247 ぬりかべ令嬢、信用を得る。


「貴女、どうして素顔を隠しているの? 身元ははっきりしていても、私はそんな人間を信用出来ないわ」


 ぬりかべメイクの私は、イルザ嬢に信用出来ない、とキッパリ言われてしまう。


 確かに、ぬりかべメイクは白粉をたっぷりと塗りたくっている分、素顔がわかりにくいよね、と自分でも思う。


 私を嫌っていたグリンダが始めた嫌がらせだったものの、意外と役に立っていたし、目立ちたくなかった私にはちょうど良かったけれど。


「大変失礼いたしました。不快にさせてしまい申し訳ありません。では、メイクを落としますね」


 私はイルザ嬢に向かって、深々と謝罪する。


 そもそも、気配察知に優れているイルザ嬢にぬりかべメイクは無意味だし、それ以前に信用して貰いたい相手に素顔を隠すのは失礼な行為だったな、と反省する。


「え? メイクを? いえ、何か理由があるのなら教えて貰えればそれでも……っ」


 メイクを落とすという私を、イルザ嬢が慌てて止めようとする。


 そういえばミーナに素顔を見せる時も、同じようなやりとりをしたな、と懐かしく思う。


 イルザ嬢も理由さえ話せば、そのままでも良いと言ってくれるけれど、それでは心から彼女に信頼されないかもしれない。


 私はイルザ嬢ともっと仲良く……と言うより、友達になりたいのだ。


「お気遣い有り難うございます。でも、信用して貰うためにも、ありのままの私を見ていただこうと思います」


 イルザ嬢に断りを入れた私は、聖属性の魔力で顔を浄化した。


 今までは水で洗い流していたけれど、<浄化>の応用で不純物を身体から消せるんじゃないかなと、この前思いついたのだ。


 魔力を使うと、私の顔を覆っていた殻のようなものが剥がれていくような感覚がして、肌を通して空気の動きが伝わってくる。


 ちゃんとメイクは落ちたかな、と思い目を開くと、驚愕の表情を浮かべたレンバー公爵親子の顔が目に入った。


「えっと、メイクを落としましたけれど……こちらでよろしいでしょうか?」


 私は二人に声をかけてみる。


「あの……?」


 だけど、二人は今だに固まったままで。


 ……そんなに驚くような顔なのかな、と少し不安になってきた。


「……っ、ああ。……すまないな、知っている人物とよく似ていたから……つい驚いてしまった」


「…………」


 我に帰ったレンバー公爵はそう言うと、まじまじと私の顔を見る。

 ちなみにイルザ嬢はまだ固まったままだ。


「お知り合い、ですか?」


「……ああ、知り合いと言っても、顔を合わせたのは一度きりだがね。……もしかして、ユーフェミア嬢の母君は法国出身かな?」


「えっ、えっと、それは……っ」


 突然お母様のことを聞かれた私は言葉に詰まってしまう。


 帝国は法国と仲が悪いのに、お母様が法国出身だなんて言っても大丈夫なのかな……?


「いや、詮索してすまない。たとえユーフェミア嬢の母君が法国出身だったとしても、君に対する信用が無くなる訳じゃないから安心してくれ」


「は、はい……」


「俺が知っている人物は『雷神』と言う二つ名を持つ法国の騎士でね。綺麗な顔に違わずすっごく強い奴で、本当に驚かされたんだ」


「え」


 公爵の話を聞いた私は心の中でまさか、と思う。


「ユーフェミア嬢の瞳の色はテレンス卿と同じだが、顔立ちは彼によく似ているね。二人の子供だと言われても納得してしまうよ! がっはっは!」


 そう言った公爵が豪快に笑う。

 きっと本人は冗談のつもりなんだろうけれど、まさにその通りなので本当のことを知っている私は笑えない。


 鍛えられた武人は勘も鋭いのかな?


 公爵が教えてくれた法国の騎士は、間違いなくお母様のことなのだろうけれど、何十年も前に一度だけ会った人物を覚えているなんて……よほど印象深かったのだろうか。


 ──だけど、それよりも……。


 私はイルザ嬢の様子をそっと窺って見る。


 私が素顔になってからずっと黙っていたイルザ嬢だけれど、公爵が笑う横で肩を振るわせながら俯いている。


 公爵の冗談に笑っているのかな、と思ったけれど、何となく違うような気もする。


 まるで、何かを我慢しているような……?


 そういえばミーナやマリアンヌもよくこんな反応をしてたっけ。


「……ごほん。お父様、後ほどそのお二人のことを詳しく!教えてくださいな」


「ん? ああ、別に構わんが……お前は本当に騎士が好きだなぁ。娘が騎士好きで嬉しいよ」


 イルザ嬢はお父様とお母様に興味津々みたい。

 もし『雷神』が私のお母様だと教えたら、すごく驚くんだろうな。


「話が逸れてしまってすまないな。イルザ、お前はまだユーフェミア嬢を信用出来ないのか?」


「……いえ、私が浅はかでした。ユーフェミア嬢、失礼なことを言ってごめんなさい」


 イルザ嬢は私にそう言うと、深々と頭を下げた。

 彼女から今日二回目の謝罪を受けた私は慌ててしまう。


「いえっ! 疑われるような姿で来た私が間違っていましたので! イルザ嬢は悪くありません! どうかお顔を上げてください!」


 武家の令嬢だからか、礼節を重んじている彼女は、自分の間違いを認めて謝れる人だった。

 最高位の爵位を持つ家門の令嬢なのに、驕ることない性格がとても素敵だな、と思う。


 私はミーナやイルザ嬢のような、とても素直で真っ直ぐな二人に出会えて、とても嬉しくなる。


「そう言っていただけると助かるわ」


 顔を上げたイルザ嬢がにっこりと微笑んだ。

 初めて見る彼女の微笑みは美し過ぎて、思わず見惚れてしまう。


「まあ、お互いわだかまりが無くなったようで良かったよ。話の続きだが、ユーフェミア嬢への謝礼は我が騎士団の強化、でいいんだね?」


「はい。私のような小娘が生意気な事を言っているのは重々承知していますが、私の願いは帝国の平穏ですから」


 今まで頑張ってきた人に、さらに頑張れと言う私の願いは本当に失礼だな、と思う。


 だけど法国が帝国を狙っている以上、私も譲る訳にはいかないのだ。


 ──たとえ公爵に傲慢な奴だと、軽蔑されたとしても。


「そうか。ユーフェミア嬢はそんなにレオンハルト殿下を想っているのか。もはや愛? 好きとかそんな次元じゃなさそうだな」


「……えっ?! ええっ?!」


 突然、公爵の口からハルの名前が出て驚いた。


 そんな私をよそに、公爵は不機嫌になるどころか、顎を撫でながらニヤニヤとしている。


 まるで、最初から私とハルの関係を知っていたような……。


「殿下も運が良いと言うか何と言うか……。いや、運が良いとかそんなもんじゃないな。天帝のお導き? それとも運命か?」


「……お父様、良い加減にしないと陛下に怒られますよ」


 驚きでポカーンとしている私を気遣ってか、イルザ嬢が公爵を窘めてくれた。


「あ、やべっ。……ごほん。驚かせてすまないな。ユーフェミア嬢のことは宮殿の中でも一部の人間だけが知る機密事項なんだが……。俺は君がここへ来るずっと前から、君のことを知っていたんだ」


「え……ずっと前から……?」


 ハルは私を極秘裏に探していたと言っていた。それなのに、公爵はそのことを知っていた……?


「そう警戒しないで欲しい。俺が君のことを知っていたのは、八年前ナゼール王国で開かれた会議に、皇帝の護衛として俺も同行していたからなんだよ」


「あ……!」


 私がハルと出会ったきっかけでもある、王国と帝国の間で開かれた会議。


 あの時は、超大国の皇帝が小国である王国に来るという前代未聞の出来事に、国中がかなり大騒ぎだった。


 皇帝の護衛として公爵も王国に来ていたのなら、ハルが誘拐されたことを知っているのも当然だ。

 そして私がハルを見つけたことも、マリウスさんから聞いていたはず。


「君が殿下の命の恩人で、しかもテレンス卿の娘だったと知った時は本当に驚いた。人生何があるかわかったもんじゃないな」


 ──ああ、だから公爵はここへ来た時、あんな温かい目で私を見たんだ、と理解する。


「ユーフェミア嬢は公爵家だけでなく帝国の恩人でもある。そんな君が桜妃であることを、心から嬉しく思うよ」


 そう言って私を見る公爵の瞳は、どこまでも優しくて。


 彼が本当にそう思っていることが伝わって、私の心が温かくなる。


「……っ、有難うございます……!」


 公爵のような立派な人に、私のことを認めて貰えたことが本当に嬉しい。


「うむ。じゃあ謝礼の件はこれで終わりだな。俺は騎士団の訓練場にもどるが、せっかく来てくれたんだし、ゆっくり寛いで行ってくれ」


 公爵はそう言うと立ち上がり、部屋から出ていった。


 公爵を見送った後、部屋の中には私とマリアンヌ、イルザ嬢の三人が残った。


「…………」


 応接室の中に沈黙が流れる。


 残されたイルザ嬢は居心地が悪いのか、何となくソワソワしているように見える。

 もしかすると、親しくない人間と一緒にいて居心地が悪いのかもしれない。


「えっと、お話も終わりましたし、私たちはこれでお暇させていただきますね」


 私は早く帰った方がイルザ嬢のためなのでは、と思い帰ろうとしたけれど。


「待って! 私、貴女にお願いがあるの……っ!」


「え?」


 切羽詰まったような、決心したような表情のイルザ嬢に呼び止められてしまう。


「私に貴女と殿下のお話を聞かせて欲しいの。恩人に対して詮索するような行為だと……とても失礼なことだと承知しているわ。だけど私には必要なことなの。絶対誰にも言わないから……お願い出来ないかしら……?」


 イルザ嬢が真剣な顔で私に懇願する。その瞳に嘘は感じられない。


「私と殿下が出会った話でいいのですか?」


「ええ」


 公爵から経緯を聞いているだろうイルザ嬢が、改めて私の話を聞きたいと言うなんて……。


 もしかしてイルザ嬢も、他の令嬢たちと同じようにハルのことを──?


 きっと彼女は私から話を聞いて、ハルのことを諦めようとしているのかもしれない。


 もしそうだとしたら、すごく申し訳ない気持ちになるけれど、イルザ嬢が望むなら、答えてあげたいとも思う。


「……わかりました。話が長くなるかもしれませんが、それでも良いですか?」


「構わないわ。覚悟は出来てる」


 正面から私を見据え、しっかりと頷くイルザ嬢の覚悟に応えるためにも、私は八年前にあった出来事を語った。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

またもや更新が遅くなってすみません!


次回のお話は

「248 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。4」です。


まだまだ続くよ!


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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