250 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。5

 マイスナー商会の悪事を止めるためには、持ち主であるクリンスマン侯爵をどうにかしなくてはならない。


 そのクリンスマン侯爵は今、ディルクさんはもちろん、大公やレンバー公爵など、私と関わりがある全ての人にとって敵認定されている。


「全方向に喧嘩売るとか、もはやあっぱれですね。……悪い意味で」


 マリアンヌが呆れたように呟いた。きっと誰もがそう思うんじゃないかな。


 私はふと、自分の生まれ育った国を売ってまでやりたいことってなんだろう、と考える。大きい商会を営んでいるぐらいなら、財産はたくさん持っているだろうし……。


「侯爵には法国と協力してでも、成し遂げたいことがあるのでしょうか? 無理やりやらされてる可能性もありますよね?」


 もしかすると何かしらの大義名分があって、侯爵はこんなことをしているのかもしれない。もしくは大公のように法国に操られていたり、人質を取られてるとか?


「彼にそんな高尚な考えなんてないと思うよ。弱みを握られている可能性はあるけれど、きっと法国関係者に唆されたんじゃないかな。人伝で聞いた話だとかなり強欲みたいだし、そんな人間が欲しがるものって、最終的には王の座になるから」


 ディルクさんも大公やマリウスさんと同じように、クリンスマン侯爵が皇権を狙っていると予想しているみたい。侯爵が欲深いおかげで目的がわかりやすくて助かるけれど。


 もし侯爵が法国に──アルムストレイム教に心酔していたら、厄介なことになっていたかもしれない。


「ぶっちゃけ、侯爵が皇帝になっても帝国を維持出来るか疑問ですよね。どう考えても法国に乗っ取られる未来しかないと思うんですけど」


 マリアンヌが言う通り、侯爵が皇帝になった途端、帝国は法国に実効支配されると思う。

 もし侯爵にずば抜けた政治的センスがあれば、法国と上手に渡り合えるかもしれないけれど……きっと無理だろうな。侯爵は法国のいいなりって感じだし。


「取り敢えずクリンスマン侯爵の件については僕も協力するよ。近日中にハルツハイム卿と相談出来れば良いんだけど……。マイスナー商会は僕が担当するとしても、貴族家門のことはどうしようもないからね」


 有難いことにディルクさんも私たちに協力してくれることになった。

 マリカも言ってくれていたけど、実際に本人から協力すると申し出てくれて安心する。


 だけど帝国一の商会の後継者であるディルクさんでも、貴族の身分については何も出来ないなんて……。それほど貴族が持つ特権はバカに出来ないってことなんだろうな。


「ありがとうございます! ディルクさんが協力してくれたらとても心強いです。マリウスさんには私からお伝えしておきますね」


「うん、よろしく。……ああ、もうこんな時間か。僕はそろそろお暇するよ。ミアさんたちが元気だったってみんなに伝えないとね」


 ディルクさんの言葉に、私は一緒に帝国まで旅をしたランベルト商会の人たちを思い出す。


「あっ、レオさんやリシェさんたちはお元気ですか? もう王国に帰られたのでしょうか?」


 落ち着いたらお店に行ってみようと思っていたのに、色んなことが有り過ぎてすっかり忘れていた。


「レオは商会を退職したよ。元々そういう契約だったしね。今はのんびりと過ごしているんじゃないかな。リシェやラリサたちはまだ本店にいるよ。もうしばらくしたら王国に戻る予定だけれどね」


 そういえば、レオさんは帝国に戻ったら隠居生活をすると言っていたっけ。レオさんには獣魔契約でお世話になったし、元気なレグを見てもらいたかったからちょっと残念。


 ちなみにフォンスさんとニックさんはすでに王国へ出発したらしい。二人は荷物の運搬を担当していたし、お仕事なら仕方がないよね。


「そうですか……。レオさんたちに会えないのは残念ですが、リシェさんとラリサさんがいらっしゃるなら、レグを連れて挨拶に行きますね。よろしくお伝えください」


「うん。二人とも喜ぶよ。あ、親父にも顔を見せてあげて? あの人、ミアさんをすごく可愛がっているからね」


「はい、ぜひ! 私も久しぶりにハンスさんにお会いしたいです!」


「ははは。親父に伝えておくよ。じゃあ、僕はこれで。二人とも頑張って」


 ディルクさんはそう言うと手を振って去って行った。

 帝国一の商会の後継者だから、とても忙しいはずなのに……。貴重な時間を私たちのために使ってくれたんだろうな、と思うと感謝しかない。


 私は久しぶりにディルクさんと会えて、王国での生活を──ウォード侯爵家のみんなや、「コフレ・ア・ビジュー」の人たちと過ごした時間を思い出し、懐かしく思う。


「みんな元気かな……」


 ディルクさんが何も言わなかったってことは、「コフレ・ア・ビジュー」のみんなは元気なのだろう。

 だけど、侯爵家のみんな──エルマーさんやデニスさん、ダニエラさんたち……そして、お父様の状況がわからないことを歯痒く思う。


 帝国についてしばらくしてから、一度お父様に手紙を送ったけれど、まだ返事は届いていない。


 ──王国までかなりの距離があるから、まだお父様に届いていないのかな……。


 私がそんなことを考えていると、誰かが扉をノックしていることに気がついた。


「はいはい〜っと。どちら様ですか? ……げ」


 対応するために扉を開けたマリアンヌが驚いた顔をしている。その表情で誰が来たのかすぐにわかった。


「あ。マリウスさん、こんにちは」


「失礼します。お休みのところ申し訳ありません」


 案の定、新しい部屋に来たのはマリウスさんだった。


 もしかして、引っ越しの様子を見に来てくれたのかな?


「いえ、大丈夫です。あ、どうぞこちらにお掛けください」


「……有り難うございます。では、失礼します」


 マリウスさんが私の向かいの席に座ると、マリアンヌがマリウスさんの分のお茶を持ってきてくれた。


「ミア様におかれましては、突然住居が変更されて驚かれたかと存じます。あらかじめお伝えすることが出来ず申し訳ありません」


「え! いや、確かに驚きましたけど、マリウスさんが謝る必要はありませんから! それに言葉が妙に固いんですけど……」


「もうミア様……いえ、ユーフェミア様は正式に『桜妃』となられましたから。今まで通り接する訳には参りませんので」


 確かに、今まで私はマリウスさんに使用人として扱って欲しいとお願いしていた。それが使用人を辞めたことで、正式な『桜妃』──皇太子の婚約者という立場になったのだ。

 そう考えると、マリウスさんの言動は間違っていないのだろう、でも……。


「マリウスさんは意地悪です! 私はそんな扱いを望んでいませんから、いつも通りにしてください!」


 これはきっと、マリウスさんなりのささやかな嫌がらせなのかもしれない──私が『桜妃』になったことで、マリアンヌが私専属の侍女になったから。


 私の言葉に、マリウスさんは一瞬きょとん、とすると、我慢できなかったのか、クスクスと笑う。


「……ふっ、大変失礼しました。ミア様には敵いませんね。ではお言葉に甘えてさせていただきます」


 私はいつもの調子に戻ったマリウスさんに内心ホッとする。対するマリウスさんは優雅にマリアンヌが淹れてくれたお茶を飲んでいる。


 そんな私たちのやりとりを、マリアンヌは首を傾げて不思議そうに見ているけれど……私から説明するつもりは無かったりする。


「えっと、マリウスさんはここへ部屋の確認に来られたのですか?」


 私は話題を変えるために、マリウスさんに質問した。


「はい。それもありますが、ミア様にナゼール王国から連絡があったとお知らせしようと思いまして」


「え? 王国から?」


「はい。ウォード侯爵家ご当主から、『スマフォン』でメッセージが届いたそうです。お聞きになりますか?」


「はい! お願いします!」


 私はマリウスさんからの申し出に即答した。

 さっきお父様のことを考えていたところなのに……なんてタイミングが良いんだろう。


「承知しました」


 マリウスさんが胸ポケットから箱の様なもの──「スマフォン」を取り出した。


「え? 『スマフォン』……? え、『スマホ』? え? ホントに?」


 私は帝国に来る道中で見たことはあるけれど、初めて見るらしいマリアンヌは驚いている……と言うか、「スマフォン」を知っているみたい。


「もしかして、異世界にあったの?」


 私は驚きながらも「スマフォン」をまじまじと見ているマリアンヌに聞いてみた。


「はい、『ニホン』……あ、私が住んでいた国では誰もが持っていましたよ。友達や家族と連絡を取り合うのにすごく便利で……。まさか異世界で『スマホ』を見る機会があるなんて驚きです! あ、これ『電源』入るんですか?」


「……! まさか貴女が『スマフォン』をご存知だったとは……! 盲点でした。もっと早く気づいていれば、詳しく聞けたのに……っ!!」


 マリアンヌが「スマフォン」を知っていたことにマリウスさんがショックを受けている。

 始祖様と同じ世界から来たのなら、マリアンヌが知っていて当然だろうけど……きっとハルのことがあって忙しかったんだろうな。


「そんなに驚かなくても……。ちなみに元の世界では『スマートフォン』って呼ばれていました。略して『スマホ』ですね。っていうかコレ『スマホ』を魔法で再現してるんですよね? もしかして始祖様って天才……?」


 マリアンヌが「スマフォン」の本当の名前を教えてくれた。

 やっぱり微妙に名前が違うのは「ニホンゴ」が難しいからかな?


「また後日、貴女が知っている『スマートフォン』についてお話を聞かせていただけませんか? お願いします!」


 ショック(?)から立ち直ったマリウスさんが、キラキラした目でマリアンヌに言った。まるで好奇心を止められない子供のようだ。


 いつもはクールなマリウスさんの、意外な一面を垣間見てしまったかも。


 それにしても、マリウスさんは本当に異世界の話が好きなんだな、と思う。きっと小さい頃からハルと一緒に異世界について調べていたんだろうな。


「ぐっ……! で、でも! 私の一存では決められませんので! ミア様から許可をいただいてから──「いいよ」──ミア様?! え、早!」


「マリウスさんにはいつもお世話になってるし、私も気になるし……。今度ゆっくりとお話を聞かせてもらいたいな」


「わ、わかりました。ミア様がそう仰るなら、私頑張ります!」


「ミア様、有り難うございます!」


 マリウスさんは今すぐにでも話を聞きたいだろうけれど。今はお父様から届いたメッセージを確認させて欲しい。


「えっと、これはどう使うものなんですか?」

 

 以前モブさんが使っているところを見たものの、一瞬だったしよくわからなかったから困惑する。


「『スマートフォン』に魔力を流せば起動しますよ」


 私はマリウスさんに言われた通り、「スマートフォン」に少し魔力を流してみる。

 すると、箱のような「スマートフォン」の表面が光り出した。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!


再びスマフォン登場。

王国から届いたメッセージとは?! ……みたいな。

ここから話が急展開するようなしないような。(ちょ)


次回のお話は

「251 この世界の裏側で──ジェミヤン・クリンスマン」です。

このタイミングでおっさんの話かい!って感じですが。しかも二話あったり。

読者様には怒られそうですが、何卒お付き合いくださいませ。


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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