180 ぬりかべ令嬢、餌付けする。

 レグが拾って来た大きな銀色の狼は、どうやら獣王国で崇拝されている<聖獣>さんらしい。

 ようやく目覚めた聖獣さんだったけれど、目が覚めたら全く知らない人間がいて驚いたのだろう、初めは私達に向かって威嚇していたけれど、それはただ驚いただけだったようで、レグに吠えられてからは大人しくしている。


 獣人は同族にはとても情が深いと言っていたから、同じ狼であるレグを見て警戒を解いてくれたのかもしれない。


「ディルク達に知らせてくる。ミアは聖獣を見ていて」


 聖獣さんが目覚めたことを皆んなに伝えようと立ち上がったマリカが、テントの入口を開けるとお料理のとても良い香りが漂ってきた。その美味しそうな匂いに、そう言えば、とお腹が空いている自分を自覚する。


(あっ! 結局お手伝い出来なかったや……!)


 聖獣さんの様子が心配ですっかり忘れていたけれど、今回の野営でも料理をしようと思っていたのに……!

 私がレオさん達に申し訳なく思っていると、テント内に「ぐるぐるぐるぅ〜」という音が響いた。


「えっ!? なになに!?」


 音がした方を見ると、聖獣さんとバッチリ目が合った。

 だけど聖獣さんは気まずそうに私からそっと目を逸らしてしまう。

 ……やっぱりさっきの音はお腹が鳴った音だったみたい。


 聖獣さんがどうしてあんな森の中で倒れていたのかは分からないけれど、きっと喉が渇いていてお腹も空いているよね……! そう思った私は試しに土魔法で器を作ってそこに水を注いでみた。

 そんな私を見て驚いていた聖獣さんだったけど、私が「どうぞ」と言って水の入った器を差し出すと、意外な事に素直に飲んでくれた。正直、ちょっとは警戒されるかと思っていたので驚いた。


 もしかしたら聖獣さんには私の聖属性の水は効果がないかもしれないけれど、でも見たところ食欲はあるみたいだから、なにか食べ物を持って来ることにする。


「えっと……食事を持ってきますから、少々お待ち下さいね」


 私は言葉が通じていると信じて聖獣さんに話しかける。

 もしかしたら私が目を離した隙に聖獣さんはいなくなっちゃうかもしれないけれど……私達には聖獣さんの行動を制限する権限がないのだから仕方がない。せめていなくなる前にお別れの挨拶ができたらいいな、と思う。


 ──なんて事を考えていたけれど、そんな私の心配は杞憂に終わる。何故なら、聖獣さんは私達から離れず、ずっと一緒に行動しているからだ。


 その最たる原因はレグのようで、聖獣さんはレグの事が気に入ったのかな?って言うぐらいレグにべったりだ。レグは可愛いからね! 仕方ないよね! ……レグも聖獣さんもオスのようだけれど。


 聖獣さんは私達と同じものを食べるらしく、わざわざ別に作らなくても良いのでとても助かる。レグも大丈夫らしいから、魔物や聖獣は動物とは別の存在なのだ……と改めて思い知らされた。


 そして聖獣さんはよく食べる。モブさん達よりも食べる。一般的な大人の男性五人前は食べる。やはり狼系だからか、お肉が大好きで野菜はあまり食べないみたい。レグはお肉も野菜もバランス良く食べてくれるけど。


 そんな聖獣さんの様子にマリカは凄く興味津々で、一日中観察している。


「聖獣は獣王国でも滅多に会えない高貴な存在。それが身近にいる……こんな機会なんてもう来ない」


 マリカは以前聖獣についての書物を読んだことがあるらしく、聖獣は長く生きるとその性質が変化して「神獣」に進化するのだと教えてくれた。そして今代の聖獣さんはもう少しで神獣に進化するのでは、と言われているらしい。


 ──神獣……!! 一体どんな風に進化するのだろう……? 想像もできないや!


 神獣になると後光がさしたり羽根が生えたりするのかな? なんて考えていると、マリカがポツリと呟いた。


「本の内容と実物とは随分違う気がする……興味深い」


 本の内容がどういうものなのか分からないけれど、その本には聖獣は精霊に近い存在だから、本来なら食事を摂らなくても死んだりしないと書いてあったらしい。でもここにいる聖獣さんはすっごく食べているから、不思議に思っているのだそうだ。


「……もしかしたら、ミアの魔力が栄養になる……?」


 マリカの言葉に私はそう言えば、と思い出す。

 確か「精霊は清浄で神聖なものを好む」と以前ハルが言っていたっけ。だったら私の作った聖水が入ったスープや聖火で焼いたお肉なら食べられる…とか?


「ミアの魔力は精霊や聖獣の好物……」


 マリカも私と同じ可能性に思い至ったらしいけれど、言い方が怖い……! 何だかそれだと魔力が空っぽになるまで吸い取られそうなんだけど……!!


 私は聖獣さんをそっと窺う。レグとお昼寝している聖獣さんは何だかとても幸せそうで、銀色と真っ黒の毛並みのもふもふが並んで眠っているその様子に私の心はほっこりする。

 だけど、帝国に着いたらきっと離れ離れになってしまうんだ……そう思うとすごく胸が傷んでしまう。でも従魔と聖獣なんて、それこそ身分が違い過ぎるし。


 とりあえず二人? 二匹? の今後について、何かの覚悟はしておいた方が良いかもしれない……私はそんな事を漠然と思ったのだった。





 そしてもうすぐで帝国に着くというある日、久しぶりにマリウスさんから連絡が届いた。


『銀の髪に赤い眼をした狼の獣人を見掛けたら連絡してくれ』


 帝国が色々ゴタゴタしていた原因は獣王国絡みだった。

 どうやら獣王国にとって重要な人物が帝国で行方不明になってしまったらしく、その対応に追われているのだそうだ。


『本当は秘密裏に済ませたかったが仕方がない。モブ達も捜索に協力して欲しい』


 マリウスさんからその話を聞いた私達の視線が聖獣さんに降り注ぐ。聖獣さんはバツが悪そうな顔で身体を縮こまらせている。


 聖獣さんにどうして行方を眩ませたのか聞いてみたいけれど、聞いてもきっと分からないだろうから、帝国についてから教えて貰うことにする。


 そしてモブさんがマリウスさんに聖獣さんを保護している事を伝えると、速攻返事が来て「絶対に逃がすな」と厳命されたのだそうだ。

 帝国の宮殿内ではこの件で大変だったらしく、マリウスさんがかなりキレているとモブさん達が震え上がっていた。


 そういう訳でモブさん達に「『獣王国の重要人物』を帝都の宮殿まで無事に送り届ける」という任務が追加されたけれど、もう帝国は目の前だし、聖獣さんは大人しく付いて来てくれているから問題はないと思う。だからといって油断しちゃダメだけどね。


 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!

次回、ようやく帝国に到着です。


次回のお話はまだかいてないので(おい)更新は未定です…すみません…。

更新の報告はTwitterでお知らせします。


【お知らせ】

ぬりかべ令嬢書籍版2巻発売です!

既にご購入下さった皆様、本当に有難うございます!

WEB版とは違う展開になってますので、興味がある方は是非!


公式ページには紙書籍特典SSの取り扱い店舗様が記載されています。

詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3461

お近くに対象店舗様がありましたらよろしくお願いいたしますー!

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