248 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。4
イルザ嬢に頼まれた私は、ハルと出会った時の話をした。
どうして私が一人でお使いに行ったのか、その説明のためにお義母様やグリンダの話をしなければならなかったから、かなり長くなってしまったけれど。
それでも、イルザ嬢はじっと黙ったまま、真剣に私の話を聞いてくれた。
「……という訳で、私は皇帝陛下と皇后陛下のご好意で、宮殿で働かせて頂いているんです」
上手く説明出来たかどうかわからないけれど、大まかな状況は伝わったんじゃないかな、と思う。
私の話に、イルザ嬢は満足してくれたかな……?
「……えっと、以上が殿下との出会いから今に至るまでの話です。これで宜しいでしょうか?」
そう言ってイルザ嬢を見た私の目に、衝撃的な光景が映る。
「えっ?! えぇーーっ?! ど、どうしたんですかっ?!」
私はイルザ嬢を見て驚愕する。
何故なら、彼女の目からドバッと大量の涙が滝のように流れていたからだ。
「あわゎ……っ」
余りのことに、マリアンヌも驚いているようだ。
「……っ、まさかそんな苦労をしていたなんて……っ! うっ……、それなのに運命を恨むどころか、人助けまで……っ、なんて偉いの……っ!」
どうやらイルザ嬢は私の話を聞いて、いたく感心してくれたようだった。
「ふふっ……。貴女の素顔を見た時点で、敵わないと思っていたけれど……完敗ね」
流れていた涙をハンカチで拭いたイルザ嬢が、自分に言い聞かせるかのように呟いた。
キリッとしていて格好良かったイルザ嬢の痛々しいそんな姿に、私の胸がきゅうっと痛む。
「イルザ嬢の想いがとても深いことはわかりました。でも……どうか私を、ハルの──レオンハルト殿下の婚約者として、認めて頂けないでしょうか……?」
今すぐは無理だと思う、それでも……ハルへの想いが昇華出来たその時は、イルザ嬢に私のことを認めてもらいたい。
自分勝手で、残酷なお願いをしている自覚はある。
それでも彼女に認めてもらえればきっと、この帝国の社交界だって怖くなくなるんじゃないかな、なんて。
「……そうね。殿下のお相手はハルツハイム卿しかいないと、それ以外は認めないって、ずっと思っていたけれど……」
「んん?」
「え」
私はマリウスさんの名前が出たことを不思議に思う。後ろにいるマリアンヌからも驚いている気配がする。
「……でも、あの時の殿下の微笑みはきっと……貴女を思い出してのことだったのね。私ったらすっかり誤解していたわ」
目を閉じて何かを思い出していたらしいイルザ嬢の目がカッ!と開く。
「ええ、貴女なら殿下の横にいても見劣りしない……! いえ、それどころかピッタリね! すっごくお似合いよ……! これはこれでアリね! また新しい扉が開いたわ……っ!!」
その瞳はとてもキラキラと輝いていて、生命力に溢れている……ような気がする。
「それで? 婚約発表はいつなの? 早く二人が並んでいる姿をナマで見たいわ! きっと奇跡の組み合わせね! 世紀の瞬間だわ!」
「えっと、それはまだ未定なんですけど……」
「……まあ。殿下はまだお身体の具合がすぐれないのかしら? もう一度殿下とハルツハイム卿の手合わせをこの目で見たいのに……」
がっかりするイルザ嬢の様子に、彼女がハルの状態を知らないことに気がついた。
きっと公爵は知っているのだろうけれど、機密事項だから娘にも秘密にしているのかもしれない。
「イルザ嬢はハルとマリウスさんの手合わせを見られたことがあるんですね。私はまだ見たことがないんですけど、どんな感じですか?」
ハルがすごく強いのは知っているけれど、私は実際に戦っているところを見たことがない。
アードラー伯爵邸の時も、意識が朦朧としていたから、ほとんど思えてないし。
ハルはともかく、マリウスさんも強いのかな? 彼も飛竜師団の副団長だから、もちろん強いのだろうけれど、どっちかと言うと文官ってイメージだ。
「ふふっ、お二人が剣を交わしている光景はまさに至福の時間よ……。剣技が素晴らしいのはもちろんだけど、鍔迫り合いで見つめ合う瞬間がもう……っ、たまらないの! まさに二人の世界って感じ!」
クールなイメージだったイルザ嬢が、ものすごく熱く語ってくれた。
騎士家系なだけあって、本当に剣が好きなんだな。
「わぁ……! すごい迫力なんでしょうね。私も見てみたいです!」
「…………やっぱり……」
イルザ嬢の話に感心している私の後ろで、マリアンヌが小さい声で呟いている。何に気付いたんだろう?
「残念だけれど、関係者以外は飛竜師団の訓練を見ることは出来ないの。……だけど貴女は桜妃だから、例外かもしれないわね」
「あ、そうなんですか?」
マリアンヌには後で話を聞くことにして、今はイルザ嬢の話に集中しよう。
「私が見たのも剣術大会だったわ。滅多に参加されないお二人が、一度だけ参加されたことがあったの。その時の盛り上がりは凄まじかったわ。……特に令嬢たちの熱狂ぶりがね。……ふふ、もちろん私もその一人だけど」
イルザ嬢が頬を染めながら言うぐらいだから、ものすごく盛り上がった大会だったんだろうな、と思う。
「剣術大会って毎年行われるんですか? 参加者も多そうですね」
「剣術大会は二年に一度行われるの。皇室主催だから、それはもう大規模な大会よ。優勝すれば賞金が貰えるけれど、本選に参加出来るだけでも箔が付くから、帝国中から剣士が集まってくるわ」
イルザ嬢曰く、優秀な剣士には騎士団入りの機会が与えられるらしく、出世を夢見る人たちがこぞって参加するのだそうだ。
そうして大会の参加者から、平民が何人も騎士団入りをしていると言う。
「帝国は実力主義だから、腕が良い者は身分問わず重用されるの。血統重視の国が多いのに珍しいわよね」
優秀な人材を発掘出来て、しかも相当な経済効果をもたらす剣術大会は年々規模が大きくなっているらしい。
「次の剣術大会はいつ開催されるんですか?」
「本当は今年の予定だったけど、殿下が病床に伏しておられるでしょう? 全快されるまでは延期になるでしょうね」
「あっ……」
私はイルザ嬢の言葉で気がついた。ハルが目を覚さないことで、帝国にかなりの悪影響を与えているのだと。
「そう言えば、貴女のその力で殿下を治癒させることは出来ないのかしら?」
イルザ嬢も同じことを考えたのか、私にハルを治せないか質問してきた。
公爵を浄化した場面を見たら、誰だってそう考えるだろう。
「申し訳ありません。殿下の病は、私の力ではどうすることも出来ないんです……っ」
私は改めて無力な自分を情けなく思う。
「そうよね、治せるならとっくに貴女が治しているはずだものね。それなのに軽率なことを言ってごめんなさい。貴女を傷つけるつもりはなかったの」
思わずしょんぼりしてしまった私を労るように、イルザ嬢が謝ってくれた。
「はい、大丈夫です。私も色々試しているんですけど、上手く行かなくて……」
「そうなのね。貴女も辛いでしょうに……。私に出来ることがあれば何でも言って。協力は惜しまないわ」
「有り難うございます、頼もしいです」
イルザ嬢から私を励まそうとする気持ちが伝わって来て、とても有り難く思う。
彼女や帝国の人たち──そして自分のためにも、ハルに早く目覚めて欲しいと思わずにいられない。
* * * * * *
イルザ嬢にお礼を言って挨拶した後、私たちは公爵邸を後にした。
宮殿へ帰る馬車の中で、私はマリアンヌに労いの言葉をかける。
「マリアンヌお疲れ様。一緒に来てくれて有難うね」
「とんでもありません! 私はミア様付きの使用人なんですから当たり前のことです! むしろ一緒にいないとダメなんです!」
「ふふ、そうだね。すごく心強いや」
マリアンヌの言葉を有り難く思いながら、私は公爵邸でのことを思い返す。
「イルザ嬢が良い人で良かったよ。でも、彼女のハルへの想いを知っちゃったから、何だか複雑……」
イルザ嬢は私を認めてくれたけれど、あんなに深い想いがそう簡単に消え去ることなんて無いんじゃないかな。
もしかしたら私を気遣って、気丈に振る舞っていたのかもしれない。
「……あの、ミア様。私それ、勘違いなんじゃないかなーって、思うんですけど……」
「え? 勘違い?」
マリアンヌがモジモジと、申し訳なさそうに言った。
そう言えば、公爵邸で何かに気付いていたっけ。
「ですです。イルザ嬢は殿下を恋愛対象として見ているんじゃ無いと思いますよ」
「え? そうなの? あんなにハルのことを熱く語っていたのに?」
クールそうな彼女が頬を染めて熱く語っていたから、てっきりハルを好きなんだと思っていた。
だけどそれが勘違いだなんて……。
「……あ! もしかして、マリウスさんのことを……っ?!」
「なんでやねん! あ、いやいや! それも違いますから!」
ハッとした私にマリアンヌからツッコミが入る。
実はイルザ嬢はハルではなく、マリウスさんを好きだった……? と思ったけれど、それも違ったみたい。
「えっと、すみません。ミア様に詳しく説明するのは難しくて。それにバチが当たりそうですし」
「んん?」
説明が難しいのは仕方ないとして、バチが当たる、と言う意味がわからないけれど。
「ほら、イルザ嬢は騎士好きだと公爵も仰っていたじゃないですか! 彼女は闘う男性の姿が好きなんですよ! ……多分」
「あっ! なるほど!」
私はマリアンヌの言葉に納得する。
確かにイルザ嬢は、騎士時代のお父様とお母様のお話にも、すごく興味を持っていたものね。
「とにかく! イルザ嬢は気にしなくて大丈夫だと思います! 間違いありません!」
「……うん、有難うマリアンヌ」
マリアンヌがここまで断言するなら、きっとその通りなのだろう。彼女はとても人の機微に聡いから。
マリアンヌのおかげで、心が軽くなった私は、窓の外に視線を移す。
窓から見えるのは、たくさんの人々で賑わっている、活気溢れる街並みだ。
行き交う人々の表情は生き生きとしていて、帝国がとても豊かな国だということがよくわかる。
きっと両陛下や皇太子であるハルが、尽力した結果が目の前の光景なのだろう。
そう思うと、その光景がまるでとても大切な宝箱のようで……。
私はこの尊い光景が、このままあり続けますように、と心から願った。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
イルザ嬢が開いた扉を知りたい方は、電子書籍版1巻の電子限定オリジナルSSをご覧ください。(しつこく宣伝)
ちなみにピッコマさんなら無料で読めますので是非。
マリアンヌが必死にフォローしていますが、いつかは性癖バレそうです。(言い方)
次回のお話は
「249 ぬりかべ令嬢、ぬりかべ令嬢、引っ越しをする。」です。
引っ越しってなんやねん、ですね。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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