149 帝国へ

 ──ランベルト商会の仲間達が、ユーフェミアの為に相談し合った結果、帝国行きを早めてくれた。


 相変わらずマリカの言葉は断片的ではあるが、ランベルト商会の皆んながユーフェミアの為にたくさん考えてくれたのだろう、そんな皆んなの優しさに、ユーフェミアの胸は感謝の気持ちでいっぱいになる。


 この国で出会った人達──屋敷の使用人達やランベルト商会の仲間達は、ユーフェミアにとって何ものにも代えがたい大切な者達だ。それ程大切な人達と離れると云うのはユーフェミアにとって、胸が張り裂けそうになるほど辛い事だった。


「裏口に馬車を用意してる。皆んな待ってる」


「ええっ!? み、皆んなって?」


 マリカは困惑するユーフェミアの手を握ると、部屋から出て王宮の裏口へと向かう。


「あっ! マリカ! お父様がまだ……!」


「大丈夫」


「大丈夫って、何が!?」


 ユーフェミアとマリカのやりとりに驚いていたエリーアスだったが、二人が部屋から出て行くのを見て慌てて追いかける。

 

 王宮の裏口に出ると、商会の人間であろう男女が数人と、立派な三頭の馬を引いた見覚えのある護衛らしい男達がいた。

 護衛の男達は帝国の飛竜師団団員だ。王国の騎士団と模擬戦をしていたのをエリーアスは憶えている。きっとレオンハルトがユーフェミアの護衛をさせるべく残して置いたのだろう。


「ああ、ミアさんごめんね。僕達は王宮に入れないから、マリカにミアさんを呼びに行って貰ったんだよ」


「ユーフェミア様、お荷物は全てこのカバンに入れていますから、後でお召し替えしましょう」


「ディルクさんやマリアンヌまで……! どうして……」


 ハルの元へ一刻も早く行きたいとは思っていたが、一人で行くものだとばかり思っていたユーフェミアは更に困惑する。余りにも自分にとって都合が良過ぎるからだ。


「ウォード侯爵の使者が突然やって来て、帝国へ行く準備が出来たらすぐ王宮に来て欲しいって言われたんだ」


「私もです! お屋敷に王宮から旦那様の使者だと言う方がお越しになられて……」


「……お父様が……」


 レオンハルトの危篤を知ったユーフェミアが倒れている間、テレンスが方々へ手を回したらしい。愛娘の願いを叶える為とは云え、あまりの手際の良さにユーフェミアはずっと驚きっぱなしだ。

 すると、タイミング良く、少し離れた所からテレンスがこちらに向かって来たのが見えた。


「ミア! ああ、間に合って良かった!」


「お父様……! 元老院へ行かれたのですよね? 大丈夫でしたか?」


「大丈夫大丈夫。ちゃんとお話してきたから、何も問題ないよ」


 高位の貴族達で構成されていて、国王に匹敵するほどの権力を持った元老院へ一人で殴り込みに行くなんてとても無事とは思えない。何か厳罰でも下されていてもおかしくないのだが、テレンスはそんなユーフェミアの心配を他所に飄々としている。


「元老院は今日で解体と言う事に決まったからね。これからこの国の行政機関は組織や機能の改革が進んで行くと思うよ。僕は騎士団だから良かったけど、カーティスとアーベルはこれから大変だろうなぁ。ははは」


 元老院の解体という重要な事をサラッと告げられ、その場に居た者全員が驚愕する。


「ウォード侯爵、それは本当ですか……!?」


 エリーアスが思わずと言った様子で声に出す。

 元老院は長い年月、王国に君臨していた諮問機関で巨大な権力を持ち過ぎた為に、国王ですら御する事が出来なかった。その元老院をこんな超短時間で解体出来るなんて……。エリーアスが驚くのも当然事だろう。


「嘘なんかついてどうするのさ。エリーアス君は疑い深いなぁ。アーベルにそっくりだ」


 勿論、エリーアスも嘘だなんて欠片も思っていない。だが、確認せずにはいられないのはこの件がそれだけ重大な出来事だからだ。


「僕はここに残って王国をより良い国に生まれ変わらせる手伝いをするよ。ミアが大切に想っているものを、丸ごと守る為に頑張ろうと思っているんだ」


 ──テレンスのその言葉は、ユーフェミアが宝物の様に大切にしている人達を守ると云う事と同義だった。テレンスは愛娘の為になる事は何かを考え、それを実行しようとしているのだ。


 ユーフェミアはそんな父の深い想いに、こんなにも強い愛情を知って胸が詰まる。


「……っ! お父様……!!」


 父のこの上なく深く強い愛情に感極まったユーフェミアは、透明の結晶のような涙がポロポロと零れるのも構わず、テレンスに抱きついた。


 テレンスはそんな愛娘を優しく受けとめると、そっと腕を回してぎゅっと抱きしめる。この世の唯一から託された最愛を守るように、その温もりを忘れないように。


「私の為にそこまで……! お父様有難う……! 大好き……!!」


 旅の準備から、出立した後の憂いまでの全てを払拭してくれた父に、ユーフェミアは感謝と共に涙が止まらない──それは、ようやく一緒に暮らせる様になった父を置いて、家を出る事になった自責の念と後悔も一緒の涙だった。


「今まで頑張ってきた君が、幸せにならない筈がない。絶対大丈夫だからね。応援しているよ」


 テレンスはユーフェミアの頭を撫でながら、愛娘に優しく微笑んだ。


「ほら、レオンハルト殿下が待ってる。行っておいで」


 ユーフェミアは父の言葉に顔を上げると、希望に溢れた目を輝かせて微笑んだ──これから襲いかかってくるであろう苦難なんて、笑顔で吹き飛ばしてしまうかの様に。


「はい……! 行ってきます!」


 ──そうしてユーフェミアを乗せた馬車とその一団は、帝国へ向けて旅立って行った。必ずレオンハルトを助け、一緒に戻ってくると約束して──。

 



* * * * * *




 テレンスと別れた後、執務室に戻ったエリーアスは自分の椅子に座ると、机の引き出しから例の書類を取り出し、もう一度だけ目を通す。


 その書類を見るエリーアスの表情は愛おしい者へ向けるような、穏やかなものであった。

 しかし、彼は何かを吹っ切るかのようにきつく目を閉じると、その書類──ユーフェミアとの婚約申請書を、魔道具で起こした炎にくべる。


 紙はゆらゆらと踊るように燃え上がり、執務室を明るく照らすと、灰も残さずに空へと消えて行く。その様子はまるで、エリーアスの想いも一緒に天へ連れて行くかの様に見えた。


 書類が跡形も無く消えると、エリーアスは立ち上がり、光を取り入れるために大きく作られた窓へと向かう。その窓から見える方角は、偶然にも帝国がある方向だ。


 ──エリーアスは帝国へ向かうユーフェミアへ思いを馳せる。


 本当は無理にでも引き止めて、抱きしめて、愛を伝えたかった。ユーフェミアの事をもっと知りたかった、彼女と共に歩きたかった──けれど。

 テレンスの、ユーフェミアへの想いを理解したエリーアスは自分を恥じた。父娘の愛情とは云え、それでも見返りを求めない、無償の愛の姿を見せられて。


 そうしてエリーアスは今、ただひたすらにユーフェミアの無事を祈る。

 

 ──どうか、かの聖女の如き慈悲深く美しい少女に、神の祝福が降り注ぎますように──。 

 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!


これにて第一部完結となります。

タイトル回収に161話(閑話込み)もかかるとは自分でも思っておりませんでした。(まだ幸せになってませんが)


ここまでお付き合いいただいた皆様、拙作に☆や♡にお気に入り、感想いただき本当に有難うございました!


第二部開始は未定ですが、再開の暁にはどうぞよろしくお願いいたします。

再開前に登場人物紹介や番外編的なものを投稿するかもしれません。

更新する時はTwitterでお知らせさせていただきます。


もし面白かったと思ったら☆評価や♡、コメントにレビューを貰えたら嬉しいです!(人∀・)

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