183 ぬりかべ令嬢、異世界を知る。
帝国に到着した私達は他国の要人が利用するという迎賓館へ迎え入れられた。
絢爛豪華な部屋で萎縮しながらお茶を飲んで一息ついた時、マリアンヌから話があると言われ、どんな内容か聞いてみると、なんとびっくり衝撃の事実が判明した。
「あの、私……! 実は前世──この世界に生まれ出る前の世界で生きていた記憶があって……その前の世界というのが、恐らくですけど帝国の始祖と同じ世界かもしれないんです……!」
覚悟を決めて話してくれたのだろう、真剣な顔のマリアンヌに、私は「ああ、なるほど」と妙に納得した。
「いつもマリアンヌが零していた、初めて聞く言葉の数々は……その前の世界の言葉だったんだね」
今思い返すと、マリアンヌは興奮した時この世界で使われているのとは違った響きの言葉をよく零していた。ハルが着ていた服を「軍服」と言ったり、魔石を「ムーンストーン」と呼んでいたのもきっと、その世界で使われている言葉だったのだろう。
「ユーフェミア様……! 私の話を信じて下さるのですか……!?」
突拍子もない話を私があっさりと受け入れたからか、マリアンヌが驚愕の表情を浮かべている。もしかしたら正気を疑われるだろうと覚悟していたのかもしれない。
「うん。だってマリアンヌが嘘をついているとは思えないし、話を聞いたら合点がいったって言うか……」
今まで意味不明な言葉をいくつも漏らしていたマリアンヌだけど、彼女が嘘をついた事がないのを私は知っている。
それに言葉の意味を聞いた時の表情が……前の世界の事を思い出していたのなら、あの寂しそうな表情の訳も理解できる。
「いやいや、そこはもっと疑って下さいよ! あ、信じていただけた事はすごく嬉しいんですけど、もうちょっとこう、何というか……!」
マリアンヌが両手の指をわきわきと動かしながら悔しそうな表情をしている。
「マリアンヌの表情を見たらとても嘘を言っているようには見えなくて……ごめんね」
「わっ!? ユ、ユーフェミア様!? ユーフェミア様は何も悪くありませんから!! すみません! 私がおバカなだけなんです! 本当に申し訳ありませんでした!! だからしょんぼりしないでくださいーーー!!」
前世の記憶があるってどんな感じなんだろうと想像していたのだけれど、その様子を見て私が落ち込んでいると思ったマリアンヌが慌てて謝ってくれた。
このままではお互い謝罪合戦になりそうだったので、私は話題を変えようとマリアンヌに前の世界の事を聞いてみる。
「マリアンヌが嫌じゃなかったら前の世界……異世界でいいのかな? その異世界の話を教えてくれない?」
私の言葉に、マリアンヌは「よろしいのですか!?」と言ってパァッと顔を輝かせた。
「前世の話なんて誰にも信じて貰えないと思っていましたから嬉しいです! こんな事ならもっと早く打ち明ければよかったです!」
私が信じた事で安心したのだろう、ホッとした表情を浮かべるマリアンヌに、私は「じゃあ、そこに座ってくれる?」と、正面に座るように促した。
「え、でも……。使用人の私が主人の前で座る訳には……!」
「マリアンヌに立ったまま話して貰うなんて凄く落ち着かないし、今は二人だけだからお願いできないかな……?」
レグと聖獣さんは設置されている大きな天蓋付きのベッドの上で気持ちよさそうに眠っているし、ここに私達を咎める人間は誰もいない。
私のお願いにマリアンヌは「うっ……!」と胸を押さえると、「……じ、じゃあ、今だけ失礼します」と言って、おずおずと正面のソファーに座ってくれた。
そうしてマリアンヌが話してくれたのは、魔法が存在せず魔法の代わりに「カガク」と言われる技術が確立された世界の話だった。
「マリアンヌが暮らしていた世界は魔法がないのに随分文明が発達しているんだね」
「そうですね。その代わり環境破壊といいますか、魔力に代わるエネルギーを利用するために水や空気が汚れたり自然が破壊されていますけどね」
うーん、なるほど。この世界には魔力があるけれど、魔力がない世界で生活を快適にしようと思ったら自然の力を利用するしか無いんだ……。
魔法だったら呪文を唱えるだけで火がつくけれど、魔法無しで火をつけようと思うとすごく大変だものね。きっと便利な生活の為に試行錯誤しながら研究した結果、この世界より遥かに進んだ文明になったのだろう。
「そう言えば始祖様が同じ世界の人だと思ったのは、帝国に存在するものと同じものがあったからなの?」
「そうなんです。私の記憶が戻ったのはある書物を読んでからなんですけど、その書物は始祖が過去に発明した魔道具が紹介されている本でした。それを読んで、この世界にはなかったそれらの技術を知っていた自分に驚いたんです。だけど、私と始祖の生きていた時代が一緒なのか、それとも似て異なる世界なのか、それが知りたくて……」
だからずっと前から帝国に行ってみたくて仕方がなかったのだ、とマリアンヌは言った。
「でもそんな私の我儘のせいで、お世話になったウォード侯爵家へ恩をお返し出来ていないまま離れる事になったのが凄く申し訳なくて……。せめて本当の理由をユーフェミア様には打ち明けておこうと思ったんです」
「……そうだったんだ。でも、恩も何もマリアンヌは十分働いてくれていたんだから、そこはもう気にする必要はないと思うよ? それに帝国に行きたい理由も理解できるし、お父様だってマリアンヌが私に付いて来てくれて安心している筈だよ」
実際私だってマリアンヌがこうして一緒にいてくれるから凄く助かっているし。
「じゃあ、ハルの目が覚めたら始祖様のお話をたくさん聞かせて貰おうね」
「本当ですか……!? 有難うございます! 凄く嬉しいです!!」
まさか私がそんな事を言うとは思わなかったのか、マリアンヌは一瞬驚いた後、ふわりと笑顔を浮かべてお礼を言った。
その笑顔はまるで、固い蕾がほころんで今まで秘匿されていた花本来の美しさが明かされたような、そんな綺麗な笑顔だった。
その笑顔を見て、私はもうこれからマリアンヌが寂しそうな笑顔を浮かべる事は無いのだ、と確信して嬉しくなる。マリアンヌの笑顔はとても素敵だから、彼女にはいつも笑っていて欲しい。
そうしてマリアンヌとお話した後、私達一行は贅を凝らした豪華な食事をご馳走になった。だけど代表料理だと聞いていた「カラアゲ」や「メン」は来賓用の料理ではないらしく、今回の食卓に並ばなかったので少し残念だった。マリアンヌも凄くガッカリしていたし。
食事の後はお風呂に入って早々に寝る準備をする。明日から帝都に向かって再び旅をする事になるのだから、今のうちに体力を蓄えておかないと。
私は広いベッドに横になり、今までの事を振り返る。
マリアンヌの告白は凄く驚いたけれど、それも一瞬だけですんなりと納得する事ができた。
そしてよく考えると、マリアンヌの事はあり得ないぐらいの偶然が重なって今に繋がっているのだと気付く。
私が出逢ったハルが異世界人の子孫で、私の家で働いていたマリアンヌが異世界の記憶を持っていて……そして今、私達は異世界人が建国した国へと辿り着いている。
それに私がハルと再び出会い、婚約していなかったらマリアンヌは同郷の人であろう始祖様の話を聞く事は出来なかっただろう。
それらの事を考えると、マリアンヌの存在は帝国にとってとても大きなものになるのではないか──そんな予感がする。
私はどんな事があってもマリアンヌの味方でいようと心に決めて目を閉じる。そしてハルと早く逢えますようにと願いながら、深い眠りに落ちたのだった。
* * * * * *
久しぶりにベッドで寝たからか、ぐっすり眠る事が出来た私はスッキリと目覚める事が出来た。そうして豪華な朝食をいただき、出発の準備も完了させていざ出発! というところでモブさん達から待ったがかかる。
「ミア様、少々お待ちいただけますか? 今宮殿から連絡がありまして、もう少しで──」
モブさんが私に何かを伝えようと駆け寄ったその時──大きな影が私達を覆った。
「えっ!? な、何!?」
影が差すと同時に風が舞い上がり、私達の頭上で大きな布のような物がはためく音がした。驚いた私が咄嗟に空を見上げると、そこには──。
いつか見た、淡い色の鱗に金色の瞳をした飛竜さんと、その飛竜さんに騎乗している見目麗しい男の人──マリウスさんがいた。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
次回のお話は
「184 ぬりかべ令嬢、飛竜に乗る。」です。
そしてその次に聖獣の謎に迫るかもしれないお話の予定となってます。
更新の日時はTwitterでお知らせします。
【年末のご挨拶】
本年はたくさんの方に拙作をお読みいただき有難うございました!
お陰様で初めての書籍化をさせていただくことが出来、とても感謝しています。
来年は本編の完結を目指して執筆に励もうと思っていますので、どうか最後までお付き合いくださいませ。
来年もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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