241 ぬりかべ令嬢、決意表明をする。
途中で会ったマリカと部屋に戻ると、レグが尻尾を振りながら出迎えてくれた。
「レグ! ただいま! いい子にしてた?」
「わふわふ!」
ミーナのお屋敷から戻ってきたものの、舞踏会の準備やミーナのケアで忙しかった私は、引き続きレグを皇后陛下に預かって貰っていた。
だからレグと会うのはずいぶん久しぶりだったけれど、相変わらずレグは甘えてきてくれてとても可愛い。
何故か今も小さいままでとっても可愛いレグだけれど、これからはもう少し一緒の時間を持ちたいな、と思う。
「あ、マリカ。今からお茶を淹れるから、レグと待っててくれる?」
「ん。望むところ」
こくりと頷いたマリカはレグを抱っこして連れて行くと、ソファに座ってレグを膝の上に乗せ、もふもふを堪能している。
そんなほっこりする光景に私が癒されていると、タイミング良くマリアンヌが戻ってきた。その手には大きなカゴを持っている。
「ただいまですー! もうお戻りだったんですね! あ、マリカさんも!」
「あ、マリアンヌもお疲れ様。お茶を淹れるからちょっと待っててね」
「お疲れ」
「わふう!」
「あ、有り難うございます……って、いやいやいや! お茶なら私が淹れますから!」
私がお茶を淹れようとしている姿を見たマリアンヌが、カゴをテーブルに置き慌てて駆けつけてくる。
「え。でも、マリアンヌもお疲れでしょ?」
「あ、それが意外と疲れてないんですよね! むしろ元気っていうか!」
広い舞踏会会場で貴族相手に給仕をしていたから、てっきり疲れているだろうと思っていたマリアンヌは、本人が言うように本当に元気そうに見える。
……って言うか、むしろお肌がすごくツヤツヤしてる。
一瞬、聖水でも飲んだのかな、と思ったけれど、何となく違う理由に見えるのは……気のせいかな?
もし無理をしているのなら私が、と思ったけれど、そんな感じでもなさそうだったので、ここはお言葉に甘えてマリアンヌと交代させてもらうことにする。
マリアンヌが淹れてくれたお茶は本当に美味しいし。
「有り難う。じゃあお願いするね」
「はいっ!」
私と交代したマリアンヌは、鼻歌を歌いながら楽しそうにお茶の準備をしている。
疲れているどころかすごく元気そうだし、とてもご機嫌だ。
それからしばらく、お茶のいい香りを漂わせたマリアンヌが私たちを呼んだ。
「はい、お待たせしましたー! ついでに厨房で料理をたくさん貰ってきましたので、一緒にいただきましょう!」
「わぁ! 有り難う! すごく美味しそうだね!」
「ん。嬉しい」
抜かりないマリアンヌが貰って来てくれたのは、会場で提供されていたものと同じ料理だった。王国では見たことがない料理もあってすごく美味しそうだ。
浄化のこともあって何も食べずにいた私は、並べられた料理を見て自分が空腹だと気が付いた。
「あっ! これ美味しいです! 自分で作ってみたいかも!」
「本当だ。初めて食べたけど美味しいね」
「スパイシー」
香草やスパイスで味付けした鶏肉料理は焼き加減が絶妙でとても美味しかった。
今回の舞踏会は各地方の貴族も参加だったからか、多種多様な料理が用意されていたらしく、珍しい食材を使ったものもあった。
マリアンヌとマリカ、レグたちと美味しい料理を堪能していると、何やら外が騒がしくなってきた……ような気がする。
「やりましたわぁーーーーっ!!」
「っ?! ミーナっ?!」
バターンと豪快に扉を開けて部屋に入ってきたのは、頬を紅潮させながら満面の笑みを浮かべるミーナだった。
喜ぶミーナの顔を見た私は、彼女の告白が成功したことを理解する。
「……あっ! おめでとうミーナ! イルマリさんと上手くいったんだね!」
「ミアたちのおかげですわっ!! 本当に感謝いたしますわっ!!」
ミーナの想いをイルマリさんが受け取ってくれたことを、本当に嬉しく思う。
「わぁ! ミーナ様おめでとうございます!」
「おめでとう」
「わふ!わふわふ!」
「ふふっ、皆さん有り難うございますですわっ! 今日は人生最良の日ですわっ!!」
悦びに溢れるミーナはキラキラと輝いていて、とても綺麗だと思う。
こうして落ち着いてみると、トルデリーゼ嬢を見た時に感じたカリスマ的オーラが如何に歪だったのかがよくわかる。
やっぱりトルデリーゼ嬢が身に付けていた魔石の効果だったのかも。
気を取り直した私はミーナを席に誘う。聞きたい話もたっぷりとあるし!
「ほら、ミーナも座って! 一緒に食べよう?」
「いただきますわっ! もうお腹がぺこぺこでしたの!」
ミーナも私と同じように料理を食べていなかったらしい。
きっと私たちに一刻も早くイルマリさんとのことを報告するために、急いで来てくれたんだと思う。
「もし足りないようでしたら、何か作りますからね。遠慮せず仰ってくださいね」
「む。マリアンヌの料理食べたい」
「わたくしも食べてみたいですわっ! マリアンヌは料理上手ですもの!」
「え、そうですか……? えへへ。嬉しいです!」
厨房から持ってきてくれた料理はいっぱいあったけれど、結局マリアンヌが簡単な料理を作ってくれることになった。
それから私たちはミーナの話を聞き、美味しい料理を食べ、とても楽しい時間を過ごすことが出来た。
気がつけば夜は更け、そろそろお開きにしなきゃいけない時間になっていた。
みんなも疲れているだろうから、このまま解散するべきだとわかっているけれど、私は今日決意したことをみんなに聞いてもらいたいと思う。
「みんな疲れてると思うけど、話したいことがあるの。聞いてくれる?」
覚悟を決めた私はみんなに向かって言った。
こういうことは勢いが大事なのだ。
みんなには申し訳ないけれど、私のわがままに付き合って欲しいのだ。
「もちろんです! いくらでもお聞きしますよ! ばっちこいです!」
「ん。同じく」
「わたくしも疲れてなんかいませんわよ! さあ、遠慮なくお話ししてくださいまし!」
みんなが優しくそう言ってくれるから、私は有り難く甘えさせてもらうことにする。
「……えっと、今日の舞踏会で私、『宝石姫』を──トルデリーゼ嬢を見たんだ。初めて彼女を見た時、すっごく圧倒されて……。正直、自分じゃ敵わないなって思ったの」
「ミア様……」
「……」
「まぁ……」
私の言葉に、それぞれ言いたいことがあるだろうに、みんなは口に出さず、私の話にじっと耳を傾けてくれる。
「だけど彼女と令嬢たちの会話を聞いて、ハルを侮辱するような──人を見下すような人に、絶対負けたくないって気持ちが湧いてきたんだ」
ミーナやエルザ嬢を貶めるような発言はもちろん、自分の欲望のためにハルを手に入れようとしている、そんな傲慢さが許せない。
こんなに怒りを覚えたのはアードラー伯爵以来かも。
「私が負けたくないって思っていても、今の私は何の力もないただの使用人でしかなくて。このままだといつまで経ってもトルデリーゼ嬢には敵わないと思う。だから私はこの帝国で自分の地位を高めて──将来の皇后として認めてもらえるような人間になりたいの」
一応私もナゼール王国では侯爵家の令嬢という立場があるけれど、そんな肩書きは超大国である帝国ではほとんど役に立たないと思う。
だからこの帝国で私は、自分の力で地位を一から築き上げて行く必要があるのだ。
──ハルの伴侶として認められるためにも。
きっと両陛下たちは喜んで私をハルのお嫁さんとして迎え入れてくれるだろう。
だけどそれだけじゃダメなのだ。
私は皇后として、貴族や帝国民にも認められたいのだ。
──本当の意味で、ハルのお嫁さんになりたいのだ。
ハルなら無力な私でも全力で守ってくれると思う。だけど私はハルの足手まといには絶対になりたくない。
守られる存在ではなく、守れる存在になりたいと思う。
「すごく難しいことだし、長い時間がかかるだろうけど、みんなが応援してくれたら頑張れると思うの。こんな我儘な私だけど、応援してくれる……?」
王国でもまともな社交が出来なかった私が、帝国で上手く出来るはずがない。きっと何度も失敗や挫折を繰り返すだろう。
だけどみんなの応援や励ましがあれば、耐えられるし、頑張れると思う。
そんな気持ちを込めて、思い切ってお願いしてみたけれど……。
みんなはお互いの顔を見合わせて、不思議そうな表情を浮かべている。
(……やっぱり、無謀な話だったのかな……)
みんなの戸惑ったような反応に心が沈みかけた時、静寂を破ったのはミーナだった。
「あの、ミアの覚悟はよくわかりましたわ。それがとても大変なことだと承知しておりますけれど……」
ミーナは私の話に理解はしてくれているようだけれど、何か気になることでもあるのか、口篭ってしまう。
「……っ、やっぱり無謀だったかなっ。ごめんね、こんな話をして……!」
みんなを困らせて、しかも折角楽しい雰囲気だったのに、それを台無しにしてしまったことをすごく申し訳なく思うと同時に、悲しい気持ちが心の奥から湧いてくる。
「いやいやいや!! ミア様違いますって!! 誤解です誤解!!」
「また変なこと考えてる」
「ごめんなさいですわっ! 勘違いさせてしまいましたわね。ミアを応援するのは当然ですけれど、覚悟を決めたミアにそう難しく考える必要はないと、申し上げていいものか迷ってましたの!」
「え……?」
私がみんなを見ると、三人ともこくこくと頷いている。
どういう意味だろう、と思っている私に、みんなが口々に話し出した。
「ミア様はすでに両陛下の寵愛と、鬼畜め……じゃない、マリウス様の──ハルツハイム公爵家次期当主の後ろ盾を持ってますよね?」
「そうですわ! 我がイメドエフ大公家もミアを全面的に支持いたしますわっ!」
「私も全力で支持する。筆頭魔道具師の権力を舐めてもらっては困る」
みんなが笑顔で、自信満々に言ってくれる。
そんなみんなの言葉に、悲しい気持ちがすっかり消えていき、代わりに嬉しさが溢れてきた。
「こう言っては何ですけど、我が大公家は公爵家三家門並の力がありますのよ! ハルツハイム家と合わせて四家門分ですわっ! それすなわち公爵家門の半分の支持を得たと同義ですわっ!!」
帝国には五つの公爵家が存在していて、それぞれが国を担う重職に就いているのだそうだ。
そんな家門の半分と同じ権力を持つ人たちから支持されれば、他の貴族たちからも一目置かれる存在になれることは確実だと思う。
「えっと、すごくありがたい話だけど、私を支持して迷惑かけたりしないかな?」
皇帝派と貴族派みたいに派閥があるのに、そこにさらに皇后候補の派閥ができてしまったらややこしくなりそうな気がする。
それにトルデリーゼ嬢のクリンスマン侯爵家は公爵家に匹敵するほど強い権力を持っているらしいし。
「迷惑だなんてとんでもありませんわ! むしろ、早い内にミアを支持すると表明することで、我が家門がさらに有利になりますもの!」
「そうなんだ……ならいいけど……」
貴族同士の駆け引きはよくわからないけれど、いつまでもわからないままじゃダメだと、私は気を引き締める。
──取り敢えず、みんなは私を応援してくれると言ってくれた。それがとても嬉しいし、みんなの信頼に応えたい、と心から思う。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!
ミーナの告白が成功して良かった良かった!
新たなカップル登場ですね。その辺りのお話も機会があればまた。
次回のお話は
「242 ぬりかべ令嬢、協力者たちを得る。1」です。
1とありますが3まであります。どんだけー(笑)
お盆は終わりましたが、夏休みということで更新頑張ってみました!
楽しんでいただけたら嬉しいです!
次回もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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