186 聖獣様を探して1(アルゼンタム視点)
獣王国の第一王子である俺は聖獣様と同じ銀色の毛皮を持って生まれたので、聖獣様にあやかり古い言葉で「銀」という意味である「アルゼンタム」と名付けられた。
獣王国に於いて銀色の毛皮を持つ者の誕生は随分久しぶりの事で、誰もが俺を「聖獣様の愛し子」と讃えた。
そんな聖獣様の「愛し子」である俺は魔力と身体能力が極めて高く、次期国王になるのは間違いないだろうと国民全員に認められていた程だ。
人間達の国と違い獣王国の王は血統ではなく実力で選ばれる。
その国王選定の儀である<ディーレクトゥス>では聖獣様が自ら次期国王を選ばれるのだ。
ちなみに前回の<ディーレクトゥス>で誰も選ばれ無かった事に俺がホッと胸をなでおろしたのは内緒だ。
もしかして“参加できる年齢になるまで待っててくれ”という俺の願いが、聖獣様に届いたのかもしれない。
そしてとうとう十五歳になった俺は<ディーレクトゥス>の開催に備え、尊敬してやまないハル兄に手合わせして貰おうと帝国へ会いに行く事にした。
ハル兄は人間が治める帝国の皇太子で、異世界人の子孫なのだ。
昔から人間に迫害されていた獣人達だったが、異世界から来たという人間が獣人達を奴隷のような扱いから解放し、保護してくれたのだという。
当時、世界中で信仰されていたアルムストレイム教のせいで獣人達を嫌う人々が多い中、獣人に好意的なその異世界人はかなり特殊だったと思う。
しかしその異世界人は帝国を築き巨大な力を手に入れた後、獣人達の後ろ盾となり国を興す手伝いをしてくれたという。
おかげで獣人達の地位は向上し、生活も豊かになって今では列強国に名を連ねる程になっている。近いうちに五大国から六大国と呼ばれるようになるだろう。
そんな獣人達の恩人である異世界人は帝国の始祖と呼ばれ、今もなお繁栄し続ける帝国に強く影響を残しており、帝国民から神聖視されていたのが神格化され、帝国の守護神『天帝』として崇め奉られている。
もちろん我々獣人達も聖獣様と同様に始祖を尊敬している。
その証拠に、王宮には始祖の姿絵が飾られており、王子である俺はその姿絵を見て育ったと言っても過言ではない。
──その結果、始祖と同じ髪の色を持つハル兄に対して、幼い俺が強い憧れを持つ様になるのは仕方がない事で。
そうして迎えた俺の五歳の誕生日。その日は俺の人生で一番幸せな日となった。
何故なら父上と一緒に訪れた帝国で初めて憧れのハル兄と会う事が出来たからだ。
その時の感動は筆舌に尽くしがたいもので、今でも鮮明に思い出す事が出来る……詳しく話すと一日かかるので割愛するが。
そんなハル兄は始祖から髪の色だけでなく膨大な魔力も受け継いでいて、更に貴重な<変異の魔眼>も持っている。しかもその魔眼の特異性を活かして魔法を改造しているので、ハル兄に魔法で勝てる人間なんてこの世界には存在しないんじゃないかと思う。
だからと言って魔法抜きで勝てるかと聞かれれば“否”だ。実際ハル兄との魔法無しの模擬戦で勝てた事は一度もなく、いつも徹底的に打ちのめされている。
もういっその事ハル兄が獣王になってくれればいいのに。
聖獣様もハル兄を絶対気にいると思う。だってハル兄は「人外ホイホイ」だし。
俺はとにかくハル兄が大好きで、無理やり時間を作ってはハル兄に会いに行っていた。だから今回も発破をかけて貰おうと帝国にやって来たんだけど──……。
「殿下は現在療養中のためお会い出来ませんので、どうぞお引取り下さい」
──ハル兄の側近であるマリ兄に面会を断られてしまう。
今までも何度か多忙だからと断られた事があったけど、療養中なんて言葉を初めて聞いたから凄く驚いた。
「ちょ!! 療養中ってなんだよ!! ハル兄は病気なのか!? それともどこか怪我をしたのか!?」
「申し訳ありませんが、お答えする事は出来かねます」
たとえ昔馴染みだとしても公私混同しないマリ兄だから、いくら俺が駄々を捏ねたとしても絶対教えてくれないだろう。
(それにしても療養中か……)
ハル兄が怪我をしたところなんて見た事がないし、想像もできないからきっと病気なのだろう。それはそれで心配だったから、俺はハル兄の病気が治るまで待っていようと帝国に居座る事にした。
そんなある日、俺は聖獣様が姿をくらませた事を知る。
「アルゼンタム王子、獣王様から連絡がありました。『しばらくの間帝国で滞在するように。問題を起こさず大人しくしていろ』との事です」
マリ兄は俺に知らせたくないから聖獣様の事は言わなかったけど、獣人は人間より遥かに聴力が良いし空気の変化にも敏感だ。
だから士官達の会話や宮殿の雰囲気から、俺は聖獣様が居なくなったと気付いたのだ。
しかも聖獣様の気まぐれで行われる散歩ではなく、何者かによる拉致の可能性があるという。
(堅牢な結界に守られた聖獣様が拐われるなんて! 護衛達は何をしていたんだ!!)
聖獣様が無事かどうか心配だった俺は、マリ兄が俺を逃がさない為に敷いた厳重な警備からこっそり抜け出す事にした。人間形態だったら脱走は不可能だけど、獣化すればきっと抜け道は見つかるに違いない。
そう考えた俺は動きやすいように獣化し、何とか宮殿を抜け出す事に成功する。
聖獣様を拐った賊が獣王国からどの方向へ逃げたのか突き止めるために、一旦獣王国へ戻ろうと走っていた時、ふと聖獣様の匂いを感じて足を止める。
(すっごく薄いけど、聖獣様の匂いに似てる……?)
普通の獣人だったら気付かないほどの、「愛し子」と呼ばれる者だからこそ気付く事が出来たぐらい薄くなった匂いは、ラウティアイネン大森林の方角からしているようだった。
俺はこの大陸の地図を頭に思い浮かべながら考える。
(獣王国からラウティアイネン大森林へ進むとして、その先にあるのはサロライネン王国にレフラの森、ナゼール王国と……)
獣王国からラウティアイネン大森林の方角へ向かったのなら、その先にあるのは幾つかの王国に魔導国、共和国と法国だ。
その国々の中で聖獣様を狙うなんて大それた事を考えそうな国はたった一つしかない。
(……ちっ! やっぱり法国か……!)
法国とは罪人の引き渡しの件で揉めていて現在審議中だ。
ただでさえ国同士の仲が悪くて戦争一歩手前だというのに、このタイミングで聖獣様を狙うとは……!
目の前が怒りで真っ赤に染まった俺は、今すぐ法国に乗り込んでやりたい衝動に駆られたけれど、ハル兄の「感情に振り回されていると目的を見失う」という言葉を思い出して何とか怒りを抑え込んだ。
昔からよくキレ散らかしていた俺にとって、それはものすごい進歩だと思う。
そうして、呼吸を整え冷静になった俺は何が最善なのかを考える。
(馬車での移動ならまだ法国には到着していないはず。それに街道を走るのなら必ず迂回するから、森の中を走れば追いつく事が出来る……!)
頭の中で考えをまとめた俺は聖獣様の匂いを辿りながら必死に後を追いかけた。
徐々に濃くなる聖獣様の匂いに、確実に近づいているのだと嬉しくなるけれど、聖獣様の匂いと共に異質な匂いも漂っている事に気がついた。
──それは、死んだ動物が発する耐え難い腐臭に似ていて、嗅ぐと胸が悪くなり息が詰まるほどの悪臭だった。
どうして聖獣様の匂いと一緒にそんな悍ましい匂いがするのか考えたくないけれど、とにかく碌でもない状況なのは確かだろう。
(早く聖獣様を見付けないと……!!)
鬱蒼と生い茂る木々に凶暴な魔物が跋扈するラウティアイネン大森林はめちゃくちゃ広大で危険な場所だ。
だから時間が掛かるんじゃないかと思ったけれど一体何があったのか、木々は倒れ地面は抉れていて、いつも暗い大森林はすっかり見渡しが良くなっていた。
(な、何だこれ……!? )
まるで竜同志で争ったのかと思うぐらい広い範囲が焦土と化していた。
(ま、今の俺にとっちゃ有り難いけどな!)
襲ってくる魔物を避けたり倒したりする手間が省けてとても助かる。おかげでかなりの時間短縮ができそうだ。
そうして逸る心そのままに休むことなく走り続けた俺は、酷く地面が抉れている場所を見付けて足を止める。
まるで大爆発を起こしたように岩が放射線状にひっくり返っている光景は壮絶の一言だ。
そんな光景の中心に鋭い武器で刺されたような穴と血の跡が残された岩を見付けた俺は、その岩にハル兄の匂いが残っていることに気づいて驚愕する。
(これは……!! この場所でハル兄は戦っていたんだ!! もしかして療養しているのも、ここで大怪我をしたからなんじゃ……!!)
一体ハル兄は何と戦っていたのだろうと考えていると、突然心臓に氷の剣を突きつけられたような、底しれぬ恐怖が体中を駆け巡った。
(──っ!? な、何だこの異様な気配は……!?)
恐怖で身体が竦んだ俺の背後から、柔らかい音色の穏やかな声が聞こえてきた。
「……聖獣かと思えば獣の王子か……紛らわしい」
だけど放つ言葉は傲慢で、声質と気配が全然一致していない。
まるで得体のしれない怪物と対峙しているような、絶望的な感情に襲われたまま立ち竦む俺の顔を、声の主が覗き込む。
──それは金色の髪に朝焼け色の瞳の、この世のものとは思えないほどの美貌を持つ、神官のような服を着た人間の男だった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
今回のお話で閑話を含め200話目になります。自分でもここまで続くとは予想外でした。
ずいぶん長くなったなーと。_(┐「ε:)_
お付き合い下さっている皆様本当に有難うございます!
これからも引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです!(人∀・)オネガイ
次回のお話は
「187 聖獣様を探して2(アルゼンタム視点)」です。
突然現れた男の正体は誰だ!?アルくん逃げてー!な回です。(おい)
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