181 ぬりかべ令嬢、帝国に到着する。
マリウスさんから聖獣さんの保護を命令されたモブさん達はかなり神経を尖らせているようで、ピリピリしているのか、三人から凄く緊張した雰囲気が伝わってくる。
そんな三人の様子に聖獣さんを『絶対に逃してなるものか』という意思を強く感じるけれど、肝心の聖獣さんはずっとレグにべったりだから、正直そんな心配は不要だと思う。
私はモブさん達がストレスで倒れないか心配しつつ、マリウスさんの言っていた「獣王国の重要人物」がどのような人なのか考えてみる。
身分は分からないけれど、特徴を聞く限り聖獣さんの事なのだろうな、と思う。
(でも「人物」という事は聖獣さんって人化出来るという事……?)
色々頭の中で考えるけれど、獣王国や聖獣さんの事についてほとんど知らない私に答えなど分かる筈もなく。
マリカやディルクさんに聞いてみたけれど、二人も聖獣さんの事は詳しく無いみたいだった。
「文献には聖獣が人化出来るとは書かかれていない」
「僕も聖獣の事は一般常識の範囲しか知らないけど……ああ、そう言えば獣王国は帝国と仲が良くてね。獣王国の王子がレオンハルト殿下に凄く懐いている、という話ならちらっと聞いた事があるよ」
(えっ!? 獣王国の王子様がハルに……!?)
ディルクさんから聞いた話に驚いた。獣王国の王子様って一体どんな人なのだろう?
「確か王子も<ディーレクトゥス>に参加を表明していて、優勝候補になっているね。かなり強いみたいだし、このまま行けば彼が次期獣王になるだろうけど……」
「聖獣に認められなければ意味がない」
「問題はそれなんだよね」
次期獣王を決定する<ディーレクトゥス>だけれど、優勝したとしても聖獣さんに認められなければ獣王になれないという。だから過去に何度か<ディーレクトゥス>が開催されたけれど、聖獣さんが優勝者を認めなかったために未だ新しい獣王が決まっていないので、今獣王国の国民で不安に感じている人が多いのだとか。
「でも古からの慣習だし仕方がないよ。近々行われる<ディーレクトゥス>で決まれば良いんだけどね」
ハルに懐いているという王子様が聖獣さんに気に入られれば良いけれど……と思いながら、レグとお昼寝している聖獣さんに視線を移す。
銀色に輝く聖獣さんの毛皮は凄く綺麗で、光に反射してキラキラしているその姿はとても神々しい。だけどすやすやと寝息を立てているからか、威厳みたいなものが全く無いので何だか可愛く思ってしまう。
(それに凄くレグに懐いているように感じるけれど……気のせいだよね……)
聖獣が魔獣に懐くなんて事有り得ない、と思い直した私はその考えを頭から追い払う。
私はレグに寄り添うように眠る聖獣さんをじっと見る。
気持ちよさそうに眠っている聖獣さんに、何故かハルに懐いていると言う王子様と姿を重ねてしまうのは……きっとディルクさんのお話を聞いたからに違いない。
それにレグって何となくハルに似ているから、変に想像力が働いてしまったのかもしれない。
──そうしてしばらく馬車を走らせること数時間、私達はついに帝国の国境に到着したのだった。
* * * * * *
帝国を目前にした私が見たものは、物凄く大きな国境の壁だった。
その国境の壁の手前には意外と大きな街があり、商人らしき人や旅人でかなり賑わっている。帝国の特産品も売っているので、入国しなくてもある程度帝国の品は揃っているそうだ。
そして宿も多くあるらしく、それが結構重宝しているらしい。
どうして宿が重宝しているのかと思ったけれど、その理由はすぐに分かった。
入国審査を受けるための門には沢山の人が並んでいて、長蛇の列を作っているのだ。私達が今から並んだとしても、今日中に帝国へはとても入国出来そうにない。
国境の入国審査に通らなかった人や開門時間に間に合わなかった人達の数はかなり多くなりそうで、私はその様子を見てなるほど、宿は絶対必要だな、と実感する。
「すごい人ですね……いつもこんなに人が多いのですか?」
馬車の中から街の様子を見た私は行き交う人々の多さに唖然とする。
超大国と言われる帝国だから人の出入りが多いのは分かるけれど、それにしても人が多いな、と思う。サロライネン王国のソリスより人が多いみたい。
「今は帝国に戒厳令が発令されているので入国審査が厳しくなっているのです。だから平時より審査に時間がかかってしまうので、入国待ちの人間は増える一方なのです」
帝国に戒厳令が発令されているのはハル達飛竜師団が襲われた事が原因なのだそうだ。意識不明の重体であるハルを再び狙ってくるのではないかと警戒した宮殿の人達が、ハルを守るために発令を行ったのだ、とモブさんが教えてくれた。
「ミア様、殿下が意識不明の重体だという事は内密にお願いいたします」
「……! はい、分かりました」
モブさん曰く、ハルは帝国の人達にとても人気があるので混乱を避けるために、ハルが倒れた事は世間に公表していないのだそうだ。この事を知っているのは宮殿の一部の人達だけだそうだけれど、それもそろそろ限界らしい。
「殿下は行動力が有りよく外に出ていらっしゃったので、ここしばらくお姿を現さない事を不審に思う者達が増えて来ている、とマリウス様から伺っています」
毎日多忙なハルだけれど、それでも休憩時間や執務の間をぬって飛竜師団の演習に参加したり、帝都へ繰り出すなど積極的に人と交流していたから、一ヶ月以上姿を見せないハルの安否を気遣う人達から問い合わせが増えているのだそうだ。
(そんな沢山の人達に心配されているなんて、ハルは人気者だな……。皆んなのためにもハルのためにも、私に出来る事があればいいけれど……)
私の聖属性の魔力が役に立つのなら、魔力なんていくらでも差し出すつもりだ。でもその前にハルに会わないと何も始まらない。
私は一刻も早くハルに会いたいけれど、この人の多さではいつ入国できるのか……そう考えるとだんだん不安になってしまう。
そうして私達が乗った馬車はどんどん国境の門へと近づいて行く。入国待ちの列の横をすり抜けるように進む馬車に、私は「あれ?」と思う。
戸惑っている私に気づいたマリカが「どうしたの?」と聞いてくれたので、私はどうして列に並ばないのかと質問してみた。
「……ミアは自分が帝国皇太子の婚約者なのだと自覚した方がいい」
マリカにすっごく呆れをにじませたジト目で見られて「あ、そうか!」と思う。未だに実感が湧かないけれど、ハルは帝国の皇太子で仮とは言え私はそんな人の婚約者……!
改めて自覚してみるとじわじわと顔が赤くなってきた。そんな風に言われると凄く恥ずかしい……!
「本来なら国賓として招かれるところなんだけどね。今回はまだミアさんの事を公表出来ないから極秘での入国になるけれど、飛竜師団員であるモブさん達がいるからね。顔パスで入国できると思うよ」
ディルクさんの説明に「なるほど!」と思う。ハルがモブさん達を私に付けてくれたのは護衛だけじゃなくてこういう時のためだったのかもしれない。
国境の門へと辿り着いた私達は、ディルクさんの言う通りすんなりと門を通過する事が出来た。呆気なく入国出来てしまい、何だか並んでいる人達に申し訳ない気持ちになってしまう。
頑丈な壁の中を通るように作られた通路を馬車が進んで行くと、陰になった通路の先に太陽に照らされて光る出口が見えた。その光を見て、私は魔力神経を損傷している時に見た夢を思い出す。
(確かあの時も暗闇の先で光る出口を見付けて……その時は出口を抜けたその先にハルがいたんだっけ……)
夢の中では出口が何処へ繋がっているか不安だったけれど、今は現実であの光る出口を抜けたその先にハルがいる……! そしてハルの生まれ育った国があるんだ──そう思うと、私の胸はどんどん期待で膨らんでいく。
そうして薄暗い通路を抜けた先で私が見たものは、鮮やかな色彩に彩られた建物と、多種多様な人種が行き交う活気に溢れた街並みで……。
──私はようやく、ハルがいる帝国に到着する事が出来たのだった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
やっと帝国に到着です。…到着しただけですが。(タイトル詐欺)
次回のお話は
「182 ぬりかべ令嬢、聖獣の正体を知る。」です。
只今書きかけなのでタイトルが変わる可能性があります。
更新の日時はTwitterでお知らせします。
【しつこくお知らせ】
只今ぬりかべ令嬢書籍版全2巻発売中です!
ご購入下さった皆様、本当に有難うございます!感謝の気持でいっぱいです!
書籍版はWEB版とは違う展開になってますので、興味がある方は是非!
公式ページには紙書籍特典SSの取り扱い店舗様が記載されています。
詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3461
お近くに対象店舗様がありましたらよろしくお願いいたしますー!
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