242 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。1
宮殿で大規模な舞踏会が開かれた日の夜、私はマリアンヌとマリカ、ミーナの前で皇后として誰からも認められるような人間になりたい、と宣言した。
パッと出の、しかも小国の貴族令嬢が帝国の社交界にデビューしても、誰にも相手にされないだろうな、と思っていたけれど。
「ぶっちゃけ、ミア様が本気で着飾って舞踏会に参加したら、誰も無視なんて出来ませんよ!!」
「それはそう。大惨事になる」
「え? え?」
「そうですわ! ミアがその化粧をやめて髪色を戻すだけで、帝国の未婚男性から求婚状が殺到してしまいますわ!」
「そ、そうかな……?」
「「「そう(ですって!!)(ですわっ!!)」」」
戸惑う私に三人の声が綺麗にハモった。
「それに、幸いにもここには社交界の花と謳われるミーナ様もいらっしゃるんですよ! ミーナ様が協力してくださるなら、何も心配ありませんって!」
「その通りですわ! わたくし、これでも社交界で顔が効きますのよ? ミアをわたくしの親友だと紹介するだけで問題解決ですわ!」
マリアンヌとミーナの言葉にマリカがこくこくと頷いている。
……みんなが言う通り、社交界への進出はあっさりと解決した。
すっごく悩んで、勇気を出してみんなに打ち明けたのに……良い意味で拍子抜けしてしまう。
だけどミーナに頼る分、彼女に恥をかかさないように気をつけなくちゃ、と思う。
「うん、有難う……! 頼りにしてる。よろしくね、ミーナ」
「ももも、もちろんですわっ!! 任せてくださいまし!」
ミーナがふんす、と気合を入れながら言ってくれた。その姿は可愛くてとても頼もしい。
初めて会った時は一番のライバルになると思っていたのに……。
私はミーナと友達になれて本当に良かったな、と改めて実感する。
「じゃあ私も、使用人ネットワークに噂を流します! 殿下の婚約者は見た目も心も素晴らしい女性だって!」
ミーナに刺激されたのか、今度はマリアンヌが声を上げた。
「え、えっと、ちょっとそれはどうかな……?」
マリアンヌが私のことをそう思ってくれているのはすごく嬉しい。
でもそれは、付き合いが長いマリアンヌだからこそじゃないかな……なんて。
「ミア様! 私は嘘を言いません! それに私のネットワークを甘くみてもらっちゃあ困ります! 鬼畜眼鏡に泣かされた人は全員私の話を信じて味方をしてくれますよ! 今までた〜〜っぷりと恩を売ってきましたからねぇ……!」
マリアンヌはそう言うと「ふっふっふ」と自慢げに笑う。
彼女は彼女なりに人脈を築き、密かに勢力を伸ばしていたのかもしれない。
「おっとぉ! そうそう、忘れてましたけど飛竜師団も私たちの強い味方ですからね!! 何せ聖女ユーフェミア騎士団のメンバーが三人もいますから!! モブさんたちも喜んで協力してくれますよ!」
「う、うん……?」
そういえば帝国に来る旅の途中、モブさんたちに忠誠を誓われていたっけ……。
「ミア教を忘れないで」
「マリカっ?!」
モブさんたちを思い出していた私に、マリカがさらに追い打ちをかけてきた。
「ディルクたちランベルト商会も全力でサポートする」
「あ……!」
私はマリカの言葉を聞き、王国で出会った大切な仲間であるアメリアさんやジュリアンさん、ニコお爺ちゃんにリクさん……そして旅の仲間でもあるレオさんやリシェさん、ラリサさんたちを思い浮かべた。
「ランベルト商会は世界中に支店がある。つまり最強」
いつもは無表情気味なマリカの、珍しい誇らしげな表情に、私の胸が熱くなる。
「ふふ……っ。うん、そうだね……! みんな本当に頼もしいよ……!」
マリカたちの言葉に、つくづく私は一人じゃない、と思い知らされる。
王国の──ウォード侯爵家の中だけが、私の世界だったのに……。いつの間に私の世界はこんなに広がったのだろう。
──それは、奇跡のような出逢いがあったから。
きっとハルと出会っていなかったら、私は今もお義母様たちに利用されていただろう。
そしてお父様とも、和解出来ていなかったかもしれない。
ハルに逢いたい一心で起こした行動が私の世界を広げたのなら、これから起こす行動もきっと、私とハルのためになると信じられる。
「すごい……! そうすると貴族たち社交界はミーナ様、宮殿内部はこの私マリアンヌ、平民や世間への対応はマリカさん、ですね! もう世界征服出来ちゃいますよコレ!」
「本当ですわね! むしろその方が世界が平和になるんじゃなくて?」
「真理」
みんなの会話が面白くて、思わず私は笑みを零してしまう。
いつの間にか目に滲んだ涙は、面白さと嬉しさ両方なんだろうな、と思う。
「みんな、本当に有難う……!」
こんなに頼もしい友達がいてくれるなら、本当に何でも簡単に叶っちゃいそうな気になってしまう。
「これくらい簡単。ミアはもっと我儘を言っていい」
「そうですよ! ミア様のためなら、これくらいのことなんてことないです!」
「ミアは我が家だけでなく、帝国も救ってくれましたわ! 命の恩人同然なのですから、何でも言ってくださいまし!」
応援してくれるだけでも有難いのに、みんなは私にもっと我儘を言えと言ってくれる。
「本当に……? もっと我儘を言ってもいいの?」
「「「もちろん(です!!)(ですわっ!!)」」」
またもや三人の声が綺麗にハモる。
一人で考えるより、みんなに相談して意見を聞くことで気付くことがあり、視野も広がって行くのだろう。
それならもう遠慮なんてしないで、私は自分がやりたいことを正直に言ってしまおう、と決めた。
「えっと、本当は自分の地位を固めてから、と思っていたんだけど……私、法国の手先になっている貴族たちを……この国に潜む反対勢力を一掃したいの」
人にはそれぞれ考え方があって、お互い反発し合うのは仕方がないことだと思う。けれど、今回の呪術や呪薬事件のように、人に害を与えるのはただの犯罪だ。
このまま放って置いたらきっと、国中に犠牲者が出てもっと酷い状況になってしまう。
「……クリンスマン侯爵ですわね」
「うん。侯爵家だけじゃなく、他にも協力者がいるのなら、まとめて粛清したいの。流石に私たちだけじゃ無理な話だけど」
「じゃあ、鬼ち……マリウス様や大公閣下に相談ですね!」
マリウスさんはともかく、大公はセラーの件でクリンスマン侯爵に強い恨みを持っていたから、喜んで粛清に協力してくれるだろう。
「証拠は確保している」
「有難うマリカ! すごく助かるよ!」
セラーの魔道具に呪術を発見した後、マリカは魔道具の術式を正しいものに書き換えてくれた。
その時、万が一の時に備えて呪術が書かれた回路板を取って置いたのだと言う。
それがあればクリンスマン侯爵は言い逃れ出来ないはず。
これからどう動けば良いか、おおよその流れが掴めたような気がする。
明日にでも早速マリウスさんたちに相談しに行こう。
「ミアの我儘は我儘の内に入りませんわね……」
「そうですよね。この件だって結局、帝国のためですしね」
「同意」
「そ、そうかな? 結果としては帝国のためになると思うけど、言い出したのは私だし……」
自分ではかなり無茶を言っていると思うけれど、これは我儘じゃないらしい。
「でも、そもそもこの件に関してはマリウスが調査中なのではなくて?」
「そう言えばそうですよね。何だかすごく事を急いでいるように感じますけど、ミア様には急がなきゃいけない理由でもあるんですか?」
「知りたい」
「えっと、それは……。ただ、ハルのために心配事は出来るだけ無くしてあげたいっていうか……」
ただハルの目覚めを待つだけなら、私は何年でも待てると断言できる。
だけど、その間帝国が平和なままである保証はどこにもないのだと、今回の件で気づいたのだ。
──もし呪薬や呪術のせいで、帝国の重鎮たちがみんな殺されたら?
──もし標的が両陛下に向けられたら?
そうなればこの国は混乱を極め、その隙をついて反対勢力──それこそ法国が攻めて来るかもしれない。
私の考え過ぎかもしれないけれど、可能性はゼロじゃないと思う。
実際、法国の暗殺者たちがハルを襲ったのは事実なのだから。
「もしハルが目覚めた時に、この国が平和じゃなかったら……。すごくすごく、ハルが苦労しちゃうでしょ? だから、ハルが目覚めるまでに問題を解決しておきたいの。そして、平和な帝国をハルに見せてあげたいなって」
何の憂いもない、キレイな世界をハルに見せてあげたいと、心から願う。
「ミア様……!」
「素晴らしいですわ……っ! ミアは本当にお兄様を愛していらっしゃいますのね……! お兄様は果報者ですわっ!! 羨ましいですわっ!!」
「ん。愛が深い」
みんなが口々にそう言いながら、キラキラした目で私を見るから、何だか恥ずかしくなってきた。
「え、あ、その……っ! み、みんなだって好きな人が同じ状況だったらそう思うでしょ?!」
「……確かにそうですわね」
「ん」
「ま、まあ、平和が一番ですよね!」
思わず照れ隠しで言ったけれど、マリカやミーナだって恋する乙女。すんなりと納得してくれた。
……マリアンヌは目が泳いでいるけれど。
とにかく、私の帝国デビューとクリンスマン侯爵たち反対勢力への粛清に、みんなの協力が得られることになった。
前途多難かもしれないけれど、不思議と不安はない。前進あるのみだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
四人の結束は固いようです。
次回のお話は
「243 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。2」です。
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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