182 ぬりかべ令嬢、マリアンヌの秘密を知る。
生まれて初めて来た帝国の、国境に入ってすぐにある街は、私が育ったナゼール王国とは全く違う異国情緒あふれた不思議な街並みだった。
行き交う人々の人種も様々で、珍しい髪型をした褐色の肌の人や、一枚の布を器用に身体に巻いている人など、王国では見た事がない衣装を纏った人々が沢山いて、幾つかの民族が一緒に生活しているようだった。
(……あっ! あの人は獣人さん!?)
そしてその人々の中には動物の耳を持つ獣人さんらしき人もいた。
私は獣人さんを見るのは初めてだけれど、頭に耳がある以外は普通の人間と何ら変わらないように思う。アルムストレイム教の信徒達が毛嫌いしているのがすごく不思議。
私と同じく初めて帝国に来たマリアンヌも街の様子に凄く興奮しているらしく、さっきからきゃあきゃあとはしゃいでいる。
「ま、まさか……っ!! まさかここにもサリーがあるなんて!! もしかするとチャイナドレスやアオザイも存在する可能性が……!?」
興奮した状態のマリアンヌはよく分からない言葉を使うけれど、今回はこの街の人達が着ている衣装について興奮しているようだった。
確かに色とりどりの刺繍が施されている布はとても綺麗だものね。王国とは随分違う文化の様子に、私もさっきから興奮してしまっているし。
「そもそも帝国は幾つかの国と沢山存在していた部族をまとめて出来た国だからね。色んな文化が融合して出来た独自の文化はかなり珍しいんじゃないかな」
私はディルクさんの言葉を聞いて確かに、と納得する。
侵略などの戦いが行われて国同士が併合する場合、普通であれば勝戦国の文化に敗国の文化は侵食され淘汰されるけれど、帝国は争いではなく国や部族が自ら帝国に下る事を選び、帝国もまたそんな国々を迎え入れたという。
だからこの国は文化が壊されること無く、現在のように目覚ましい発展を遂げたのだろう。
「ここは国境に近いから特に多民族が共生している。帝都とはまた違う趣き」
「えっ!? 帝都はこことは違う雰囲気なの?」
私の質問にマリカはコクリと頷いた。
「帝国の始祖が整備させた帝都は異世界の街並みを参考にしていると聞いた」
──異世界……!
帝国の始祖様は異世界から来たと伝えられているものね! 異世界の街並みってどんな感じなんだろう……楽しみだな!
マリカの話を一緒に聞いていたマリアンヌも異世界の事にすごく興味があるらしく、目がいつも以上にキラキラと輝いている。
「マリカさん! 食べ物は!? 食べ物はどんな物があるんですか!?」
マリアンヌは帝国の食事事情が気になるらしく、マリカを質問攻めにしそうな勢いだ。そんなマリアンヌの勢いに押されてマリカがドン引きしてしまっているけれど、そんなマリカに代わってディルクさんが説明してくれる。
「帝国の代表的な料理は『カラアゲ』と呼ばれる鶏肉を揚げた物や小麦粉を練って長細くした『メン』を色んな味のスープにつけて食べる料理かな。まあ、他にもたくさんあるけれどね」
その代表料理である「メン」には幾つかの種類があり、「メン」の種類とスープの組み合わせで名前が違うのだそうだ。その中で人気なのが「ウードン」と「ラードン」らしい。
「……え? ラードンって、それもしかしてラーメン……?」
マリアンヌは「メン」料理が気になるようで、ブツブツと独り言を呟いている。……て言うか、何だか帝国の料理に詳しそう……?
「始祖はかなり食にこだわっていてね、異世界の食文化を再現しようとかなり尽力したそうだよ。料理の再現にはまず調味料が必要らしくて、帝国中の作物を調べ上げ今まで使われた事がない加工方法を提案したり、捨てられていた部分を活用したりと、当時はその専門の学者達にかなり驚かれたみたいだよ」
うーん、確かに調味料は大事だものね。食材があったとしても味付け次第で別の料理になってしまうし。
「……きっと始祖様は故郷が恋しくて寂しかったのかもしれませんね」
たった一人で異界の地へと降り立った始祖様はさぞや心細かっただろうな、とその時の心情を想像するとしんみりしてしまう。きっと必死に故郷の味を再現したのだろう。
「ミア様は純粋でお優しいです……! …………でもきっと食い意地がはってただけだと思いますけど……」
そんなしんみりしてしまった私を見てマリアンヌが眩しそうに言うけれど、声が小さくて後半の言葉はよく聞こえなかった。
ディルクさんから帝国のお料理の話を聞いていると、馬車が大きな建物の前で停止した。何かのお役所のような場所だけれど、ここはどこだろう……?
「ミア様、こちらの建物はこの国境都市ヒルシュフェルトの入国管理局でして、敷地奥に迎賓館がございます。本日は皆様でそちらに宿泊いただき、帝都へは明日向かう手筈となっております」
私が疑問に思っていた事をラウさんが説明してくれた。そしてそのまま奥にあるという迎賓館へ案内してくれるとの事。
帝国の国境にある都市には此処と同じように入国管理局と迎賓館が有り、帝国を訪れた他国の重要人物や貴族を迎え入れているそうだ。
「此処から帝都まで馬車で一週間はかかりますからね。それでもまだ近い方ですけど。だから他国から来られた皆様を迎賓館にお招きし、旅の疲れを癒やしていただいているのです」
なるほど。長旅の末、帝国に着いても帝都まで更に日数がかかるものね。迎賓館で休ませて貰えれば体力も回復できるしとても助かるだろう。
ナゼール王国にはない考え方と施設の利用方法に、帝国との国力差を実感する。
そして師団員の三人に先導され管理局のゲートを抜けると、それまでの喧騒が嘘のような静けさに包まれた。それから木々の立ち並ぶ道を馬車でゆっくりと進むと、やがて格式ある佇まいの建物が見えて来た。
その建物は世界各国の貴賓を歓待するだけあって、とても豪華絢爛だ。流石迎賓館と言うべきか。
そんな建物の中はもっと凄かった。至るところに絵画や彫刻が飾られているけれど、それが内装と調和していて内部空間まとめて一つの芸術作品のようだ。
「帝国は文化が繁栄していますからね。彫刻や絵画もそうですが家具一つ一つが芸術作品なんです。この迎賓館はこれらの諸芸術が一体となった総合芸術なんですよ」
確かに! 花が生けてある壺ですら見事な芸術品なのだとひと目で分かる。間違って割ってしまわないように注意しなければ!
「ミア様には落ち着かず寛げない場所かもしれませんが、一晩だけご辛抱いただけたらと……」
私が緊張している事はモブさん達にはバレバレのようで、凄く申し訳無さそうにお願いされてしまった。王国の王宮より豪華だもんね。誰だって恐縮してしまうと思う。
でも比較的歴史が浅い帝国が他国へ威厳を示すにはうってつけだろう。この迎賓館を訪れた人達はもう帝国を見下す事なんて出来なくなるだろうし。
色々説明を受けながら案内された部屋は、やはりというか何というか綺羅びやかな部屋だった。
取り敢えず荷物を置いてソファーに座らせて貰う。座るのにとても勇気がいったけれど……。座って大丈夫だよね!? とソワソワしてしまうのは仕方がない。
マリカやディルクさん達にもそれぞれ部屋が充てがわれたので、今はマリアンヌと二人っきりだ。……と言ってもレグは私から離れないから、自動的に聖獣さんも一緒についてくるのだけれど。
ちなみにこの部屋は使用人用の部屋と繋がっているとの事。その部屋ですら十分豪華なのでマリアンヌも緊張しっぱなしだ。
そんな緊張していたマリアンヌだけれど、私が一息つけるようにと手際よくお茶を入れてくれる。使用人の鏡と言うか、仕事はきっちりこなす人なのでとても頼もしい。
紅茶の入ったカップもすごく高価なのだろう、薄目の陶器は口当たりが良くてお茶がとても美味しく感じられる品だった。
そうしてお茶を飲み落ち着いたところで、マリアンヌが「……あの、ユーフェミア様」と声を掛けてきた。
「お疲れのところ申し訳ないのですが、私ユーフェミア様にお話がありまして……」
「……? 私は大丈夫だよ。一体どうしたの?」
私が言葉の続きを促すと、マリアンヌは意を決したように口を開いた。
「あの、私……! 実は前世──この世界に生まれ出る前の世界で生きていた記憶があって……その前の世界というのが、恐らくですけど帝国の始祖と同じ世界かもしれないんです……!」
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
バレバレだと思いますが、マリアンヌの正体は転生者でした。
そして聖獣の正体を知ると言ったな。アレは嘘だ!( ー`дー´)キリッ
…って、すみません、ホントにそのつもりだったんです…_(┐「ε:)_
次回のお話は
「183 ぬりかべ令嬢、異世界を知る。」です。
今度は書き終わってるのでタイトルの変更はない…はず!
更新の日時はTwitterでお知らせします。
【しつこくお知らせ】
只今ぬりかべ令嬢書籍版全2巻発売中です!
ご購入下さった皆様、本当に有難うございます!感謝の気持でいっぱいです!
書籍版はWEB版とは違う展開になってますので、興味がある方は是非!
公式ページには紙書籍特典SSの取り扱い店舗様が記載されています。
詳しくはこちら:https://arianrose.jp/novel/?published_id=3461
お近くに対象店舗様がありましたらよろしくお願いいたしますー!
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