245 ぬりかべ令嬢、招待される。2


 私はマリウスさんと大公から、クリンスマン侯爵を始めとした、法国に与する貴族の一掃に協力する、と約束してもらう。


 帝国屈指である二つの家門から協力を得られ、とても心強い。


「あの、昨日の舞踏会のことでお話があるのですが」


 一旦話が落ち着いたところで、私は舞踏会であった出来事を報告することにした。


「汚染されていた貴族たちのことですね。浄化は上手く行ったのでしょうか?」


「はい。閣下と一緒にいらっしゃった貴族の方たちの浄化は出来たかと。ただ、浄化出来たのはあくまで舞踏会に参加した貴族だけで、実際に汚染された人全員を浄化出来た訳ではないと思います」


「確かに。一体どれぐらいの人間が汚染されているか、全く見当がつかないね。とにかく、主要貴族家門の当主たちが無事で良かったよ。彼らにもしものことがあったら国政に影響が出てしまうだろうからね」


 汚染されていたのは派閥に関係なく、重職に就いている貴族たちだった。

 そのことからも今回の呪薬と呪術の件は、帝国の弱体化を狙う法国と協力者の犯行だということが、国際政治を全く知らない私でもわかる。


「あ。そう言えばマリウスさんに侯爵からセラーのお話は来ていたんですか?」


 マリウスさんは次期公爵だし、皇帝派でハルの右腕だし……クリンスマン侯爵から一番に狙われそうだけれど。


「ご心配なく。以前、確かに侯爵から打診はありましたが胡散臭いので断ったのです」


「そうだったんですね」


「はい。私が酒を嗜まない、という理由もありますけどね」


 意外にもマリウスさんは好んでお酒を飲まないという。


 何となくワインが好きそうなイメージを持っていたよ……。


「それに、もし私がセラーを所持して汚染されていたとしても、優秀な侍女のおかげで無事だったと思いますよ」


 マリウスさんはそういうと、マリアンヌの方を見てにっこりと微笑んだ。


「ふぁっ?!」


 当のマリアンヌは、マリウスさんに微笑みかけられ、あわあわと顔を真っ赤にして動揺している。


 やっぱり、マリアンヌが毎日マリウスさんに聖水で作ったお茶を出していたのはバレバレだったらしい。

 聖水を飲んだ貴族はすぐに効果に気付いていたし。マリウスさんが気付かない訳ないよね。


「……あ。そう言えば昨日レンバー公爵をお見かけしたんですけど、酷く体調が悪そうだったんです。心配で近づいてみたら胸に瘴気が渦巻いていて……。明らかに他の貴族たちと汚染の進み方が違っていたんです」


 私はレンバー公爵と会った時のことをみんなに話した。

 どうして公爵だけ異様な状態だったのかとても気になっていたのだ。


「瘴気が渦巻いてって……。聞くだけで恐ろしいね」


「それはかなり強い瘴気だったのですか?」


 先ほどの柔らかい雰囲気から一転、重苦しい雰囲気が執務室を覆う。

 大公とマリウスさんは私の話を聞き顔を顰め、怖い話が苦手なマリアンヌは顔を青くして「ひぇ〜〜」と怯えている。


「はい、それはもう凄く強かったです。まるで生き物のようで、私の魔力に抵抗しようとしていましたから」


「な……っ?!」


「それはまた……やっかいですね」


 今までの瘴気の認識を覆す出来事に、三人共が驚いた。

 特にマリアンヌは「ぎゃーー!!」と涙目になっている。


「何とか浄化は出来ましたが、結構手間取りました。会場にいた貴族の中でそんな瘴気に汚染されていたのはレンバー公爵だけのようで……」


「うぅむ……。ここしばらくレンバー公爵の体調がすぐれないとは小耳に挟んでいたが、まさかそんなことになっていたとはね」


「公爵は騎士団長で国防の一角を担う人物です。もし今、彼に何かあればこの国の防衛に支障を来していたでしょう。ミア様が浄化して下さって本当に良かったです」


「と、いうことは……」


 マリウスさんの話を聞いて、嫌な予感が頭をよぎる。

 もしかすると私の予想以上に事態は深刻なのかもしれない。


「──はい。間違いなく、この帝国に攻め込んでくるつもりではないかと」


 やはりというか、私の予想はマリウスさんの考えと同じだったようだ。


「一体いつから計画していたのかはわかりませんが、殿下が襲撃された件もその計画の一部だったのかもしれません。しかし当時殿下が帝国を出る予定はありませんでしたから、法国側が急遽計画を変更した可能性がありますね」


 ずっとハルを──帝国を目の敵にしていた法国だから、随分前から帝国弱体化計画を企てていたのかもしれない。


 それこそ、ハルが産まれて間もない頃からずっと。


「何故法国はハルを執拗に狙うんでしょう……? 法国を興したと云われる初代教皇も異世界の人なのに……」


 私は以前、牢獄に監禁されている元アードラー伯爵──本名ヴァシレフから得た情報で、初代教皇アルムストレイムもまた、帝国の始祖同様異世界人だと知った。


 その時マリウスさんも言っていたけれど、どうして法国がハルを目の敵にしているのか、本当に不思議で仕方がない。


 同じ異世界の出身じゃなかったとしても、仲間意識のようなものが芽生えてもおかしくなさそうなのに。


「な、何だって?! 教皇アルムストレイムが異世界人だって?!」


「ちょ……っ! ミア様、それ本当なんですか?!」


「あっ……!」


 私はヴァシレフが異世界人であることを、マリアンヌに伝えるのをすっかり忘れていたことに気付く。

 あの時は手掛かりが無かったことに意気消沈していたし、仕事も始まったばかりで大変だったし……。

 落ち着いた頃に話そうと思っていてすっかり忘れていたよ……。


「ごめんねマリアンヌ! あの頃は何かと忙しくて……」


「いやいや、謝らないでください! 意外過ぎて驚いただけですから!」


「ならいいけど……。でもこのことは秘密にしてね」


「もちろんです!」


 マリアンヌがビシッと敬礼のポーズをとる。

 わざわざ言わなくても言いふらすようなことは絶対しないだろうけれど、この世界を揺るがすほどの情報だろうから、念には念を入れておく。


「……えっと、大丈夫ですか?」


 私は今だに驚きで固まっている大公に声をかける。


 大公は法国を訪問した時、異世界人の血を引く皇族だという理由から、散々ホルムクヴィスト枢機卿から詰られたと言っていた。


 ──『卑しい血を持つ者』と、罵倒されたと。


 それほど異世界人を忌み嫌うホルムクヴィスト枢機卿が崇拝する、初代教皇アルムストレイムが異世界人だったなんて……誰一人として思わなかっただろう。


「……っ、まさかそんな……っ、ミア様、その情報は確かなのですね……?!」


「はい」


 私はしっかりと肯定した。

 はっきりと断言する私を見た大公は頭を抱え込んでしまう。


 余程ショックだったのかな……と思いながら心配していると、大公が顔をガバッと上げて叫んだ。


「くっそーーーーっ!! ホルムクヴィストめぇーーーーっ!! 散々帝国を馬鹿にしやがってっ!! ふざけんなよクソがっ!!!」


「「「?!」」」


 普段の温厚さは何処へやら、大公の豹変にびっくりする。


 アルムストレイム教の秘密を知った大公はひどく腹を立てていて、いつもは上品な言葉遣いが荒れに荒れまくっていた。

 こういうところは皇帝とそっくりなのかもしれない。


「ミア嬢!! もうあの国滅ぼそう!! それが一番平和への近道だよ!!」


「え、ええ〜〜……。それはちょっと……」


 ここで私が「そうしましょう」と言えば最後、大公は本気で法国へ乗り込んじゃいそうだ。


「確かに、私も法国を滅ぼすのが手っ取り早いと思いますけどね」


「マリウスさんまでっ?!」


 大公に感化されたのか、今までの鬱憤が溜まっていたのか、マリウスさんまで大公の意見に賛成する。


「まあ、『漫画』でも『アニメ』でも宗教団体は悪の組織の場合が多いですから! とっとと潰しちゃった方が平和になると思いますよ?」


 さらにマリアンヌまでもが同意してしまう。……ちょっと方向性が違うけれど。


「いやいや、ちょっとみなさん一旦落ち着きましょう!」


 このままでは本当に戦争になりそうだったので、みんなの心が落ち着きますように、と聖属性の魔力で風を起こしてみる。


「「「…………」」」


 聖属性の魔力を浴びたからか、さっきまでの殺伐とした雰囲気が綺麗さっぱり無くなり、三人共がきょとん、としている。


 私はみんなが落ち着いたころを見計らって、自分の考えを言わせてもらう。


「えっと、確かに法国は碌でもないですけど、だからと言って滅ぼすのはダメです! それに今戦争すればクリンスマン侯爵や法国の協力者たちに内側から攻撃されてしまいますよ?」


 帝国の貴族たちを浄化出来たとはいえ、反乱分子は健在なのだ。


 もし法国と戦争することになるとしても、それは反乱分子を粛清し、国防をしっかりと固め、貴族と平民が一丸となって協力し合うような体制が出来てからじゃないかな、と思う。


 素人が考える、勝手な想像だけれど。


「……取り乱してしまい申し訳ない。確かにミア嬢が言う通りだね」


「さすがミア様ですね。冷静に状況を把握されていらっしゃる」


「すみません、法国の人間が過去奥様にした仕打ちを思い出して、つい腹が立っちゃいました……。ミア様が言う通り、まだその時じゃありませんよね……」


 三人共私の話に納得してくれて安心した。これでしばらくは法国を滅ぼす、なんて考えは起こさないんじゃないかな、と思う。


 これからは私の社交界進出と同時進行で、瘴気に汚染されている人たちの浄化も進める必要がありそうだ。そして法国からの攻撃に対する備えも。


 話がひと段落着いたところで、執務室に”コンコン”と扉を叩く音が響いた。


「あ、私が出ます!」


 マリアンヌはそう言うと扉を開き、執務室にやって来た人と少し会話した後、すぐに戻って来た。


「失礼します。大公閣下にお手紙が届いているそうです」


「私にかい?」


「はい。どうやら急ぎだそうで、屋敷ではなくこちらに届けに来たと、大公家の使いの方が仰っていました」


「うむ……。有り難う」


 大公はマリアンヌから手紙を受け取るとお礼を言って、手紙の中を確認する。


「これは……」


 手紙にざっと目を通した大公が驚いている。何か大変なことでも書かれているのかな?


 みんなで静かに待っていると、手紙を読み終えたのか、大公が私の方を見て言った。


「この手紙はレンバー公爵からだったよ。ミア様を是非屋敷に招きたい、と書かれているね」


「えっ!?」


「きっと浄化してもらったお礼がしたいのでしょう。彼は義理堅い人物ですから」


 マリウスさんが言う通り、あの時イルザ嬢は私にお礼をしたいと言っていた。

 私は気にしないでと言ったけれど、公爵の気が済まなかったのかも。


「あの、日時は指定されていますか?」


「いいや。ミア嬢の都合が良い時でいいと書かれているね」


「では、一度皇后陛下に相談してみます。明日からお后教育が始まりますし」


「わかった。では私の方から連絡しておこう」


「よろしくお願いします」


 とりあえず招待の件は一旦、大公にお任せすることに。


 それにしても、社交界に出ると決めた瞬間、レンバー公爵に招待されるなんて……。

 いきなり難易度高過ぎるんじゃ、と思う。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

公爵邸に招待されたミアの運命やいかに!


次回のお話は

「246 この世界の裏側で──ジェミヤン・クリンスマン」です。

ここに来て別視点のお話です。一応、二章の悪役です。(小物感ハンパないですが)

ちなみに、あともう一話おっさんの話あります。(言い方)

やっぱ書いていて楽しいのは女の子ですね!



次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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