243 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。2


 舞踏会の次の日、私はいつものように皇后陛下の部屋に向かう。


 帝国に来てからずっと繰り返して来たことだけれど、今日は陛下に昨日決めた事を伝えないといけないから、少し緊張してしまう。


「おはようユーフェミアちゃん。昨日は大変だったでしょう? 今日ぐらいはお休みしてよかったのに」


 お辞儀と挨拶をして陛下の自室に入ると、陛下は優雅にお茶を飲んでいた。


 相変わらず若々しくて美しい陛下の姿は、ため息が出るぐらい美しい。


「おはようございます陛下。私は大丈夫です。お気遣い有難うございます」


 私はぺこりと頭を下げてお礼を言うと、気持ちを引き締めて陛下に伺いを立てた。


「あの、今日は折り入って大切なお話がありまして……。お忙しいとは重々承知していますが、少々お時間をいただけないでしょうか……?」


「まあまあ! ユーフェミアちゃんったらそんなに固くならなくていいのよ? ユーフェミアちゃんのお願いなら何だって聞いてあげちゃうんだから!」


「有難うございます……!」


 とても気さくで優しい陛下は、突然のお願いにも関わらず快く承諾してくれた。


「ほらほら、ここに座って? ユーフェミアちゃんも一緒にお茶を飲みましょう?」


 陛下が私に前の席に座るよう促して来る。

 今までも何度か一緒にお茶を、と誘われていたけれど、私はずっと固辞し続けていた。だけど今日は私からお願いすることがあるので、素直に従うことにする。


「はい。失礼します」


 私が席に着くと、陛下がとても嬉しそうな笑顔になった。


「嬉しい……! やっと座ってくれたわね! ユーフェミアちゃんとずっと一緒にお茶を飲みたいって思っていたから、本当に嬉しいわ!」


 輝かんばかりの笑顔で言われると、ずっと断っていたことが申し訳なくなる。

 だけどこれからは、いくらでもご一緒出来るんじゃないかな、と思う。


「申し訳ありません。陛下の侍女という立場では、どうしても……」


「いいのよいいのよ。実際今こうしてお茶が出来るんだから! さあさあ、飲んでみて? 私お気に入りのお茶なのよ!」


「有難うございます、いただきます」


 陛下がお気に入りだと言うお茶は、甘い香りをしつつも、すっきりとした飲みやすいお茶だった。リラックス効果があるのか、緊張が解れていくのがわかる。


「それでそれで? お話って何かしら?」


 陛下がウキウキしながら聞いて来た。早く話が聞きたくてたまらない様子だ。


 私も貴重な時間を無駄にするわけにはいかない、と思い早速本題に入らせてもらう。


「実は、今日限りで侍女職から離れさせていただきたく、お願いを──」


 ガチャーーンッ!!


「──え? あっ?! へ、陛下っ?!」


 話の途中、カップが落ちる音が部屋中に響く。

 驚いた私の目の前で、陛下が顔を真っ青にして固まっていた。


 私は陛下が火傷をしないようにと慌てて転がるカップを拾い、お茶が溢れたテーブルを拭く。

 突然のことに驚いた陛下の侍女さんたちが、急いで後処理をしてくれている間も、ずっと陛下は固まったままだった。


「……あの、陛下……? 大丈夫ですか……?」


 恐る恐る尋ねてみると、陛下はぷるぷると震えながら、潤んだ目で私を見る。


「……ユーフェミアちゃん、実家に帰っちゃうの……? いつまでもハルが目覚めないから……?」


「え、あ、いえ、そうではなくて……っ」


「そうよね、若くて綺麗な乙女の時間は限られているものね……。このままハルの目覚めを待っていたら、お婆ちゃんになってしまうものね……。でも、せっかく可愛い娘が出来たと思って嬉しかったのに、もう帰っちゃうなんて……!!」


 皇后陛下は、私が辞職すると言った意味を勘違いしているらしく、盛大にショックを受けている。


「ねえユーフェミアちゃん、もういっそのことうちの子にならない? ハルのお嫁さんとか関係なく、私たちの娘になって欲しいの!」


 私は思考があらぬ方向へ行きかけている陛下の誤解を解かなきゃ、と慌てて説明する。


「いやいやいや、陛下! 落ち着いてください! 違いますから! 勘違いですからっ! 私は帰ったりしませんし、ずっとここでハルのそばにいますから!!」


「……え?」


 きょとん、とする陛下に、私は考えていた事をありのまま伝えようと思う。


「私、ハルの伴侶として相応しい人間になりたいんです。だから陛下に色々教えていただきたくて、お願いに参りました。それに、侍女職を辞めてもハルのお世話はやめたくありません! これからもずっと、私にお世話させて欲しいんです」


「ユーフェミアちゃん……っ!!」


 感極まったのか、皇后陛下の目が再び潤んできた。どうやら誤解は解けたらしい。


「ついに花嫁修行を始めてくれるのね!! すっごく嬉しいわっ!! もう私張り切っちゃう!!」


 さっきまで悲壮な表情だったのが一転、とびきり綺麗な笑顔を浮かべる陛下にホッとする。どんな表情もとても綺麗だけれど、陛下には笑顔しか似合わないと思う。


「有難うございます。後ほどマリウスさんのところに行って、同じように報告をするつもりです」


「そうねそうね! 善は急げですものね! じゃあ、早速明日から始めましょう! うふふ、楽しみだわ!!」


「え、予定は大丈夫なのですか? 陛下もお急がしいのに……」


「優先順位の問題よ! お后教育が最優先だわ! 誰にも文句は言わせないわよっ!!」


 すっかりやる気になった陛下が、侍女さんたちにスケジュールの確認をするように指示を飛ばす。慌ただしく部屋から出ていく侍女さんに、心の中で謝っておく。


「あの、私頑張ります。これからもよろしくお願いします!」


「ふふ、もちろんよ! 一緒に頑張りましょう?」


「はい!」


 皇后陛下は私のお願いを喜んで引き受けてくれた。

 きっと明日から目まぐるしく忙しい日々が始まるだろうけど、陛下と一緒なら絶対大丈夫だと確信が持てる。


 私は陛下に挨拶をして部屋から出ると、今度はハルが待つ部屋へと向かう。


 これからも毎日ハルの元へ通うだろうけれど、今日は私が侍女として働く最後の日だからか、何となく寂しさを感じてしまう。


 ハルの部屋を警備する師団員さんに挨拶をした私は、部屋の中に入る。


 花緑青色の光りに包まれた<神の揺り籠>の中で、静かに眠るハルは変わらず綺麗なままで。


「ハル、おはよう」


私はいつもの調子でハルに話しかける。やっぱり返事はないけれど、それでも話しかけるのをやめることはない。


 今日もハルの心臓は動いていて、生きていてくれることをとても嬉しく思う。


 私は天蓋のカーテンを開いて窓を開け、新鮮な空気を部屋の中に入れると、ハルのそばに座り、聖属性の魔力を注ぐ。


 この行為に意味はないかもしれないけれど、ずっと繰り返してきたことなので毎日欠かさず続けている。


「ハル、あのね。明日から私、皇后陛下からお后教育を受けることになったんだ」


 いつもは他愛無い話ばかりだけれど、今日は良い報告が出来たんじゃ無いかな、と思う。


 それにこうしてハルに伝えることで、私自身もう一度決意を固めることが出来るし。


「陛下みたいに威厳……っていうか、迫力が出るかはわからないけれど、一生懸命頑張るつもり。ハルが目覚めたら、変わった私を見てびっくりするかも」


 お后教育で自信がつけば、威厳は後から出て来るんじゃないかな……なんて。


「ハルの横に並んでも恥ずかしくないように頑張るよ。応援してね」


 私はそう言ってハルの身体のケアを終えると、デュべを掛け直して部屋掃除を始める。


 物はあまり無いけれど結構広い部屋だから、何やかんやと時間が掛かってしまう。これからお后教育が始まるなら、掃除だけは誰かに頼んだ方が良いかもしれない。


「じゃあ行くね。今からマリウスさんたちに会って報告するの。また後で来るからね」


 いつもの作業を終えた私はハルに挨拶すると、部屋から出て執務室へと向かった。


「おぉ、ミアさ……ん! ようこそお越しくださいました!」


「ミアさ、んお疲れ様です!」


「お疲れ様です!」


 ハルの執務室の前に着くと、モブさんとベンさん、ラウさんたち懐かしい顔ぶれに出迎えられた。

 相変わらず私を様付けで呼びそうだったけれど、すんでのところで思い止まってくれたようだ。

 周りに人はいないとはいえ、それでも何かしらの方法で人に聞かれている可能性がある以上、慎重にならざるを得ないのだろう。


「こんにちは。モブさんはお久しぶりですね。……もしかして、ここで私を待っててくださったんじゃ……?」


「ははは。バレましたか。ミアさ……んがこちらにお越しになるとお聞きしましたので、一言ご挨拶を、と思いまして」


 モブさんたちはマリアンヌから私の訪問を聞いたらしく、わざわざ待っていてくれたと言う。


「そうなんですね。お忙しいのにわざわざ有り難うございます」


 帝国を守る組織はいくつかあるけれど、その中でも貴重な飛竜を使役する飛竜師団は要の戦力だ。だからその分訓練も大変だと聞く。


 しかもモブさんは最近昇格したらしく、多忙を極めている……と、他の師団員さんが教えてくれた。


「我々飛竜師団は殿下と桜妃様のお役に立つため、日々精進しています。いつお声が掛かっても対応出来るよう準備しています」


「え……」


「その通りです! お二人のためならいつでもこの命を捧げます!」


「いつお声が掛かるのかと、みんな楽しみにしているんですよ」


「……っ!」


 私がモブさんたちの顔を見渡すと、三人は強い意志を宿した目をして、しっかりと頷いてくれた。


 ──それはまるで、私の覚悟と一緒に彼らも覚悟を決めたかの様で。


 遠回しに言っているけれど、彼らはそんな覚悟を伝えるために、わざわざここで待っていてくれたのだろう。


「……私も皆さんと同じように、この国を守れるぐらい強くならないといけませんね。一緒に頑張りましょう」


「「「はいっ!」」」


 頭でわかっていても、私はこれからのことに、心のどこかで不安を抱いていたのかもしれない。

 だけど、こうして応援してくれる人たちの、力強い声を聞いた私の心から、そんな不安は綺麗さっぱり吹き飛んでいった。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!

皇后と飛龍師団が仲間になったよ!

次の犠牲し…ターゲットは誰だ?! 


次回のお話は

「244 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。3」です。

まだおるんかい、って感じですが。(;´д`)


次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ

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