91 ウォード侯爵家にて5
「……ジュディ、やっぱり君がツェツィーリアを殺したんだね?」
テレンスは確信を得た表情でジュディに問いかける。積年、謎だった質問の答えがやっと解けたような、そんな晴れやかな表情だった。
「わ、私が一体どうやってツェツィーリアを殺したというの!? あの女は病気で死んだ筈でしょう!?」
世間的にウォード侯爵夫人だったツェツィーリアは病死と発表されている。実際身体を壊し、衰弱して亡くなった筈だ。
「うん、僕も初めはそう思っていたよ」
「じゃあ、何を証拠に私が殺したというの……!?」
八年も前の話なのに、今更証拠なんて有る筈がないとジュディは過信していたが、次のテレンスの言葉でその過信は呆気なく崩れていく。
「<反転する恩寵>」
「……っ!!」
自分ともう三人しか知らない筈の言葉を聞いて、ジュディは激しく動揺してしまう。
「その反応、君は知っているよね? 法国の司祭でも知らない人間がいる<呪薬>の名前を」
「……っ! し、知らない!! 私は何も知らない……っ!!」
まさかその名前を出されるとは思わなかったが、まだ完全にバレた訳じゃないと、ジュディは必死に知らないふりをする。
「どうして君が<反転する恩寵>なんてものを持っていたのかがどうしても分からなかったけれど、今回の事で合点がいったよ。そうそう、ミアとアードラー伯爵の婚姻届を僕に内緒で提出したって? 本当に君は愚かだね。どこまで僕に嫌われたいんだい?」
テレンスはずっと綺麗な笑顔を浮かべたままなのに、いつもは見惚れるその笑顔が今は途轍もなく恐ろしい。
「どうして……! 私はテレンス様に嫌われたいだなんて、全く思って無いのに……!!」
そうだ、自分はテレンスに愛されたいのであって、嫌われたい訳じゃないのだ。
「うーん、もしそうだとしても、君の行いは常軌を逸しているよね。ちなみに婚姻届の事は古い友人から教えてもらってね、慌てて領地から飛んで来たんだよ。今は社交界から遠のいているとは言え、僕にも友人はたくさんいるからね」
アードラー伯爵が秘密裏に処理するため、元老院へ提出したはずの婚姻届の情報が漏れるとは……かなり上位の身分の者が関わっているという事だ。
「……! まさか、ネルリンガーの……宰相と……?」
そんな人間は限られていて、ジュディが良くない頭で考えた結果出てきたのはこの国の宰相だ。
「うん、そう。あいつとは国王も交えての旧友だよ? 知らなかったの?」
「そ、そんな……!? 国王と……旧友!?」
まさかの関係にジュディは絶句する。
「……本当に君は情報に疎いねえ。さしずめ、興味ある事以外はどうでもいいんだろうけど……貴族たるもの、情報は有用だろうに」
「…………っ」
以前のお茶会でも馬鹿にされてしまった一因をテレンスに指摘され、ジュディはギリッと歯軋りする。
「それで、どうなのかな? 君はヴァシレフから<反転する恩寵>を受け取ったという事を認めるの?」
「……そ、そんなモノ、私は知らないっ!! あの女が死んだのは私のせいじゃない!! あの女が、私から貴方を奪ったからっ!! 罰が当たったのよ!!」
「うーん? 君、何か勘違いしていない? それよりもさっきからツェツィーリアを『あの女』呼ばわりするのやめてくれないかな? 流石の僕もキレそうだ」
「……っひぃ!!」
いつもの穏やかな雰囲気から一転、凄まじい冷気がジュディを襲い、身体が震え上がる。
初めてテレンスの怒りを受け、自分が知っていたテレンスはほんの一部分だったのだとジュディは理解した。
「今までミアのためと思って我慢してきたけれど……やっと終わらせられるよ。分かっていた事とはいえ、この八年間は辛かったなあ」
「……な、何を言っているの……? 分かっていた……?」
「そう、全てはミアのためだよ。ミアのために僕はこの八年間、ずっと我慢していたんだ。最愛の娘と会えない辛さを領地の治安維持にぶつけたら、犯罪組織を一掃出来てね、思わぬ収穫だったよ」
テレンスはユーフェミアが虐げられると分かっていたと言う。それなのに何故ジュディと再婚したのか? 一体何のために、どうして、とジュディは疑問に思う。
「ツェツィーリア……リアが望んだことだから仕方なかったとは言え、ミアは僕を薄情な父だと恨んでいるだろうね」
テレンスの言葉の意味が益々わからなくなって、ジュディは混乱する。
「リアが僕に残してくれた大事な宝物が、醜い嫉妬に駆られた女達に虐げられているその様を、ただ黙って見るしか出来ない歯痒さが、君にわかるかな?」
ジュディは今まで自分がユーフェミアに対する行為を思い出し、顔を青くする。
「わ、私だってっ……!! あの娘を、ユーフェミアを可愛がろうと思ってたけど……! でもツェツィーリアに似たあの娘を見ると、どうしても出来なくて……!!」
「ミアがリアに似ているから? どうして君はそこまでリアを憎んでいるの?」
「だって! 貴方は私と婚約する筈だったのよ! お祖父様にそうお願いして、婚約寸前まで行っていたのに!! それなのに、ツェツィーリアが突然現れて、私から貴方を奪って結婚したから……!!」
そうだ、恋い焦がれていたテレンスとの婚約話が持ち上がった時、突然社交界に類まれなる美しい少女──ツェツィーリアが現れた。それからしばらくして、そのツェツィーリアがテレンスと早々に結婚した事を知った。
「ああ、その事か。僕はそもそも君とほぼ面識が無かったし、君の家からの婚約の申し入れだって何度も断っていたよ? かなりしつこかったけどね」
「……なっ!?」
テレンスの話と、自分が聞いていた話が違う事を知ったジュディは絶句する。
「それにリアを望んだのは僕自身だ。彼女を愛してしまったからね。どうしても彼女が欲しくて必死に口説いたんだよ」
「……! そんな……嘘!? だって、だって……!」
「君、お祖父様に丸め込まれてない? それってリアからしたら完璧に濡れ衣だよね?」
テレンスは自分を愛していた筈なのに、ツェツィーリアと無理やり結婚させられたんだと教えられた。そのツェツィーリアが死に、自由になったテレンスが、愛する自分を迎えに来てくれた──そう思っていたのに。
今まで頑なに信じていた事が間違いだったと気付き、ジュディは呆然となる。
「じゃあ、私は一体何のために……」
「誤解、もしくは勘違いしたんだろうけど、だからと言って君がした所業は許される事じゃ無いのは分かるよね?」
「……っ! 違うっ! 私は……! 私じゃ無い!! 知らないっ! そんなの知らないっ!!」
「……やれやれ。本当に君は強情だね」
自分は悪くないと叫び続けるジュディに、テレンスが呆れ顔になる。
「じゃあ証拠は? 何処にあるの!? そんな証拠なんて無いでしょう!?」
そうだ、もう八年も前の出来事なのに証拠がある訳がない。アードラー伯爵だってわざわざ白状する筈がないと考えれば、少し心に余裕が出来た。
「うーん、確かに今は無いねえ」
テレンスの言葉に、やはり証拠など無いのだと知りジュディはほくそ笑む。
「だったら証拠を持って来て! 話はそれからよ!!」
そしてテレンスに向かって思わず強気の発言をしてしまう。
そんな強気なジュディの態度にテレンスは「やれやれ」と肩を竦める。
「仕方がないね、わかったよ。じゃあ君のした事は全て法廷で明らかにしよう。ちなみに今回は重犯罪を扱う上級裁判になるから、かなりの大事になると思うけど」
「……!? な、なんですって! 法廷って……上級裁判ってどういう事なの!?」
美しいテレンスの口から物騒な言葉が飛び出てジュディは狼狽える。一瞬聞き間違いかと思ったが、どうやら間違っていないらしい。
「だって君、ヴァシレフ……アードラー伯爵と交流関係があるだろう? アードラー伯爵の裁判には君も証人として出廷してもらう予定だったし、証拠ならそこで揃うだろうし、ちょうど良かったよ」
「ちょっ……!? ちょっと!! アードラー伯爵の裁判って!? 何故、伯爵が……!?」
「ああ、君は知らないよね。昨晩、伯爵とその協力者の貴族が捕らえられたんだよ。既に社交界では上を下への大騒ぎさ」
思いもよらない言葉に、ジュディの頭の中は真っ白になる。
「……!? そ、そんな……!?」
「君に少しでも使用人への情があれば……ダニエラをヴァシレフに差し出すのをやめるか、せめて躊躇っていれば此処までひどい状況にならなかったのに、一足違いだったね。本当、女の嫉妬って恐ろしいよね」
テレンスの言う通り、もし自分が少しでもダニエラを大切にしていたら、アードラー伯爵に差し出す必要も無く、怪我をさせる事も無かったのだろう。
ジュディはダニエラへの嫉妬のあまり、自分で自分の首を締めてしまったのだ。
「……私は……どうなるの……?」
「今の罪状だけで結構な罪になると思うよ? 王家への虚偽の申告二回に、公文書偽造、使用人への暴行、未成年への虐待……更に侯爵夫人への<呪薬>の使用だからね。極刑は免れないんじゃないかなあ?」
テレンスが挙げる罪状の数々に、改めて自分の重ねてきた罪を自覚したジュディはあまりの事に半狂乱になる。
「……!! い、嫌っ!! 嫌っ!! 嫌ああぁぁあっ!!!」
テレンスは、何時から配置していたのか、部屋に警備兵を呼び込み泣き叫ぶジュディを捕縛させると、ウォード侯爵家から運び去ったのだった。
* * * あとがき * * *
お読みいただき有難うございます。
次回から断罪です。
どうぞよろしくお願いします。
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