178 ぬりかべ令嬢、打ちのめされる。

 サロライネン王国のソリスを出立した私達は再び帝国に向けて馬車を走らせていた。

 ちょっとしたトラブルがあって、今回は市場へは行けなかったけれど、それはまた次の機会の楽しみに取っておく事にする。


 (今度はハルと一緒に来れたらいいな……その時はお友達を紹介してくれるかな……)


 ハルの目が覚めたら、今回の旅であった事を聞いて欲しいな、と思う。それにハルとたくさんお話ししたい、そして帝国の事を教えて貰いたい……。


 帝国との距離を少しずつ縮めながら、私は未だ眠っているであろうハルへと思いを馳せる。でもそのままだとずっとハルの事を考えてしまいそうだから、思考を切り替えるために、お守り製作の続きをする事にする。


「……じゃあ、マリアンヌのお守りを作ろうか」


「はい! よろしくお願いします!」


 マリアンヌに用意した魔石をケースから取り出し、魔力を込めるべく握り込む。


(えっと、いつもみたいに聖眼石の効果は付けるとして……後もう一つ何か欲しいよね……)


「えっと、マリアンヌはさっきこの石を『ムーンストーン』って呼んでいたけれど、どんな石なの?」


 私が知っている宝石の中にそんな名前は無いので、この石に詳しそうなマリアンヌに聞いてみる。追加で付与しようと思っている効果の参考になるかもしれないし。


「……そうですね。意味は『月の石』で、昔は月の魔力の結晶だと思われていたみたいです。後は恋愛成就の石だと言う説もあったかと……まあ、自分には関係ありませんけどね!」


 マリアンヌはそう言って照れたような、はにかんだ笑みを浮かべるけれど、それは少し寂しそうな微笑みで。

 お屋敷という狭い世界から飛び出して、未知の世界へと足を踏み込んだ彼女には、これからたくさんの出会いが待っていると思うけれど……。

 何となく、マリアンヌは自分の幸せを諦めている──そんな気がするのはきっと、間違いでは無いだろう。


(──よし! 決めた!)


 私は魔力を付与するために目を閉じ、マリアンヌがこの石を月の石と言った事を参考にイメージを固める。


 ──夜道を照らす月明かりのようにマリアンヌを導いてくれますように。真実を授け、危険から身を守る力を与えてくれますように。そして願わくば、マリアンヌの内面に働きかけ、頑なな心を解きほぐし、彼女の魅力を引き出してくれますように……。


 あ! それとマリアンヌが心から信頼し、愛することが出来る素敵な人と縁が繋がりますように!!


 色々な願いを込めて魔力を付与すると、魔石は月明かりの様な柔らかい光を放ち、私の魔力を吸収していく。何となくだけど、私とも相性が良い魔石みたい。


「……うん、ちゃんと魔力付与出来たかな」


「わあ……! 有難うございます! 何度見ても神々しい光景ですね! 聖なる御技を間近で拝謁出来るだなんて、ミア教徒として恐悦至極です!!」


 マリアンヌはそう言うと、私が魔力を込めた石を恭しく受け取った。


「いやいや、何? そのミア教って。もしかしてマリカの冗談を間に受けていないよね?」


 モブさん達が私にお守りを懇願した様子を見たマリカが、冗談で言った事をまた言われるとは思わなかった。

 きっとマリアンヌも冗談で言ったんだと思ったのだけれど……。


「え?」


 マリアンヌのきょとんとした表情に、私はだんだんと不安になる。


「……どうしてそこで驚くの?」


「いや、だってこの旅のメンバーは全員ミア教に入信していますよ?」


 何だかすごく当たり前のように言っているけれど、一体どう言う事!? 旅のメンバー全員……?


「えっと、マリカ? どう言う事かな?」


 私が言い出しっぺのマリカに向かって問い掛けると、マリカは読んでいた本を閉じて私に顔を向けた後、やれやれと聞こえそうな表情をしてため息をついた。


「……ミアの力を見た人間が何も思わないはずが無い」


「え……」


 私はきっとマリカの悪ふざけだろうと思っていたのだけれど、どうやらこの件は冗談ではなかったらしく、マリカの表情は真剣だった。


「ミア様、本当に無自覚なんですね……」


 何故かマリアンヌにも呆れられている様な気がするのだけれど……。あれー?


 私が冷や汗をかいていると、ディルクさんが彼女達の代わりに解説してくれた。いつも分かりやすくて助かります。


「通常であれば複雑な儀式と呪文で長時間掛かる結界を無詠唱で、しかも一瞬で発動させ、植物に成長と実りを齎したら誰だって畏怖の念を抱くと思うよ? 更に強力で穢れを纏った魔物を一瞬で焼き尽くしたんだよね? そんな奇跡の力を見た人間がその存在をどう思うかな?」


 ……はい、分かりました! 理解しました! ホントすみませんでしたー!!



 自分がしでかした事を反省しつつ、私はこれからはちゃんと気を付けようと心に誓う。今迄は私の事情を理解してくれている人達だから大丈夫だったけれど、どこに人の目があるか分からないものね。


 魔石に魔力を込めたので、気を取り直して革紐を編んでいく作業に移る。

 マリアンヌにはモブさん達とは違った細めの、女性らしい色の革紐を用意した。そしていつものように魔石を包む土台となる部分を編んで行く。

 モブさん達のお守りは一番シンプルな編み方だけだったけれど、マリアンヌのお守りには魔石の他に小さい装飾用の石を使って、アクセサリーの様に可愛くアレンジする。

 ちょっと複雑な編み方になるから時間がかかってしまったけれど、その分完成したペンダントは納得がいくとても可愛い出来になった。


「うわぁ……! とても可愛いです……! これ、本当に私が身に付けても良いんですか!?」


「もちろん! いつも身に付けていてくれたら嬉しいな」


 可愛いのでアクセサリーの様な気になってくるけれど、これはお守りなのだから、できれば肌身離さず持っていて欲しい。

 私の言葉にマリアンヌは「はい! 喜んで!」と言うと、キラキラした目でお守りを眺めている。よほど気に入ってくれたのだろう、そんなマリアンヌの様子に私も嬉しくなる。


 早速身に付けるのかな、と思ってしばらく見ていたけれど、マリアンヌはなかなかお守りを首にかけようとしない。何か気になる事でもあるのかな?


「マリアンヌどうしたの? おかしい所でもあったの?」


 気を付けていたつもりだったけれど、どこかで編み間違ってしまったのかな、と思っていたら、マリアンヌが「あの……」と言っておずおずとお守りを差し出して来た。


「……えっ……と? 一体どうしたの? やっぱり気に入らなかった?」


 マリアンヌの行動に困惑していると、マリカが代わりに「違う。彼女は加護を求めている」と教えてくれた。


「加護って……もしかして……」


 まさか、マリアンヌもモブさん達と同じ……?


「はい! 厚かましいかな、とも思ったんですけど、私もミア様の加護が欲しいです! そして聖女ユーフェミア騎士団の一員に! ……あ、私は雑用担当で!」


「こうして勢力を拡大……。アレ教に勝つ日も近い」


 ──ちょ、ちょっとマリカーーーーっ!! 縁起でも無いこと言わないで!! マリアンヌもやーめーてー!!


 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!

打ちひしがれたミアさんでした。(意味不)


次回のお話はまだ執筆してないので(ちょ)更新は未定です。

でも次回から話が進む予定ですのでもうしばらくお付き合い下さいませ!

更新の報告はTwitterでお知らせしています。


【お知らせ】

ぬりかべ令嬢書籍版2巻発売まで一週間を切りました!ヤバい…_(┐「ε:)_

すでにご予約いただいた皆様本当に有難うございます!!


今回もWEB版から大幅な加筆修正と追加エピソードが満載です!

特に豚屋敷編ではあの人が乱入する展開になってます。


公式ページには紙書籍特典SSの取り扱い店舗様が記載されています。

詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3461

ちなみに対象店舗様はこれからも追加されると思います。

お近くに対象店舗様があれば是非!

何卒、よろしくお願いいたしますー!

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