87 ウォード侯爵家にて1

豚伯爵の次は義母のターンです。

今回はウォード侯爵家の説明回みたいなものです。



* * * * * *



 ウォード侯爵家はナゼール王国の西に位置するアールグレーン地方を領地に持つ侯爵家で、そのアールグレーン領は王都の次に発展しており、治安も良いと評判の都市だ。


 現ウォード侯爵家当主、テレンス・ウォード・アールグレーンは八年前に最初の妻ツェツィーリアと死別した後、伯爵家の娘で離縁し出戻りだったジュディと再婚した。


 王都の屋敷ではジュディと連れ子のグレンダ、前妻との子供ユーフェミアが暮らしているものの、テレンスは王都の屋敷には寄り付かず、殆どを領地で過ごしている。

 傍から見れば不自然なそれも、領地経営が忙しいとなれば仕方がない、と理解される事が殆どで、最近は滅多に社交界に現れなくてもそういうものだと思われるようになっていた。


 ……実際のところはユーフェミアの様子を見るために、こっそり王都へ来ていたのだが、それを知るのは使用人のみで、ジュディやグリンダは全く気付いていない。


 そして当主不在のウォード侯爵家では、執事のエルマーや今は女中頭になったダニエラ、料理長のデニスが中心となって使用人の教育を施していた。

 それぞれが得意分野を受け持ち指導するので、的確な指導に幅広い知識を与えることが出来、優秀な人材が数多く育っている。

 更に人柄も申し分ないため使用人全員が仲良く、職場の雰囲気も良いので離職する人間もほぼ居らず、理想的な職場だと巷では評判であった。


 しかし現在のウォード侯爵家では女主人が変わってからしばらく、働き辛い職場に変わってしまったと言われている。それでもまだ離職者が居ないのがせめてもの救いかもしれない。

 それは使用人たちが前妻であるツェツィーリアを未だに慕っており、その娘であるユーフェミアを陰ながら支えようと団結していたから、という事もある。


 事実、使用人扱いを受けていたユーフェミアには、ジュディ達母娘から文句を言われる隙を与えないように、ありとあらゆる技術を叩き込み、一流の使用人として通用するレベルまで育て上げている。

 実際テレンスからも、ユーフェミアには生きる上で必要な知識と技術を教えるように指示されていたので、使用人たちは心を鬼にしてユーフェミアを鍛えたのだ。


 ただ、流石にやりすぎ感は否めない。技術は身に付けたものの、教養……一般常識や世界情勢などの知識についての教育にはノータッチだったので、自分の規格外さ等には全く無自覚のままユーフェミアは成長してしまったのだった。


 そんなある日、ウォード侯爵家の娘の一人、グリンダが王太子の婚約者に選ばれた。仲睦まじい二人は美男美女という事も相まって、国民からはお似合いの二人だと評判も良く、誰もが王国の未来は安泰だと喜んでいたのだが……。


 婚約してから一ヶ月程経った現在、王太子の結婚を危ぶむ声があちこちから上がり、王国諮問機関「元老院」でも今回の婚約を見直すべきという意見が上がり始めていた。

 その理由は王妃教育からの逃亡、多忙な王太子にわがままを言って無理やりお茶会を開催、見目麗しいものを侍らせる、他の貴族に貢物を要求……等など、行動だけでも十分目に余るというのに、急激に衰え出した美貌が更に周囲に危機感を持たせたのだ。


 国母は必ずしも美女である必要は無いとは言え、今のグリンダは何と言うか……一言で言えば酷かった。

 以前の美しい姿を知っている者からすれば、その落差は凄まじく、このままグリンダを諸外国との外交に連れ出せば、王国の品格が疑われるのでは無いかという意見まで飛び出す始末だった。


 その様な世論に危機感を持ったジュディは、元老院に多大な影響力を持つと言われているアードラー伯爵に口添えを頼もうと思い立つ。

 しかしそのためには出奔したユーフェミアを見つけ出すか、女中頭のダニエラを差し出さなければならない。


 そしてジュディはダニエラをアードラー伯爵に差し出すと決めた。正直何処にいるかも分からないユーフェミアを探し出すより、ダニエラを差し出した方が楽だったからだ。それに自分より幸せそうなダニエラへの嫉妬も募っている。


「ああ、忌々しい! あのツェツィーリアの娘と言うだけでも憎ったらしいのに……!」


 ユーフェミアが出奔してから、ジュディの立場は日に日に悪くなっていく。

 グリンダが王妃にさえなれば自分の人生は安泰だと思っていたのに、今はそれすら危ぶまれている。


 以前、グリンダを見初めたという帝国の使者──マリウスに期待したものの、彼が帝国に帰国してからは一切連絡が無い。

 マリウスと既成事実を作るよう、グリンダにそれとなく勧めたものの、結局は失敗に終わってしまっている。

 王国の王妃より帝国の公爵家の方が余程裕福な生活が出来ると思っていたのに、それも当てが外れてしまった。


 結局、ジュディが望む人生を送るには、グリンダが王国の王妃になるのが一番手っ取り早かったのだ。


 普通の感性の持ち主であれば、立派な王妃にするためにグリンダを諌めるところだが、ジュディは面倒くさい事が嫌いで楽な方へ流される性格だった。そのため、何か問題が起こると家の権力をフル活用して力技で解決していたので、今まで特に苦労する事無く生きてこられたのも仇となった。

 娘のグリンダもジュディそっくりの容姿と性格なので、婚約の見直しについても周りが勝手に騒いでいるだけという認識だから、自分の行いが悪いとは全く思っていない。しかも自分は王太子に溺愛されているので、婚約が白紙に戻る筈がないと思い込んでいる。


「何とか婚約破棄だけは避けないと……!」


 その為にジュディは、ダニエラを差し出す事を取引条件にして、アードラー伯爵に元老院へ働きかけて貰おうと考えた。デニスとの仲も引き裂けて一石二鳥だと思ったからだ。

 しかし今更元老院に働きかけたとしても、ジュディとグリンダの社交界での評判は既に地に落ちていて、殆どの貴族が婚姻に反対していると言う事実にジュディは気付いていない。

 義理とは言え自分の娘を「あの」アードラー伯爵へ嫁がせようとした事がどこかから漏れ、社交界に広まっていたのも一因となっている。


 しばらく夜会やお茶会に出席していないジュディは、今自分がどの様に噂されているかを全く知らない……と言うより、敢えて知ろうとしなかった。自分の耳に痛い言葉は避ける性分であるからだ。


 未だにグリンダが王妃にさえなれば、生意気な態度の貴族達も再び自分を敬うだろう、とジュディは本気で思っている。


 ──そんな愚かな夢など、とうの昔に潰えていると言う事に気付かないまま。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


次回から話は進む……はず!(願望)


明日も更新しますので、どうぞよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る