249 ぬりかべ令嬢、引っ越しをする。

 レンバー公爵邸から宮殿に戻る途中、正面玄関に数台の荷馬車が並んでいるのが見えた。


「わぁ。馬車にぎっしりと荷物が積まれてる。すごい量だね……」


「うわ、本当ですね。まるでお店一軒分の荷物を丸っと積んで来たみたいです!」


 荷馬車から大量の荷物が宮殿の中へと運ばれていくのを、マリアンヌと一緒に眺めていると、見覚えある人の姿が。


「あっ! あれはディルクさん?!」


「あ、本当ですね。じゃあ、これはランベルト商会の荷馬車だったんですね」


 そういえばランベルト商会は皇室御用達の商会だったっけ。


 ……ということは、皇族の誰かがランベルト商会に注文したのかもしれない。量が尋常じゃないけれど……まぁ、皇族だし。


 私は馬車から降りると、使用人さんに指示をしているディルクさんの邪魔にならないように様子を窺いながら、タイミングを見計らって声をかけた。


「こんにちは。ディルクさん、お久しぶりですね」


「ああ、ミアさん! マリアンヌも! 久しぶりだね」


 そう言って微笑むディルクさんは相変わらず中性的で、カッコ良いと言うより綺麗と言う言葉が似合うと思う。


「はい。お陰様で、皆さんにはとても良くしていただいていますから」


「あ、私も楽しく働かせていただいてますよ!」


「そっか。二人なら上手くやっていくと思っていたけど、それでも心配だったからね。こうして元気な姿を見ることが出来て安心したよ」


「えへへ。有り難うございます。私もディルクさんにお会い出来て嬉しいんですけど……お仕事の邪魔でしたね。すみません」


 もしディルクさんに時間があればお茶でも、と思ったけれど、大量の商品を納品中みたいだし、邪魔をしちゃいけないよね。


「ああこれ? この荷物は全てミアさん宛てに持って来た物だよ?」


「えっ?! 私に、ですか? え? これ全部?!」


 私はディルクさんの言葉に驚いた。

 何台もの荷馬車にぎっしりと詰め込まれた品が全部私の物って……!


「あれ? 皇后陛下から聞いてない? 桜妃として恥ずかしくない物を揃えるように、って指示を受けてね。うちの商会が取り扱う物の中でも最高級の物を取り揃えたんだよ」


「皇后陛下がですか? いえ、聞いてませんけど……」


「そうなんだ。 おかしいなぁ。伝達忘れかな? 取り敢えず、僕としては一度ミアさんに確認してもらいたいんだけど……今からでも大丈夫かな?」


 今日は一日予定を空けていたから、時間は十分あるな、と考えた私は了承の返事をする。


「あ、はい。それは大丈夫ですけど……。荷物の中は何でしょうか?」


「うん、調度品と装飾品一式にドレスを何十着か、かな」


「えっ?! 調度品? ドレスが何十着?! ……えっと、それって一体……?」


「ミアさんの部屋に置く家具たちだよ。ベッドにソファー、キャビネットやランプとか、思いつく物は全部持って来たんだ」


「え…………」


 そんな膨大な量の品、部屋に置ける気がしない。……っていうか、荷物で部屋が埋もれてしまうのでは……?


「いや、こんな大量の荷物、流石に部屋に入らないと思うんですけど……」


「えっと、僕はミアさんが使用人の部屋から皇族の居住区域に移るって聞いていたんだけど……その様子は初耳って感じだね」


「…………今初めて聞きました……」


 引っ越し先が皇族の居住区って……。驚き過ぎてだんだん疲れて来たよ……。


「あの! それって、ミア様の部屋を丸っと整えるって事ですよね?」


「うん。僕はそう聞いているよ」


 私と違ってマリアンヌはすっごく嬉しそう。

 目がキラキラと輝いて、生き生きとしてきた……ような気がする。


「やった! ついにミア様にお部屋が……! ようやくお引っ越しですね!」


 マリアンヌは私が使用人部屋で過ごすのをずっと気にしていたから、お引越し出来ると知ってとても喜んでいる。


「ははは。取り敢えずミアさんの新しい部屋に行こっか。実際に見たら驚くかもね」


「へ?」


 もうこれ以上驚くことはないと思っていたけれど……すみません、帝国を甘く見てました。


 ディルクさんの驚くかも、って言葉はまた別の意味もあったようで。






「ふわぁあああ〜〜……っ! こ、ここは……っ!」


「おおぉぉ〜〜っ!! すごい……っ! ベルサイユ宮殿も真っ青な豪華さですね!!」


 私の新しい部屋だと言われ案内されたのは、見たこともないような広さの豪華な部屋だった。


「これでも皇帝皇后両陛下の部屋に比べれば、地味なんだけどね」


「これでっ?!」


 ディルクさんはそう言うけれど、私からすれば十分過ぎるほど豪華だと思う。


 ちなみにランベルト商会は皇室御用達だから、限られた使用人しか入れないような両陛下の部屋も、ディルクさんは拝見したことがあるそうだ。


 私がいつも皇后陛下とお会いしていた部屋も、実際は陛下のドレッサールームで、主寝室ではなかったりする。そこだけでも十分広くて豪華だったけど。


 私が使うことになるという新しい部屋の中では、商会の人たちと宮殿の使用人さんたちが、慌ただしく荷物を運び込んでいる。


「ベッドはマットレスとリネン以外は既存のままだけどね。天蓋飾りもこのままになるけど、大丈夫かな?」


「はいっ?! あ、はいっ! そのままで十分です!! って言うか、十分過ぎてもう何が何だか……」


 部屋の天蓋付きベットは備え付けだから、取り外せないのだとディルクさんが言うけれど。

 細かい金の装飾が施された天蓋飾りはとても素晴らしい。それなのに取り外すなんてとんでもない!

 この飾りだけでお屋敷が買えちゃいそう。


「ミア様、お茶の準備ができましたよ。お話の続きはこちらでどうぞ」


 部屋が整えられていくのをぼ〜っと眺めていると、いつの間にか姿を消していたマリアンヌが声をかけてくれた。


 どうやら応接室の状況を確認して、使えるようにしてくれたみたい。


 本当にマリアンヌはよく気がつくなぁ、とつくづく感心してしまう。そりゃ大公もスカウトしたくなるよね。


 ついでに言うと、私の部屋といっても部屋の中にさらに部屋があって、寝室から始まりリビングルームにテラス、応接室とお風呂や書斎などが私専用となる……のだそうだ。


 応接室に移動すると、白を基調とした部屋に大きな窓があって、日の光と心地良い風が部屋を包んでいた。


「うわぁ……! ここも素敵な部屋ですね」


「そうだね。豪華だけれど下品にならないように上手くまとめられてるよね」


 ディルクさんが言うように、部屋の所々に金が使われているけれど、使い方が上手なのか、とても上品な印象だ。


「備え付けのキッチンもとても使いやすそうですよ! 簡単な軽食なら作れそうです!」


 マリアンヌはこの部屋がすっかり気に入ったみたい。


「だけどお茶の種類は少ないかもです。もっと種類を増やしたいですね」


「マリアンヌならそう言うと思って、何種類か持って来ているよ」


「えっ?! 本当ですか?! 流石ディルクさん!」


 マリアンヌのお茶好きを見越して事前に用意してくるとは……。流石としか言いようがない。


 ……っていうか、私の周りの人たちって有能過ぎ……?


 それから、ディルクさんが使用人さんに指示し、お茶が入った箱を持って来てくれた。

 箱の中身を見たマリアンヌが大喜びしたのは……言うまでもない。


 マリアンヌが淹れてくれたお茶を飲んで一息ついた私たちは、お互いの近況を教え合った。


 ディルクさんは商会の後継者として、多忙を極めていたそうだ。だけど引き継ぎもほぼ終わりかけのようで、あともうちょっとの辛抱なのだと教えてくれた。


「……それにしても、ミアさんは殿下が目覚めるまで使用人のままでいるんだろうな、って思っていたから、皇室から連絡が来た時は驚いたよ」


「あ、それは、その……」


 本当は私も、ハルが目覚めればその時は、と思っていたけれど。


「ミアさんが考えて出した結論なら、僕は全面的に支持するよ。もし殿下との婚約に反対する貴族がいたら連絡して? 経済的制裁を食わせるからね」


 物騒な言葉と綺麗な笑顔のギャップが怖い。


 だけど、説明しなくても私の行動に賛同してくれるディルクさんのような存在は、本当に有難いと思う。


「あ、有り難うございます……っ。どれほどの貴族から反発されるかはわかりませんけど、クリンスマン侯爵からは猛反対されるだろうな、とは思ってます」


 トルデリーゼ嬢を皇后に、と企んでいるクリンスマン侯爵にとって、私の存在は邪魔で仕方がないだろうし。


「……っ、ふふ……。クリンスマン侯爵、ね……」


 侯爵の名前を聞いたディルクさんが不敵な笑みを浮かべる。


 ……そういえば大公も同じような笑みを浮かべていたっけ。


「え、えっと……」


 ディルクさんの雰囲気が一転し、魔王のように恐ろしいオーラを醸し出している。

 普段の優しそうな見た目とほんわかした雰囲気で、つい忘れそうになるけれど、この人は絶対敵に回しちゃダメな人なのだ。


「ああ、ミアさんは知らないだろうけど、クリンスマン侯爵家が運営するマイスナー商会は、我がランベルト商会を目の敵にしていてね。身の程知らずにも、ライバルだと思っているみたいなんだよね」


 マイスナー商会はクリンスマン侯爵家の後ろ盾もあり、主に貴族を顧客にしているそうだ。

 それでもランベルト商会には敵わないけれど、貴族間の繋がりは馬鹿に出来ないから厄介だ、とディルクさんがボヤいている。


「それにマイスナー商会は法国と取引している商会だからね。僕にとっては敵も同然だよ」


 元アードラー伯爵にマリカが誘拐された一件は、ディルクさんにとっても衝撃的な出来事だったはず。

 元々印象が良くないのに、間接的とはいえあの一件に関わっていた法国は、ディルクさんに敵認定されて当然だと思う。


「あの、マイスナー商会が作ったセラーの魔道具のことは……ご存知ですか?」


「うん。マリカから話は聞いているよ。術式に呪術を加えていたんだってね。信用が命の商会にあるまじき行為だよ」


 マリカから話を聞いたディルクさんは、マイスナー商会を潰そうと考えたと言う。


「マイスナー商会を放置していたら、うちはもちろん他の商会にとっても良くないからね。だから潰そうかなって思ったんだけど、それじゃあ解決にならないなって」


「た、確かに……」


 ランベルト商会には及ばなくても、マイスナー商会だって結構大きな商会なのに。


 そんな商会の存続をまるで害虫駆除のように言うディルクさんは、かなりご立腹のようだ。


 きっと忙し過ぎてストレスが溜まってるんだろうな……。後で浄化してあげようっと。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

更新が遅くなってすみません!


久しぶりにディルクさんの登場です。

忙しすぎて余裕なさげ(笑)

年末はみんなそうだよね!みたいな。


次回のお話は

「250 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。5」です。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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