89 ウォード侯爵家にて3
ジュディの言葉に、その場に居た使用人たちが全員固まった。
「あら? 聞こえなかったの? ダニエラ、貴女はこの使用人たちを管理する立場でしょう? なら、今回の窃盗の件は貴女の管理不行き届きじゃない?」
「……それは……その……」
仕事中はいつも冷静で、めったに感情を表さないダニエラが、顔を青くして狼狽えている。そんな珍しいダニエラの様子に、ジュディは少しだけ溜飲を下げたが、ここで終わる訳にはいかない。
「貴女は優秀だから、もちろん解雇なんてするつもりはないわ。でもアードラー伯爵のもとへ嫁ぐ予定のユーフェミアが居ないでしょう? 伯爵も困っているみたいなの。だからあの娘の代わりに、貴女がアードラー伯爵のお世話をしてちょうだい」
「……! それはっ……!」
ジュディが命令すると、いつも素直に従っていたダニエラだったが、流石に今回は戸惑っているらしい。
そこへ他の使用人たちがダニエラを守るべく声をあげる。
「ジュディ様! 私達全員に罰をお与え下さい!」
「ダニエラさんだけが責任を取るなんておかしいです!!」
「今回のことは個人の問題であって、職務上の責任は問えないかと思います」
「責任取る内容がどうして他の貴族の世話なんですか!」
「そうです! それにダニエラさんがいないと仕事が回りませーん!」
予想外の反発にジュディは一瞬怯んでしまうが、はっと気を取り直すと使用人たちを睨みつける。
「お黙りなさい!! この家の主人は私よ!! 私の言う事は絶対なの!! 使用人の分際で口答えするんじゃないわよ!!」
ジュディが使用人たちを叱りつけていると、部屋の扉がノックされ、外から庭師のエドが声を掛けてきた。
「ジュディ様、馬車の用意が出来ましたが……どうなさいますか?」
「すぐに行くから、少し待っていなさい!」
部屋の中の雰囲気を察したのか、エドは少し困った様子だったが、「はあ、わかりました」と言って戻っていく。
「さあ、ダニエラ! そのままで良いから、今すぐ馬車に乗りなさい!」
「……っ! ジュディ様……!! お待ち下さい、私はっ……!」
動こうとしないダニエラの腕を掴むと、ジュディは無理やり部屋の外へ連れ出そうと引っ張った。
「うるさいわね! 私の言う事に逆らうんじゃないわよ!!」
ジュディはすごい剣幕でダニエラを引き摺るように連れて行く。
その様子に使用人の一人マリアンヌが慌ててデニスを呼びに行こうとするが、既にエドが部屋の様子がおかしいと伝えていたらしく、一階の厨房からデニスと執事のエルマー、出入りの商人が駆けつけて来るところだった。
「ダニエラ!!」
ジュディに引っ張られているダニエラを見て、デニスの顔が険しくなる。その隣ではエルマーが眉を顰め、出入りの商人はジュディのあまりの姿に驚愕して「げっ!?」と声を漏らしている。
「…………ジュディ様。これは一体どういう事ですかねぇ……!?」
「こ、これは……っ!! そのっ……」
青筋を立ててキレる寸前の様なデニスの迫力に、ジュディはすっかり怯んでしまい、上手く言葉にする事が出来ない。ここで下手な事を言うと、今度こそ本気でデニスがキレると分かっているからだ。
「デニスさん! ユーフェミア様の化粧水を使った私達は窃盗の罪なんだそうです!」
「この屋敷のものは全て主人であるジュディ様のものだから、化粧水もジュディ様のものだって!」
「はあ!? 何だそりゃ!?」
「そしてダニエラさんは責任を取るため、アードラー伯爵に奉公する必要があるそうです」
「あ”あ”っ!?」
「ちょっと!! 貴女たち黙りなさい!!」
「ジュディ様の言葉は絶対だから、反論するなって言われました!!」
「ユーフェミア様のものはジュディ様のもの、なんだそうでーす!」
「………………」
使用人たちの言葉に、デニスがぎりっと歯を食いしばってジュディを睨みつける。その迫力にジュディは気圧されるが、何とか目上としての威厳を保とうと無理やり声をあげる。
「……だ、だって、そうでしょう!? 私はこの屋敷の主人なのだからっ……!!」
「恐れながらジュディ様、たとえ主人だとしても使用人に不当な要求はしてはならぬ、とこの国では決められております」
ジュディを見かねたエルマーが諭すように言葉を掛けるが、周りから責め立てられたジュディは更に癇癪を起こしてしまう。
「うるさいうるさいっ!! 使用人のくせに主人に偉そうにするんじゃないわよっ!! 私が決めたことに逆らうなっ!!」
ジュディは大声で叫び、ダニエラの腕を再び引っ張ると、外に連れ出そうと階段へ向かう。
「アンタがさっさと来ないからいけないんでしょうがっ!! 早く行きなさいよっ!!」
逆上したジュディは、思わずダニエラを階段の方へ突き飛ばす。
「きゃあああああぁっ!!」
ジュディに無理やり引っ張られた上に、突き飛ばされてバランスを崩したダニエラは階段から転がり落ちて行く。
「ダニエラーーーっ!!」
「……なっ!!」
「「「きゃああああああああーっ!!」」」
デニスが飛び降りる勢いで階段を駆け下りると、ダニエラは頭から血を流し、気を失って倒れていた。
「ダニエラっ!!」
デニスがダニエラを抱き起こそうと手を伸ばしかけると、階段の上から制止する声がした。
「デニス!! 動かすなっ!! 早くミアの治療薬を持って来いっ!!」
その言葉にデニスがハッとすると、急いで厨房へ走り出した。
階段の上で事の顛末を見ていたジュディは、ダニエラが倒れている姿を見て放心していたが、デニスに指示を飛ばした人物の声を聞いて我に返ると、顔を青くして身体を震わせる。
「……ま、まさかっ……!! そのお声はっ……テレンス様……!?」
ジュディは出入りの商人を見上げ、初めてその姿をじっくりと見ると、ユーフェミアに良く似た色の瞳と目が合った。
「おや。僕の声なんてもう忘れてしまったと思っていたよ。……それにしても久しぶりだね、ジュディ。随分変わっていたから驚いてしまったよ」
出入りの商人だと思っていた人物が深く被っていた帽子を脱ぎ、口元を覆っていた外套をずらす。
てっきり年配だと思っていたその人物の顔はかなり若く、みすぼらしい外套を羽織っているものの、商人らしからぬ高貴な雰囲気を纏っている事にジュディは今更ながらに気が付いた。
「……そんなっ! テレンス様がどうして……!?」
再婚してからも王都の屋敷を訪れる事が殆ど無かったので、ずっと領地にいるものだと思っていた。顔を合わせるのも随分久しぶりな夫──テレンスは、昔に比べ多少歳はとったものの、未だにその美貌は健在であった。
「僕のことはさて置き、今はダニエラの心配だろう? ジュディ、後でこの状況を説明して貰うからね?」
テレンスは美しい顔をジュディに向けると、とても優しく微笑んだ。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
やっとミアパパ登場です。
どうぞよろしくお願いします!
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