246 ぬりかべ令嬢、疑われる。
青い空に映える、その白いお屋敷はかなりの年季が入っているけれど、手入れが行き届いていて、お屋敷全体が価値のある建物のように見えた。
「ふぇ〜〜。こりゃまたすごいお屋敷ですねぇ……。何だか貫禄がありますよ!」
マリアンヌがレンバー公爵邸を見渡して感激している。
「ほんとだね。大公家とはまた違った趣だよね」
私もマリアンヌ同様、広大なお屋敷を見て感心していた。
代々騎士団の団長を務めている家柄だと聞いていたから、屋敷も重厚でどっしりとしているのかな、と想像していたけれど、実際の公爵邸は優美で、とても美しいお屋敷だった。
ちなみに私とマリアンヌは今、レンバー公爵家の家紋が施された馬車に乗り、公爵家の門から屋敷に向かっている途中だったりする。
マリウスさんや大公たちと相談していたあの日、レンバー公爵から屋敷に招待したいと打診を受けた私は、都合をつけて招待に応じたのだ。
見事な庭園の中を走り、馬車が公爵邸の玄関に到着した。
「よくお越しくださったわ。招待に応じてくれて有り難う」
玄関ではイルザ嬢が私たちを出迎えてくれた。
今日のイルザ嬢は、舞踏会で着ていたようなドレスではなく、トラウザースを着用していて、スラっとした姿がとてもカッコ良かった。
あまりのカッコ良さに、マリアンヌも「……うわぁ、かっこよ……!」と、後ろで呟いていた程だ。
「こちらこそお招きいただき有り難うございます」
私はイルザ嬢にカーテシーしてお礼を言った。
そんな私に、イルザ嬢は何か言いた気だったけれど、フイッと視線を外してしまう。
挨拶が気に入らなかったのかな……?
「……どうぞ入って。応接室に案内するわ」
私とマリアンヌは貴族令嬢とその使用人、という体で来ている。
ちなみにメイクはちゃんとぬりかべメイクだ。
私たちはイルザ嬢に案内してもらいながら、長い廊下を歩いていく。
所々に飾ってある絵画や調度品はどれも超一級品、と言っても過言ではなく、如何にレンバー公爵家が強い権力を持っているのか……廊下を歩くだけで理解出来てしまう。
「お父様、お連れいたしました」
「入りなさい」
イルザ嬢が扉をノックして中の人に話しかけると、扉の向こうから低い男性の声が聞こえて来た。
「どうぞ」
重厚な扉を開けたイルザ嬢が、私を部屋の中へと誘った。
「失礼します」
私が誘われるがまま部屋の中に入ると、奥の方の椅子に座っていた大柄な男性が勢いよく立ち上がった。
「君がユーフェミア嬢だね。よく来てくれた。俺はゲレオン・レンバーだ。すでに知っていると思うが、一応公爵位を持っている」
「はい、閣下のご高名はよく存じております。改めまして、私はユーフェミア・ウォード・アールグレーンと申します。この度はお招きいただき有り難うございます」
公爵にはちゃんと名乗っていなかったな、と思い、改めて自己紹介したけれど、そんな私を見た公爵は、まるで眩しいものを見るかのように、目を細めた。
──公爵の眼差しは温かく、喜びの色が滲んでいるようで。
「……こちらこそ、命の恩人に来て貰えて光栄だよ。本来ならこちらから伺わなければならないんだが……すまなかったね」
公爵は私の予想に反して、ずいぶん物腰が柔らかかった。
正直、もっと厳格なイメージだったので、意外に思う。
「いえ、とんでもございません。公爵閣下にご足労いただく訳には参りませんので、どうぞお気になさりませんよう」
「ははは。そう言ってもらえると有難い。さあ、立ち話はここまでにして、どうか寛いでくれ」
「有り難うございます」
公爵に促され、席についた私の後ろに、マリアンヌが控えるように立つ。
そして公爵家の使用人さんたちは、お茶とお菓子をテーブルに並べると早々に退出し、応接室にはレンバー公爵親娘と、私とマリアンヌの四人になった。
「これからする話はなるべく人に聞かれたくないだろうから、人を下げさせたよ」
普通なら執事さんや補佐官も同席する場に、公爵家側の人がいないから不思議に思っていたけれど、公爵が気を利かせてくれたようだ。
「ご配慮いただき有り難うございます」
「いや、こういうことは徹底しないとね。何せこのレンバー公爵家に牙を剥く者が存在するのだから、慎重にならないと」
公爵はそう言うと、好戦的な目をギラつかせてニヤリと笑う。
その姿を見ると、やっぱり騎士団長なんだなぁ、って思う。
「まず、ユーフェミア嬢には私の生命を救ってくれたお礼を言わせて欲しい。本当に有り難う、君には感謝しているよ」
公爵はそう言うと、私に向かって頭を下げた。
「いえ! どうか頭をお上げください! 私は自分が出来ることをしたまでですから!」
「だからと言って、そう簡単に出来ることではないだろう? 聖属性持ちだと明かしてまで、私の生命を救ってくれたんだから」
「あ……っ、それは……!」
「私からもお礼を言わせてちょうだい。あの時は本当に助かったわ。貴女のおかげでお父様は助かったの。そんな貴女に失礼な態度をとってしまったわ。本当にごめんなさい」
「イルザ嬢まで……! 私は大丈夫ですし、何とも思っていませんから! どうかお顔をお上げください!」
公爵家のご当主と令嬢に頭を下げられた私は、慌てふためいてしまう。
「……ふむ。恩人を困らせる訳にはいかんな。では早速本題に入らせて貰おうか。我々は君にお礼がしたい。何か望むものはないかな?」
「お礼と言われましても……っ」
ここに私が招待された理由が、謝礼のことだとはわかっていたけれど、実際言われてしまうと自分が何を望んでいるのかわからなかった。
だから断ろうと思っていたのだけれど……。
「申し訳ないけど、断ると言う選択肢は貴女には無いわ。公爵家を救った対価は大きいの。もし貴女が断れば、公爵家はケチで恩知らずな家門だと思われてしまうのよ」
「あっ……!」
私はイルザ嬢の言葉にハッとする。
貴族には貴族なりの誇りがあるのは当然だけれど、それが歴史ある大貴族のレンバー公爵家であれば、その重みはかなりの物だと思う。
私がただ謝礼を固辞すれば済む話じゃないのだ。
だったら、今私が望む物、それは……お金とかじゃなくて、もっと確実な──。
「……でしたら、騎士団の精度をさらに上げてください。地位や資格、境遇や身の上関係なく優秀な人材を抜擢し、帝国の守りをより強固なものにして欲しいのです」
ハルのためにも──そして私のためにも、帝国騎士団にはもっと強くなって欲しい。どんな脅威が訪れたとしても、対処出来るように。
騎士団のことは陛下から公爵に一任されているそうだから、公爵さえその気になってくれれば、面子を気にする貴族たちにも反対されないと思う。
「さらに付け加えさせていただくと、陛下と殿下の絶対的な味方でいてください。内からも外からも、帝国を守って欲しいのです」
クリンスマン侯爵とその関係者が帝国を狙っている以上、皇帝派筆頭の公爵には地盤を固め、もしもの時のための備えをしていて貰いたいのだ。
「……なるほど。君の希望はわかった。しかし、他国の人間である君がどうしてそこまで帝国の肩入れをするのか、その理由を聞かせていただきたい」
「それは……っ」
「君が欲のない人間だと言うことは理解したよ。だけどねぇ……他国の令嬢が我が国の国防に口を出すのは、内政干渉になるんじゃないかな?」
「──っ!」
私は公爵の言葉に衝撃を受ける。
帝国のためになる提案をすれば、公爵ならきっと快く了承してくれると考えていたから。
だけど、公爵からすれば確かに私は他国の、ただの少女なのだ。そんな人間からいきなり国防のことを言われたら、疑わざるを得ないだろうな、と思う。
「君がこの国に来た理由と、なぜ大公と関わりを持っているかを、私に教えて貰いたい。その内容によっては、君の希望を聞こうじゃないか。もし教えて貰えないのなら……すまないが、別の謝礼を用意しよう」
公爵が法国側の人間じゃないことは確かだし、信用出来る人物なのは間違いないだろう。
だけど、ハルのことやクリンスマン侯爵のことを話して良いのかどうか迷ってしまう。
ここは一旦保留にして貰って、マリウスさんや大公と相談した方が良いのかも……。
「……ミア様……」
黙ってしまった私を、マリアンヌが心配している気配がする。
今は正直に話せない以上、宮殿に帰ってみんなと相談した方がいいかもしれない。マリアンヌを不安にしたくないし。
「……っ、ふふ……っ」
頭の中でどう言おうか考えていると、公爵が笑う気配がした。
私が不思議に思って公爵を見ると、公爵が”しまった”と言う顔をしている。
「……お父様。意地悪はおやめください」
「そうだな、やっぱり俺に腹芸は無理だわ」
公爵とイルザ嬢の会話を聞いて、私の頭の中は疑問でいっぱいだ。
「あの、一体どう言う……」
「ああ、すまんすまん。ユーフェミア嬢が困っている姿が可愛らしくてな。とても『氷竜』の娘とは思えないよ」
「え……?」
公爵に『氷竜』の娘と言われても、何のことかわからない。
「おや? ユーフェミア嬢は知らないのかな? 君の父君であるテレンス卿の二つ名だよ」
「お父様の?!」
お父様に二つ名があるなんて知らなかった私は驚いた。
……え。でも待って? 公爵はお父様を知っているの……?
って言うか、会ったことがあったの……?
「ああ、冥闇魔法騎士団元副団長のテレンス卿は、俺たち騎士の間では有名な人物でね。色んな武勇伝があるんだが……その様子は全く知らなかった顔だね」
「あ、はい……。父が冥闇魔法騎士団に所属していたとは聞いたことがありましたけど、詳しくは聞いていなくて……」
「そうなのか。確かにテレンス卿は掴みどころがない性格だったからなぁ……」
公爵はそう言うと遠い目をした。お父様は一体何をやらかしたのーーっ?!
「まぁ、そう言う訳で、イルザから君の名前を聞いて、テレンス卿の息女だとすぐにわかったよ。だから君の身元は最初から知っていたし、怪しい人間じゃないこともわかっていたんだ。試すようなことをして申し訳なかったね」
「いえ、それは大丈夫なんですけど……」
私は疑われていた訳じゃないと知って安心した、けれど。
「お父様。お父様は彼女を信用したようですが、私はまだ彼女のことを信用しておりません」
今度は公爵じゃなくて、イルザ嬢からビシッと言われてしまう。
「貴女、どうして素顔を隠しているの? 身元ははっきりしていても、私はそんな人間を信用出来ないわ」
……ですよねー。
ここはやはり、ぬりかべメイクを落とすべきところなのかもしれない。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
更新が遅くなってすみません!
次回のお話は
「246 この世界の裏側で──ジェミヤン・クリンスマン」と言ったな。あれは嘘だ!
……ってな感じですみません、話の順番を入れ替えました。
おっさんの話はまた今度、と言うことで!(誰も待ってない)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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