婚に、ユーフェミアは戸惑った。


「エリーアス様、それは──」


 もしかして自分を同情するあまり、そんな事を言いだしたのだろうかとユーフェミアは考えたが、その考えはきっぱりと否定される。


「同情や憐れみでこんな事を言っているのではありません。私は初めて逢ったあの時から、貴女に恋していたのです」


「……! えっ……! あの時から……?」


 グリンダと一緒に参加したあのお茶会の時から、自分に恋していたと聞かされ、ユーフェミアは動揺してしまう。

 しかしその動揺は一瞬で、ユーフェミアは落ち着きを取り戻すと、エリーアスを正面から見つめ、頭をそっと下げた。


「有難うございます。エリーアス様のお気持ちはとても嬉しく思います。でも、私はそのお申し出をお受けする事が出来ません」


 ユーフェミアは頭を上げると、エリーアスにふわりと微笑んだ。


「私はハルを──レオンハルト殿下を愛しています」


 ユーフェミアの言葉と表情は、聖女が慈悲深い微笑みで、聖なる言葉を紡ぐかの様だった。それは何者にも覆す事が出来ない真理──まるで神の意志ではないか、とエリーアスは直感する。


「ユーフェミア嬢……貴女は……」


 そう声に出したものの、エリーアスは何を言えばいいのかわからなくなる。

 きっと、自分が何を言ってもユーフェミアの意志を曲げる事など出来ないのだと理解したからだ。


「それに、ハルはいつ目覚めるかもわからない私をずっと待っていてくれました。だから今度は私が目覚めを待ちたいのです──ハルの傍で」


 ユーフェミアの、レオンハルトへの愛の深さを見せられ、エリーアスは自分が入る余地など無かったと知る──いや、始めから頭では理解していた、そんなモノは元から無かったと言う事を。

 

 ──ただ、それでもほんの一瞬だけでも夢を見てしまったのだ……自分の想いが叶う夢を。

 

 エリーアスはユーフェミアにここまで愛されているレオンハルトを羨ましく思う。


「……そうですか……とても残念ですが、ユーフェミア嬢のお気持ちはわかりました。大変な時に混乱させる様な事を言って申し訳ありません」


 ユーフェミアの心労を考えず、あわよくばと欲を出してしまった自分が情けなくて、エリーアスは自嘲の笑みを零す。


「いえ、私を心配してくださるお気持ちはとても嬉しかったです。有難うございます」


 しかし、そんなエリーアスを気遣うようなユーフェミアの言葉に、彼の心は軽くなる。彼女の言葉はいつだって自分を労る言葉だったのだ。


 お互いが無言になったタイミングで、部屋の扉がノックされる音がした。

 部屋に控えていた侍女長が何者かを問うと、意外な人物だったらしく、侍女長はユーフェミアに確認の為、その名を告げる。


「ウォード侯爵令嬢、ランベルト商会からマリカと仰る方が面会を希望されておりますが、いかが致しますか?」


「マリカが!?」


 いくら大商会の会頭であっても、王族に呼ばれない限り王宮の奥まで入城出来るなんて事は有り得ない。しかもマリカはただの従業員の筈だ。

 しかし、彼女はバルドゥル帝国筆頭宮廷魔道具師に任命されている。それは帝国が身分を保証しているという事になり、その扱いは帝国の使者並みとなる。


 ユーフェミアが入室の許可を出しに扉を開けると、マリカがひょっこりと顔を出し、緊張しているのか、キョロキョロと部屋を見渡している。その様子にほっこりしながら、ユーフェミアはマリカを部屋に招き入れた。


「マリカ、わざわざこんな所まで来てどうしたの?」


「ミアが倒れたと聞いた」


「えっ……!?」


 マリカの言葉にユーフェミアは驚いた。一体誰がランベルト商会にわざわざそんな事を知らせたのか──。

 思考の海に飛び込みかけたユーフェミアを引き止めるように、マリカが種明かしをする。


「ウォード侯爵から」


「お父様が!?」


 マリカの言葉を繋げていくと、どうやらテレンスはユーフェミアが一刻も早く帝国に行くと言い出すだろうから、ランベルト商会にも準備を急いで欲しいと依頼したという。


 そこまで読んで行動する父親の手際の良さに、ユーフェミアは絶句してしまう。


「で、でも、いきなり言われてもディルクさん達は困るよね? 出立は一週間も後だったし……」


「準備は完了している。いつでも出発出来る」


「ええ!? ど、どうして!?」


 マリカの返事に、ユーフェミアは驚きを通り越して感動してしまう。一体どういう事が起こればそんな事になるのか……。まるで目に見えない力に導かれている様な、そんな気持ちになる。


「皆んなと相談した」


「ディルクさん達と……?」


 どうやらランベルト商会の仲間達が、ユーフェミアの為に相談し合い、最善策として帝国行きを早めたらしかった。





* * * あとがき * * *


お読みいただき有難うございました!

エリりん頑張りました。


次回、第一部最終話です。

引き続きお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。

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