179 ぬりかべ令嬢、再び(?)を拾う。

 マリアンヌのお守りが完成してからしばらく経った後、太陽が傾いてきたのを見計らってそろそろ野営の準備をしようという事になった。

 どこか野営出来そうな場所がないか探していると、ずっと寝ていたレグがガバっと起きて、「わふわふっ」と、突然外に向かって吠え始めた。


「レグ突然どうしたの? 外に何かあるの?」


 いつも大人しいレグだけど、初めて見るその様子に戸惑ってしまう。ディルクさんやマリカ達もそんなレグの様子を心配そうに見ている。

 レグはしきりに外を気にしていて、扉を爪でカリカリと引っ掻いている。どうやら外に出たいみたいだけれど……。


「レグ、外に出たいの?」


 レグは頭がとても良いから、私の言葉を理解してくれるだろうと思って話しかけてみる。すると案の定、レグは「わふっ! わふっ!」と返事をしてくれた。


 レグの返事を受けて、私は馬車を止めて貰うように御者をしているニックさんにお願いする。馬車が止まってから扉を開けると、レグが馬車から飛び出して通って来た道を戻って行ってしまう。


「レグッ!!」


 私が慌ててレグを追おうとすると、同じように止まったもう一台の馬車から降りて来たレオさんに「ミア様、お待ち下さい」と呼び止められる。


「でも……! レグが……!」


「落ち着いて下さい、大丈夫ですよ。レグはミア様の獣魔ですから、勝手に居なくなったり致しません。すぐに戻ってくるでしょう」


 従魔の事に詳しいレオさんがそう言うなら……と思い、レグが消えた方向を見ていると、向こうの茂みからガサガサと大きな音が聞こえてきた。


「誰だっ!?」


「ミア様、お下がり下さい!!」


「私の後ろへ!!」


 モブさん達が警戒を強め、私を守るように背後へとやると、茂みに向かって剣を構えた。もし魔物だったらどうしようと思ったけれど、茂みの方を睨んで何かの呪文を唱えていたモブさんがフッと警戒を解いて言った。


「ミア様、大丈夫ですよ。この気配はレグのものでしょう。それにこの付近には危険な魔物はいないようです。どうぞご安心下さい」


 どうやらモブさんは魔物かいるかどうか、悪意があるかどうかを風魔法で探知したらしい。

 そして再びガサガサと音がしたのでそちらの方を見ると、レグの可愛いしっぽが茂みの中からひょっこりと現れた。


「レグ……!」


 私はレグがちゃんと帰って来てくれたのが嬉しくて、レグを抱き上げようとして立ち止まる。何だかレグの様子がおかしいような……?


 レグがお尻を振りながら徐々に茂みから出て来るけれど、何かを引きずっているのか、ズルズルと重そうなものが地を這っている音が聞こえてくる。


「レ、レグ……! い、一体何を……!!」


 ──拾って来たの!? と言うつもりだった私の言葉は、レグが咥えているものを見た驚きで消え去ってしまう。


 茂みから出てきたレグは動物の首を噛んでいた。そして更に茂みからその動物を引っ張り出す。

 レグに引っ張られてズルリと茂みから出てきたものは、意外と大きく、銀色の毛並みの犬のような動物で……。


「レ、レグッ!? 一体この子はどうしたの……!? もしかして狼……!?」


 慌てている私を見たレグが「わふぅ!」と、何故か得意そうに返事をするけれど……。私を含めてその様子を見ていたマリカ達が酷く驚いているのが気配で分かる。


「銀色の毛皮……!? まさか……!」


「え……でもどうしてこんな所に……?」


 レグが連れて来た……持って来た? 銀色の狼を見て、モブさん達やディルクさん達が騒然となっている。


(ど、どうしよう……!! レグは一体何を持って来たのーっ!?)


 銀色の狼は気絶しているのか、ずっと目を閉じたまま動かない。もしかして死んじゃっているのかなと思ったけれど、呼吸はしているようなのでただ眠っているだけのようだ。


「マリカはこの動物を知ってる?」


 銀色の毛並みの狼なんて初めて見た私は、物知りなマリカだったらこの狼が動物なのか魔物なのか知っているだろうと思って聞いてみる。

 マリカは少し考える素振りを見せると、「恐らくだけど……」と言って話してくれた。


「銀色の獣は<聖獣>……獣王国に於ける精神的支柱──信仰の対象。国王より偉い」


「えーーーーーっ!?」


 まさかレグが持って来た狼が<聖獣>だったなんて……!? え、どうしよう。


「ど、どうして聖獣さんがこんなところにいるの……? レグが襲ったわけじゃないよね……?」


 聖獣と思われる狼はレグより身体が大きいから、レグが襲って気絶させた訳じゃないと思いたいけれど……。レグに聞いてみても言葉が分からないから困ってしまう。


「とにかく目覚めるまで待つべき。とりあえず馬車に乗せた方がいい」


「そうだね。じゃあこっちの馬車に乗せようか」


 マリカとディルクさんの言葉に、モブさんやフォンスさん達が丁寧に聖獣さんを持ち上げて馬車に乗せてくれる。そうして馬車の床にそっと寝かすけれど、聖獣さんが起きる気配は全く無かった。


 広い馬車だけど、成人男性ぐらいの大きさの狼が床で寝ているため、私達は踏まないように気をつけながら馬車に乗り込んだ。

 そして野営が出来そうな場所を見つけると、前回の野営と同じように設営していく。


 未だ眠る聖獣さんだけど、馬車に寝かせたままでは駄目だろうという事になり、設営したテントに運ぶ事になった。


 ちなみに先程の馬車の中で、私はディルクさんとマリカから獣王国の事を教えて貰った。

 曰く、獣王国に於いて聖獣さんは神のように崇め奉られている事、獣王国の国王は聖獣さんに選ばれた者が即位する事、選ばれるためには<ディーレクトゥス>と言う闘いの場で勝利しないといけない事、そんな猛者でも聖獣さんに選ばれない時がある事……。


 私は獣王国の事を殆ど知らなかったので、ディルクさん達の話はとても勉強になった。獣人さんは獣の耳と尻尾が生えている種族で、耳や尻尾意外は私達人間と殆ど変わらない。部族によって耳や尻尾の形が違うらしく、同族にはとても情が厚いそうだ。

 獣人の中には獣化出来る人もいて、そういう人はとにかく戦闘能力が高く、大抵の人が部族の長になるらしい。そして現国王も獣化出来るらしく、もう高齢らしいけれどかなり強いのだそうだ。


 私とマリカはレグと一緒にしばらく聖獣さんを見ていたけれど、起きる気配がなくて心配になってきた。そうしている内にレオさんやラリサさん達が食事を作り始めたので、私も手伝うために立ち上がろうとすると、聖獣さんがもぞもぞと動き出した。


「あ! そろそろ目が覚めるのかな?」


 聖獣さんが目覚めるのを待っていると、今度は瞼が震え始め、聖獣さんの目がゆっくりと開いて行く。


「わぁ……! 綺麗な色……!」


 開いた聖獣さんの目の色はとても綺麗な赤色で、まるで紅玉のように輝いている。


 目を開いてからしばらく、ぼんやりとしていた聖獣さんだったけれど、だんだん目の焦点が合ってきて、その綺麗な瞳と私の目がバッチリと合った。


「ガルルルルルルッ!!」


 まさか人間がいると思わなかったのか、目があった瞬間、驚いたように目を見開き起き上がった聖獣さんが、私に向かって唸り声をあげる。


 私は咄嗟にマリカを背で庇う。聖獣さんが襲って来る事はないだろうけれど念の為だ。

 大きな狼に睨まれているものの、そんなに怖くないのが不思議だけれど、それはきっと聖獣さんの瞳に知性があり、いつか対峙したマーナガルムのような狂気や悪意が感じられないからかもしれない。


 私達を睨んでいた聖獣さんに向かってレグが「わふぅ!!」と吠えた。どうやら聖獣さんから私達を守ろうとしてくれているのだろう。だけど体格差があり過ぎてとてもじゃないけどレグが勝てる気がしない。


 レグに気付いた聖獣さんのその視線がレグを捉える。


 私はレグを守らなくちゃ! と思ったけれど、レグを見た聖獣さんの目が大きく見開かれ、ジッとレグを凝視する。

 まるで驚きで固まっているような聖獣さんの様子にどうしたんだろう?と思っていると、レグが勇敢にも聖獣さんに向かって「わふぅ! わふわふっ!」と吠えた。


 ……何を言っているのか勿論分からないけれど、何だか説教でもしているみたい。まあ、聖獣さんを見付けたのはレグだしね。命の恩人的な立場なのかもしれない。


 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!

またもや拾ってしまうミアさんでした。(ちょ)


次回のお話は

「180 ぬりかべ令嬢、餌付けする。」です!

これから完結に向けて話が進む予定ですのでもうしばらくお付き合い下さいませ!

(脱線しないとは言っていない)

更新の報告はTwitterでお知らせしています。


【お知らせ】

本日ぬりかべ令嬢書籍版2巻発売です!

これもひとえに応援して下さった皆様のおかげです!本当に有難うございます!

WEB版とは違う展開になってますので、興味がある方は是非!


公式ページには紙書籍特典SSの取り扱い店舗様が記載されています。

詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3461

ちなみに対象店舗様はこれからも追加されると思います。

お近くに対象店舗様がありましたらよろしくお願いいたしますー!

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