88 ウォード侯爵家にて2

 ジュディはダニエラの婚約を知ってから、使用人たちをしばらく観察していたのだが、女中頭のダニエラを筆頭に、使用人たちのレベルがかなり高いことに気が付いた。


 使用人たちは容姿もさることながら、無駄のない動きに加え手際が良く、協力し合いながら仕事をこなして行く姿は自信に溢れており、内面から美しさが溢れているかの様だった。


 あのデニスと婚約し、しかも美しくなったダニエラに対して妬みの気持ちが強かったジュディだったが、周りを良く見てみると、今まで使用人と見下していた者たちが、自分より余程美しくなっている事に気付き愕然となった。


(これは一体どういう事なの……!? やはりユーフェミアが作ったという化粧水のせい!?)


 夜会やお茶会に出る事が無くなったジュディは、暇な時間を見つけてはおやつを食べて惰眠を貪り、食事は昼夜問わず暴飲暴食と、そんな毎日を繰り返しているうちに体重が以前の倍以上になってしまっていた。

 相変わらずマッサージは受けていたものの、それだけで痩せる筈もなく、顔周りにも肉が付いてしまい頬もパンパンになっている。


 もちろん以前のドレスが入るはずもなく、ドレス以外にも身に着けるものは全て新調しなければならなかった。

 しかしランベルト商会からは取引を停止され、化粧水どころか帝国で流行りのドレスや宝飾品なども手に入らなくなってしまったジュディたちは、仕方なく王国の仕立て屋にドレスを注文したのだが、どのドレスも垢抜けず野暮ったいので、それを着て人前に出るのに抵抗があった。きっと貴族の婦人たちに馬鹿にされるという自覚があったからだ。


(……あら? もしかして今の状況はかなり不味いのでは……!?)


 ジュディは、ようやく自分が社交界的に生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている事に気が付いた。


(こうなったらもうユーフェミアの化粧水を手に入れるしか無い……!!)


 今更化粧水を手に入れただけでこの状況が良くなる訳が無いのに、ジュディは思い詰め過ぎたあまり視野が狭くなっており、目の前にあるものに縋るしか無くなっていたのだった。




 そして或る日の昼下がり、ジュディはダニエラに命令する。


「マリアンヌ達若い使用人を全員ここへ呼びなさい」


「……畏まりました」


 ダニエラは内心嫌な予感がしたものの、表情には出すこと無く、言いつけ通り二階にあるジュディの部屋に若い使用人たちを呼び出した。


「ジュディ様、使用人たちが揃いました」


「そう、ご苦労さま」


 ダニエラが恭しくジュディに告げた通り、部屋には女性の使用人が六人並んでいた。


「貴女達に集まってもらったのは確認したいことが有るからなの」


 改めて見ると、それぞれが若く美しい者たちばかりで、ジュディは思わず歯ぎしりする。


(今まで気にも留めなかったけど、全員なんて綺麗な肌をしているの……!?)


 ますますユーフェミアの化粧水が欲しくて堪らなくなったジュディは、ダニエラ達使用人に向けて言葉を放った。


「貴女達には窃盗罪の疑いがあるわ。身に覚えがある者はいるのかしら?」


「…………!?」


 ジュディの言葉に、ダニエラを含むマリアンヌやアメリたち使用人は驚きで息を呑む。全員が何の事か分からない様だ。


「ジュディ様、それは私も含め、ここに居る者全員が該当すると言うことでしょうか?」


 動揺する使用人たちを落ち着かせつつダニエラが問いかけると、ジュディはやれやれと溜息をついた。


「だからそう言っているじゃない。関係無い者まで呼ぶ筈がないでしょうに」


 呆れたようなジュディの態度に使用人たちから不穏な空気が漂う。

 ダニエラはそんな雰囲気をジュディに気付かれないように、質問する事で注意を引きつける。ジュディが癇癪を起こすと厄介だからだ。


「では、私達が何を盗んだのか、教えていただいてもよろしいでしょうか?」


 ダニエラの言葉に、ジュディはニヤリと嫌な笑みを浮かべ、待ってましたとばかりに声を張り上げた。


「ユーフェミアの化粧水よ! 貴女たち、ユーフェミアが作った化粧水を持っているでしょう!?」


 ダニエラ達は一瞬、ジュディが何を言っているのか分からなかった。

 確かにユーフェミアの作った化粧水を皆んな持っているが、それはユーフェミアから貰った物だ。そもそも、雇い主のものを盗むような性根の人間はこの屋敷には居ない。


「確かに、私はユーフェミア様が作られた化粧水を所持していますが、それはユーフェミア様から頂いたものであって、決して盗んだものではありません」


 ダニエラの説明に他の使用人たちもうんうんと頷いている。いきなり泥棒扱いされて憤慨しているようだ。


 しかし、ダニエラの言葉を聞いてもジュディの態度は変わらない。


「だからその化粧水を勝手に使っているのが窃盗だと言っているのよ! その化粧水はこの屋敷のものを使って作っているでしょ!! ならそれはこの屋敷の主人である私のものという事でしょうが!! そんな事もわからないの!?」


「…………」


 ダニエラ達はジュディの言い分に思わず絶句してしまった。まるで子供のいちゃもんレベルの主張だからだ。

 しかし、実際この屋敷の女主人であるジュディがすべての権利を主張するのであれば、それに従わざるを得ないだろう。


「今すぐ、ありったけの化粧水を持って来なさい!!」


 ユーフェミアが作った化粧水は確実に効果があり、とても重宝していた。しかしユーフェミアが自分達のために化粧水を作ってくれた、という事実が大事だった彼女たちは、ジュディに言われるがままに化粧水を差し出した。


 ダニエラ達が持っていた化粧水を集めてみると、ジュディとグリンダが使うのなら半年は持つだろう、と言う程の量があった。


(これだけあれば、グリンダの婚姻式までには間に合うわね……!)


 化粧水が上手く手に入りジュディは上機嫌だった。だが、まだ本題が残っている。化粧水の事はあくまでも切っ掛けに過ぎない。


「……まあ、素直に化粧水を差し出した事だし、本来なら解雇されても仕方がない罪だけれど、貴女たちには慈悲を与えてあげる」


 そしてジュディはダニエラに向かっていやらしい微笑みを浮かべて言った。


「ダニエラ、女中頭としての責任をとって暫くの間、アードラー伯爵の下で奉公していらっしゃい」





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


時系列がおかしいと思われるかもしれませんが、

「91 ウォード侯爵家にて5」で説明ありますので

しばらくお待ちくださいませ。


ざまぁの始まりまでもう少しです。


どうぞよろしくお願いします!

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