244 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。3

 モブさんたちと挨拶を交わして別れた後、執務室をノックしようとしたタイミングで扉が開いた。


「ミアさ……んんっ、ミア! 待ってたわ。さあ、中に入って!」


「あ、お姉さま。わざわざ来てくれたの? 有難う!」


 扉を開けてくれたのはマリアンヌで、にっこりと笑顔でお礼を言う私を見ると、何故か固まってしまう。


「……はっ! もしかしてこの呼び方も今日で終わり……? ……くっ、そう考えるとすっごく勿体無い気が……っ」


 マリアンヌが真剣な表情でブツブツと何かを呟いている。

 よくあることとはいえ、少し心配になってきた。


「えっと……お姉さま、大丈夫?」


「はっ!? だ、大丈夫よ! 私ったらつい!」


 私の声で正気に戻ったマリアンヌと一緒に執務室に入ると、大公とマリウスさんが中で待っていた。

 初めは犬猿の仲だった二人だけれど、今は落ち着いて談笑する仲になった……ように見える。会話の内容は恐ろしくて聞けないけれど。


「ミア様、ようこそおいで下さりました」


「やあ、ミア嬢。昨日はお疲れ様だったね」


「いえ、私の方こそ。お二人ともお忙しいのに貴重なお時間をいただき有難うございます」


 私は二人に集まってくれたことにお礼を言うと、昨日の舞踏会で協力してくれたことについてもお礼を言う。


「マリウスさん、昨日はお手伝いいただき有難うございました」


「いえ、こちらこそお声をお掛けいただき有難うございました。団員たちも喜んでましたよ。いい息抜きになったようですね」


 マリウスさんはすぐに帰ってしまったけれど、残された団員さんたちはその後令嬢たちと交流し、有意義な時間を過ごすことが出来たらしい。


「楽しんでもらえたなら良かったです」


「ははは。それはもう楽しんでいたよ。まさか、ミーナがねぇ……」


「ひえっ?!」


 安心したのも束の間、私の背後からずいっと大公が忍び寄ってきた。

 

「……あ。えっと、それは……っ」


 大公は大切な愛娘であるミーナが、師団員のイルマリさんとダンスを踊るとは思いもしなかっただろう。


 ミーナに固く口止めされていたから、大公には伝えていなかったけれど、父親からしてみれば青天の霹靂だったと思う。


「すみません、私が無理やりマリウスさんにお願いしたんです! どうしてもミーナの気持ちを尊重したくて……っ、閣下に相談しなかったことは申し訳なく思っています。でも……っ」


「ミア嬢、大丈夫だよ。確かに相談してもらえなかったことは残念だが、ミーナのためを思ってのことだろう? それに、とても幸せそうな娘の姿を見ることが出来て、私も嬉しかったんだよ」


 そう言って微笑む大公はとても優しくて、心から娘を想う父親の顔をしていた。そんな大公を見て、私は一瞬、王国にいるお父様を思い出す。


「……まあ、だからと言って二人の仲を認めたわけじゃないけどねぇ……っ」


「ひーっ!」


 くっくっく、と笑う大公の姿はどう見ても腹黒い悪役だ。マリアンヌがそんな大公を見て悲鳴をあげている。


「閣下、先ほどから何度も申し上げている通り、彼は立派な人物です。家柄も申し分ないですし、殿下から厚い信頼を得ています。彼は飛竜師団に欠かせない人物ということはご理解いただきたい」


 マリウスさんはイルマリさんをすごく高く評価してくれているようだ。彼がここまで人を褒めるところは初めて見る。


「……ぐぬっ、それはそうかもしれないが……っ!」


 マリウスさんに諭された大公は悔しそうにしている。多分、まだ気持ちの整理がついていないのだろう。


「あの、閣下。この件に関してはもう少しお時間をいただけませんか? 昨日起こったばっかりですし、少し落ち着かれた方がよろしいかと……」


「う、うむ……」


 このままでは話を繰り返しそうだったので、ミーナとイルマリさんの話はここで終了してもらう。


「えっと、お茶を淹れましたのでどうぞ! ささ、皆様どうぞお座りください!」


「うん、有難うね」


 雰囲気を変えるように、マリアンヌが私たちにお茶を振る舞ってくれた。


 お茶の良い香りとお菓子の甘い匂いが部屋中を満たす。


「うむ……良いお茶だ。マリアンヌ嬢はとても上手に淹れるんだね」


「有難うございます! 今回はミクシュ産の茶葉で淹れてみました。お口に合って良かったです」


「ほう。扱いが難しいお茶だね。うん、香りもいいし申し分ない味だよ。我が家に引き抜きたいぐらいの腕前だね。マリアンヌ嬢が良ければ是非──」


「閣下」


 マリアンヌを口説こうとする大公に、マリウスさんが待ったを掛ける。


 たった一言なのに、声にもの凄く重みがあって、流石の大公も口を噤んでしまう。


「時間がありませんので戯れはやめて下さい。ミア様、我々にお話があるとお聞きしていますが、伺っても宜しいでしょうか」


 マリウスさんに促され、私はここに来た目的を思い出す。


「あ、はい……っ、私、皇后陛下の侍女職を退職して、明日からお后教育を受けることになったんです。急なお話で申し訳ないんですけど……」


 私は先ほど皇后陛下と話した内容を二人に伝えた。


「なるほど……。では、ミア様は殿下の婚約者として表に出ることにされたんですね。それは大変喜ばしい」


「ああ、皇帝派の貴族達は喜ぶだろうけれど、貴族派重鎮のクリンスマン侯爵は反対するだろうね。知っての通り、彼は自分の娘を皇后に、と企んでいるから」


 大公が言うには、クリンスマン侯爵はかなりの数の貴族を取り込んでいるらしい。貴族派の一部は何かしらの理由で彼の言い成りになっているそうだ。


 クリンスマン侯爵の派閥は大公の派閥に迫る勢いで、貴族派の中でも大公派、侯爵派、中立派と分かれているらしい。


 やはりクリンスマン侯爵は私とハルにとって、取り除くべき障害のようだ。


「私は帝国の──ハルの障害となり得るクリンスマン侯爵家とそれに続く貴族達、法国の息がかかった人達を一掃したいんです。ですので、お二人に私の協力者となって貰いたいんです」


「ミア様……! 勿論です、喜んで協力致します。ここ最近のクリンスマン侯爵の傲慢さは目に余りましたし」


「ほう……。これは楽しそうだ。ぜひ仲間に加えて欲しいよ。彼には借りがあるからね」


 私の言葉を聞いたマリウスさんは嬉しそうに笑みを浮かべている。マリウスさんも貴族派で発言力があるクリンスマン侯爵を邪魔な存在だと思っていたらしい。


 そして予想通り、大公は大公でクリンスマン侯爵にはセラーの恨みがあるので、喜んで協力してくれると言う。


「有難うございます。お二人に協力してもらえるなら心強いです」


 二人に断られることはないだろうと思っていたけれど、こうして実際に協力すると言ってもらえて安心した。


「しかし、皇太子妃を決定する権限は殿下にありますが、殿下が目覚めない以上貴族院の承認が必要となるでしょう。承認を得るためには三分の二以上の賛成票が必要です」


 珍しいことに帝国では皇族の恋愛結婚が法で認められているそうで、皇帝が選んだ女性がそのままお后様になることが多いそうだ。

 だからと言って誰でも良い訳ではなく、ある一定の条件が必要だという。


 そして皇帝本人に相手がいない場合は、貴族院の議員たちが候補者を選定し、お后様を決定するのが慣例となっている、とマリウスさんが教えてくれた。


 貴族院には大公、公爵、侯爵と伯爵など上位貴族と、勢いがある子爵や男爵が名を連ねているけれど、大抵のことは大公と公爵、侯爵の意志で決まってしまうそうだ。

 その理由は家門同士の繋がりで、本家である上位貴族に分家である下位貴族が従うから、と言うのが理由らしい。


 ハルの場合は私のことを公にしていなかったため、今回は貴族院の承認が必要となるそうだ。


「ミア様をお守りするために秘匿していたのが仇になるとは……。殿下も予想出来なかったでしょうね……」


 マリウスさんが悔しそうに言うけれど、今回のことは予知の力でもない限り回避出来なかったと思う。


「あ……」


 私は“予知”でふと、お母様のことを思い出した。


 お母様は<夢見>で私の未来を垣間見たと、お父様が教えてくれた。


 お母様とお父様は私の幸せのために、我慢して我慢して、貴重な時間とたくさんの愛情を捧げてくれたのだ。


 ──そうしてハルと出会うことが出来たのなら、次は私が頑張る番なのだと思う。


「大丈夫です。きっとハルが私のことを皇后に指名していたとしても、クリンスマン侯爵はあらゆる手を使って妨害していたはずです。ハルの横に並びたいのなら、自分の力で認められなきゃダメだと思うんです」


 私を選んでくれたハルが、誇らしいと思ってくれるような、そんな存在になりたい。


「殿下……いや、ハルに聞かせてやりたい言葉ですね」


「全くだね。悔しいけど、殿下の慧眼には恐れ入ったよ。どれぐらいの幸運を持っていたら、こんな素晴らしい人と出逢えるんだろうね」


 思わず勢いで言った言葉をマリウスさんと大公に褒められ、恥ずかしくなる。

 それに落ち着いてみると、すごく偉そうなことを言った気が……。


「え、えっと……っ! とにかく、これから大変でしょうし、時間がかかるかもしれませんが、精一杯頑張りますのでよろしくお願いします!」


 私は恥ずかしさを隠すように、改めて二人に協力をお願いする。


「はい、お任せください。ミア様のためならどんな協力も惜しみません」


「私もミア嬢──いや、命の恩人で聖女で在らせられるミア様には全面的に協力致します。何でもご命令下さい! 誠心誠意努めさせていただきます!」


 マリウスさんはともかく、大公の言葉遣いが敬語になっている。

 そう言えば以前、私に忠誠を誓うようなことを言っていたっけ……。


「ミア教信者、ゲットだぜ! ですね!」


 何故かマリアンヌがとても嬉しそうだけれど、きっと今回も碌でもないことなんだろうな……と思うのは、私の考えすぎかな?



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

当然、二人なら協力してくれるよね、って感じですが。

協力者だけでなく信者も得たと言うオチ。


次回のお話は

「245 ぬりかべ令嬢、○○」です。

タイトルは伏せ字じゃなくて思い付かないので。( ̄◇ ̄;)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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