185 ぬりかべ令嬢、聖獣の正体を知る。

 飛竜さんが運ぶゴンドラに乗せて貰い、国境の街ヒルシュフェルトを出発した私達は今、帝都にある宮殿へと向かっている。


 マリカとディルクさん、マリアンヌ、レグと聖獣さんに師団員のモブさん達でゴンドラに乗る手筈だったけれど、今現在このゴンドラにはもう一人乗っている。

 それは言わずもがな、マリウスさんだ。


「宮殿に着く前に確認しておきたい案件があるのですが、よろしいでしょうか」


 マリウスさんによれば、宮殿で確認するよりは人目がないこのゴンドラ内の方が情報漏洩の観点からしても安心なのだそうだ。だけど驚かせてはいけないと思い、私達に許可を求めたのだと言う。


「えっと、私は構いませんけど……?」


「構わない」


「僕も構いません。守秘義務も遵守しますのでご安心ください」


 私の後にマリカ、ディルクさんが続いて返事をする。マリアンヌも私の後ろでコクコクと頷いて了承の意を表しているようだ。

 確かに宮殿では沢山の人の目があるし、どこで情報が漏れるか分からないものね。


 私達が同意すると、マリウスさんは「有り難うございます」と微笑み、「では」と言った後、先程と同じように聖獣さんを掴み上げた。


「アルゼンタム!! お前は自分の立場を分かっているのか!? 勝手にいなくなるなと言っただろうが!! 宮殿中を引っ掻き回してどういうつもりだ!!」


 いつも飄々としているマリウスさんが凄く怒っている様子にとても驚いた。しかも聖獣さんの名前を知っている上に呼び捨てにしているなんて──!?


 ──っていうか、聖獣さん……じゃない、アルゼンタムさんの首を猫のように掴んでいるけれど、マリウスさんは大丈夫なのだろうか……?

 獣王国で信仰の対象として崇め奉られている筈なのに……何だかアルゼンタムさんの扱いがヒドイ。不敬罪にならなきゃいいけれど。


「……? いつまで獣の姿なんだ? さっさと獣化を解いて説明しろ」


(やっぱり聖獣さんは人の姿になれるんだ! 一体どんな姿なんだろう……?)


 心の中でワクワクしながらアルゼンタムさんが人の姿になるのを待っていたけれど、アルゼンタムさんはマリウスさんに首根っこを掴まれたまま獣化を解く様子がない。


「……アル? どうした? さっさと獣化を解け」


 再びマリウスさんが命令するけれど、アルゼンタムさんは頑なに獣化を解こうとせず、弱々しく首を左右にふるふると振った。

 そんなアルゼンタムさんの様子にマリウスさんの顔が段々険しくなっていく。


「お前……散々人に迷惑をかけておいてその態度か……」


 マリウスさんの怒りが籠もった声にアルゼンタムさんがブルブルと小刻みに震えている。毛皮で分からないけれど、きっと顔色は真っ青になっているだろう。何だかマリウスさんを怖がっている様子がモブさん達にとてもよく似ている。

 そんなモブさん達は身に覚えがあるのか、マリウスさんの様子に「ヤバイ……!」「ゴンドラが壊れるんじゃ……!?」「いや、さすがにミア様がいらっしゃるしそこまでは……!」と小声で話している。


 このままではあまり良くない事態になりそうだったので、私は流れを変える為に話に割って入らせて貰う事にする。


「……あの、マリウスさんはアルゼンタムさんと随分親しいみたいですけど……」


 聞いて良いのかどうか分からないけれど、短い間とは言え一緒に旅をしてきたのだから、聖獣さん──アルゼンタムさんのことを知りたいな、と思う。

 獣王国の要人だし、守秘義務があるかもしれないけれど。


「ああ、アルゼンタムは獣王国の第一王子です。俺とハル……じゃない、私とレオンハルト殿下の古い友人です」


「ええっ!? 獣王国の王子様!? 聖獣さんではなく!?」


「……なるほど、毛皮が銀色だから勘違いされたのですね。確かに今代の聖獣様は銀色の毛並みですが、瞳の色は蒼色とお聞きしています」


 てっきりアルゼンタムさんが聖獣さんなのだと思いこんでいたから、王子様だと聞いてすごく驚いた。


(じゃあ、ハルに凄く懐いているというのも古い友人だから仲が良いって事なのかな?)


「アルはとにかく昔からレオンハルト殿下に纏わり付いていまして……。自身も忙しいでしょうに、殿下に会いに帝国へ頻繁にやってくるんですよ」


 纏わり付いてって……。マリウスさんが言うのならその通りなんだろうけれど……。

 どうやらハルのモテ具合は私の予想を遥かに超えていたらしい。

 ちなみにハルもマリウスさんもアルゼンタムさんの事をいつもはアルと呼んでいるそうだ。


「じゃあ、今回もハルに会いに来ていて行方不明になったのですか?」


 行方不明と言っても、他者の介入なのか自分から姿を消したのかによって意味合いが変わって来るけれど。


「はい、アルはいつものように殿下に会いに来たのですが、今は療養中の為謁見は出来ないと断ったのです」


 ハルが意識不明だという事は極秘事項だものね。友人とはいえ他国の人間に教える訳にはいかないだるうし。


「それでもしぶといアルは会えるまで帰らないと粘っていたのですが、丁度その時獣王国で聖獣様が行方不明になるという異常事態がありまして」


「え……っ!? それって……?」


 まさか本物の聖獣さんも行方不明になっているという事……?


「詳細が判明するまでアルには宮殿で待機させる様に獣王から要請があったにも関わらず、この馬鹿は警備の人間の目を盗んで宮殿から抜け出したのです」


 なるほど、聖獣さんの件が何者の犯行で目的が何なのか判明しない限り、アルゼンタムさんの身にも危険が及ぶ可能性があるんだ。

 だから獣王や宮殿の人達はアルゼンタムさんを守ろうとしていたのだろう。

 なのに勝手に帝国から出て来たからマリウスさんはあんなに怒っていたのね。下手すると外交問題になっていたんだから。


「その詳細と言うのはもう判明したのですか?」


 すでに聖獣さんが無事に見つかっていて何も問題がなければ良いけれど、そう簡単な事じゃないようでマリウスさんは首をふるふると横に振った。


「残念ながらまだ聖獣様は見つかっておりません。姿を消された時、警備に当たっていた兵士は殺害されていたそうですし、目撃情報もなく捜索は難航している状態です」


「……っ!」


 マリウスさんの言葉に息を飲む。まさか死人が出ていたなんて……!


「ガウゥ……!? ガウガウッ!!」


 驚いたのは私だけではなかったらしく、マリウスさんの話を聞いていたアルゼンタムさんが険しい表情で吠えている。そんな様子に、死人が出た事にものすごく動揺しているのが伝わってくる。


「アル、落ち着け。お前が王国民を大切に思っている事は知っているが、今ここでキレても仕方ないだろう」


 アルゼンタムさんをなだめたマリウスさんから更に話を聞いてみると、聖獣さんが過ごしていた場所は宮殿の最奥部で、幾重にも掛けられた結界魔法に守られており、簡単に出入りが出来ない聖域なのだそうだ。


「しかも聖獣様がおわす神座がある部屋には王族すら立ち入り出来ません。そんな強固な守りの中、どうやって聖獣様を拐う事が出来たのか……」


 獣王国の人達もかなり困惑しているらしく、秘密裏に聖獣さんの捜索依頼が帝国に来たのだそうだ。そろそろ<ディーレクトゥス>が開催される時期だから、獣王国の上層部もかなり焦っているらしい。


 そんな時に王子様が行方不明だったのだから、マリウスさんもかなり大変だったのだろう。よく見るととても疲れた顔をしているので心配になる。

 そんなマリウスさんの様子にアルゼンタムさんも気が付いたらしく、気まずそうな表情を浮かべた後、マリウスさんに伝えたい事があるかのように吠えた。


「ガウッ! ガウガウッ!!」


「アル……?」


 伝えたい事があるのに獣化を解こうとしないアルゼンタムさんに、マリウスさんが珍しく戸惑っている。今までこんなアルゼンタムさんの姿を見た事がないのだろう。


「ガウウッ……!!」


 アルゼンタムさんは何かに集中するように目を閉じた。どうしたのだろうと思っていると、アルゼンタムさんの周りに風が巻き上がり、魔力の光が浮かび上がる。


「……!? あれは……?」


 私はアルゼンタムさんの様子に驚いた。何故なら、魔力の光と一緒に禍々しい気を放っている黒い手のようなものが、アルゼンタムさんの身体に巻き付いているのが見えたからだ。


「な、何だアレは……っ!?」


 マリウスさんもアルゼンタムさんを縛るように出現した黒い手を初めて見たらしく、目を見開いて驚いている。


「あれは……呪い……?」


 マリカがポツリと呟いた言葉にやっぱりな、と思う。黒い手はどう見ても良くないモノだし。


 私がアルゼンタムさんが傷つく前に早く浄化しなきゃと、魔力で聖水を作ろうとしたその時──……


──バキンッ!! と何かが壊れる音と同時に、黒い手が砂のようにサラサラと崩れていく。すると、今まで黒い手に阻まれていたのだろう、アルゼンタムさんの魔力が開放され、強い光を解き放った。


 迸る光に思わず目を閉じる。そうして光が落ち着いた頃、そろそろと目を開けるとそこには──……


「やったっ!! やっと呪いが解けた!!」


 ──そう言って凄く嬉しそうな笑顔を浮かべる、銀髪の獣人の少年がいた。


 



* * * * * *




お読みいただき有難うございました!


次回のお話は

「186 聖獣様を探して1(アルゼンタム視点)」です。

アルゼンタムが飛び出した後のお話で、呪いを掛けられた経緯とミア達と出会うまで、呪いが解けるまでのお話となっています。

三話構成となっていますが、お付き合いいただけたら幸いです。


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