184 ぬりかべ令嬢、飛竜に乗る。

 迎賓館から帝都へ向かおうと準備をしている私達のところに、飛竜さんに乗ったマリウスさんが現れて凄く驚いた。

 そして飛竜さんは一頭だけでなく他にも七頭ほどいたらしく、マリウスさんの飛竜さんを筆頭に次々と地面に着地して行く。その中には人を乗せた飛竜さんだけでなく荷物や人を乗せられそうなゴンドラを運ぶ飛竜さんもいた。


 鮮やかに着地した飛竜さんからマリウスさんがひらりと飛び降りた。

 灰色の長い三つ編みが風になびき、眼鏡のブリッジをくいっと上げるその姿はとても格好良く、リシェさんとラリサさんは頬を染めてうっとりとした表情で「素敵……」とため息をついている。


 そんな中、マリアンヌは「げっ、鬼畜眼鏡……!」と小声で言うと、何故か私の後ろに隠れてしまう。

 そう言えばマリアンヌは以前もマリウスさんを避けていたような気がするけど……まさか昔からの知り合いって訳じゃ無いよね……?


 マリアンヌの行動を不思議に思っていた私のもとへ、マリウスさんを筆頭に飛竜師団員さん達がやって来たかと思うと全員が一斉にザッと跪いた。

 統率された彼らの動きには一切の無駄がなく、飛竜師団の練度の高さを再認識する。


「この度は遠路の処お越し下さり有難うございます。本来であれば<桜妃>として国を挙げてお迎えするところをこのような形式のお迎えとなり大変申し訳ありません」


 マリウスさんが代表として挨拶してくれるけれど、師団員の人達がずっと跪いたままなのですごく申し訳ない。それに如何にも強そうな人達なので威圧感もすごい。


「いえ、私は大丈夫ですから……! どうか顔を上げて下さい。ずっと飛竜さんに乗っていらしたのでしょう? お疲れではないですか?」


「お気遣いいただき有難うございます。我ら飛竜師団にとってこれぐらいどうって事ありません」


 ここから帝都まで馬車で一週間もかかる距離を飛んで来たのだから、かなり疲れているのでは、と思って聞いてみたけれど、マリウスさんにとっては良い気晴らしになったらしい。


 それからマリウスさんは笑顔だった表情をキリッと引き締めた後、恭しく右手を胸に当てて頭を下げ、もう一度私へ礼を執った。


「我ら飛竜師団、桜妃ユーフェミア様をお迎えに参りました。ユーフェミア様を宮殿までお連れいたします。あちらにゴンドラをご用意いたしましたので準備が整い次第搭ご乗下さい。宮廷魔道具師マリカ様、ランベルト商会次期会頭ディルク様もぜひご一緒にどうぞ」


「えっ……!?」


 ゴンドラを運んでいる飛竜さんがいるなーって思っていたけれど、まさか私達を乗せてくれる為に連れて来てくれたとは思わなかった。

 だけど正直とても有難いな、と思う。帝都まで一週間掛かると聞いていたので、飛竜さんで飛んで行けるのならかなり時間短縮が出来そうだし。


「飛竜……乗ってみたかったから嬉しい」


「これは凄いね。飛竜に乗れるなんて機会早々ないから、とても良い経験になりそうだ」


 飛竜さんに乗れる事がとても嬉しいらしいマリカとディルクさんが楽しそうに話している。


「わざわざ有難うございます。えっと、ここから帝都まで飛竜さんでどれぐらいかかるんですか?」


「そうですね。休憩を挟みながらですと半日ぐらいでしょうか」


 飛竜さんが速いのは分かっているけれど、実際どれぐらい馬車と違うのか聞いてみて、あまりの時間差に凄く驚いた。


「そんなに……!?」


「我が国自慢の飛竜達ですから。世界一速い移動手段なのですよ」


 昔から飛竜さんを繁殖・使役するのは不可能であり、人間が飛竜さんを調教するのは至難の業だと言われていた。だけど、そんな常識を覆したのが帝国なのだと以前お父様から教えて貰った事がある。だからマリウスさんがとても誇らしげに言うのも納得だ。

 

 飛竜さんの飛行速度もさる事ながら、障害物が無く一直線の距離で行けるからこそのスピードなのだろう。


「目立たないよう質素な作りをしていますが、中は快適にお過ごしいただけるよう整えております」


 マリウスさんの言葉を聞いて改めてゴンドラを見てみると、装飾などの飾りっ気は一切なく、ただ荷物を運搬する為の物のようだ。知らない人が見たら飛竜便と間違えそう。


 徹底された隠蔽工作に、私の存在を一切外部に漏らさず宮殿へ連れて行きたい──そんな帝国の意図が垣間見える。


「お気を悪くされたのなら申し訳ありません。レオンハルト殿下の大切な方を無事宮殿までお連れするのが我々の最優先事項ですので、しばらくの間ご辛抱いただきたく存じます」


「いえ、大丈夫ですから! 目立つよりはこうして隠して貰える方が有り難いです!」


 国賓とかそんな肩苦しそうな扱いが苦手な私にとって、今の待遇の方が気が楽でとても性に合っている。

 それにマリウスさんは私の安全のために最善を尽くしてくれているのだと思う。

 まだ正式な婚約者でないとはいえ、私のような存在を邪魔だと考える人物達に気付かれないための配慮なのだろう。


 ……超大国の皇太子の婚約者の地位を狙っている貴族令嬢なんて国内外にたくさんいるだろうし。


「準備が終わり次第、直ぐ出発させていただきますがその前に……」


 何かを言いかけたマリウスさんがギロリと私の後方を睨んだかと思うと、ツカツカと足早にこちらへ向かって来た。

 先程までの柔らかい雰囲気から一転、青筋を立てたマリウスさんの怒りの表情に私とマリアンヌは「ヒエッ」と悲鳴を漏らす。


 顔が整っているせいか、マリウスさんの怒った表情はもの凄い迫力で思わず逃げ出してしまいそう。でもマリウスさんが向かったのは私達ではなく……。


 私達の横を通り過ぎたマリウスさんは、レグの横で縮こまっていた銀色の毛皮を片手でガシッと掴むと、引きずり出すように持ち上げた。


「まさかこんなところにいらっしゃったとは……。宮殿中の人間が心配しておりますよ。これまでの経緯と弁解を後でしっかりとお聞かせ下さいね……?」


 言葉だけだと大事な人をとても心配しているように聞こえるけれど、実際は殺気が籠もった威圧を放っているマリウスさんに、首根っこを掴まれた聖獣さんが恐怖で震え上がった構図となっている。

 聖獣さんのしっぽが後ろ脚の間に入っていて、酷くマリウスさんに怯えているのが見て取れる。


「ミア様、この者を無事保護いただき有難うございました。詳しい経緯は後ほど説明させていただきます」


 マリウスさんは私にお礼を言うと、私のそばで待機していたモブさん達に「モブ達もご苦労だった。宮殿に戻り次第報告書の作成を頼む」と声を掛ける。

 モブさん達がマリウスさんに礼を執ったタイミングで飛竜さん達の準備が整ったと連絡が入った。


 ──そうして、私とマリアンヌ、マリカとディルクさんにレグと聖獣さん、飛竜師団の三人が飛竜さんのゴンドラに搭乗し、一足先に帝都へ向かう事になった。だからランベルト商会の人達とはここでお別れだ。


「皆さん、ここまで一緒に旅をしてくれて有難うございました。お陰様で無事帝国に着くことが出来ましたし、皆さんとの旅はとても楽しかったです」


 商会の皆にお世話になったお礼を伝えると、ラリサさんとリシェさんが目を潤ませながら駆け寄って来てくれた。


「私も……! 私もミアさんとご一緒に旅が出来てとても楽しかったです……!」


「ミアさん、またレオンハルト殿下と「コフレ・ア・ビジュー」へ来て下さいね。私もアメリアやジュリアン達と一緒にその時を楽しみに待っていますから」


 二人の優しい言葉に、思わず私の目も潤んでしまう。リシェさんの言うようにハルが目覚めたら一緒に王国へ行って皆を安心させてあげたい。「コフレ・ア・ビジュー」は私にとって第二の故郷なのだ。


「もう少しご一緒出来ると思っていたのにとても残念です。これからお忙しくなると思いますが、どうかお元気で。」


 ラリサさん達の次はレオさんが挨拶に来てくれた。レオさんにはレグとの獣魔契約で助けて貰ったし、道中はずっとお世話になりっぱなしだ。


「レオさんのおかげでレグと従魔契約が出来て心から感謝しています。あの時は本当に有難うございました」


「自分には勿体ないお言葉です。レグ……いえ、レグルスはこの先必ずミア様の力になるでしょう。どうかレグルスとの絆をより強固なものにして下さい」


 レオさんの言葉に、レグの事で何かを知っていそうな雰囲気が伝わってくるけれど、今その内容を聞くべきではないと思った私は「はい! 頑張ります!」と自分に言い聞かせるように笑顔で答えた。


 それからフォンスさんとニックさんとも挨拶を交わした私は、飛竜さんのゴンドラに乗る前にもう一度お礼を言った。


「落ち着いたら必ずランベルト商会へ会いに行きますから、それまで皆さん元気でいて下さいね。今まで有難うございました!」


 ランベルト商会の人達に見送られながらゴンドラに乗ると、私達の搭乗を確認した師団員さんが号令をかけた。すると飛竜さんが翼をはためき始め風を巻き上げる。

 そして飛竜さんが飛び立つと、ゴンドラもゆっくりと地上から離れて行く。


 飛び上がった時の揺れを心配したけれど、風魔法が掛けられているらしく全く揺れないので空を飛んでいるという実感があまりない。

 ゴンドラにある小さな窓から下を見てみると、ランベルト商会の人達が手を振ってくれていたので、見えないだろうけれど私も手を振り返す。


 だんだん小さくなっていく皆んなの姿にたまらなく寂しくなるけれど、これから私が向かうのは超大国の帝都にある宮殿だ。

 帝国を統べる皇帝や、やり手の貴族達と対峙しなければならないのだ──そんな未来を予想した私は頭を切り替え、寂しい感情に蓋をする。


 ──そして何より、最愛の人であるハルを必ず目覚めさせるのだと、私は心に固く誓ったのだった。


 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「185 ぬりかべ令嬢、聖獣の正体を知る。」です。

更新の日時はTwitterでお知らせします。


【新年のご挨拶】

すっかり遅くなりましたが、旧年中は沢山の方々に拙作をお読みいただき有難うございました。

今年はもう少し更新のペースを早く出来るよう頑張る所存です。

少なくとも第2章は完結させたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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