194 ぬりかべ令嬢、宮殿に到着する。

 生まれて初めて見る帝国の宮殿はとても壮大で豪華だった。その様は正に帝国が持つ権力を象徴していて、さすが世界有数の超大国だと感心する。


 飛竜さん達は宮殿の上空を旋回して、飛竜さんをお世話している厩舎の近くにある演習場を兼ねた広場へと降下していく。


 マリウスさんがあれこれと指示を出していて、師団員の人達は準備で忙しそうにしている。


 そんな慌ただしい様子に私も降りる準備をしなきゃと思い、先程マリウスさんから渡されたベールを手に取ってみる。


 マリウスさんの提案で私とマリアンヌが姉妹で使用人として雇われた事になったけれど、私が着るサイズの使用人用の服が用意出来ず、今は最初の予定通りベールを被って陛下と謁見する事となった。


 柔らかい生地でできたベールを広げて頭から被ると、とても懐かしい気配に包まれている感じがしてはっとする。


(この感じ……まるでハルに抱きしめられているみたい……)


「あれ? ミア様? あれれー? どこですかー!!」


「さすがハルが作ったベール。魔眼で見ないとわからない」


 ベールをかぶった私が突然消えて見えたのだろう、マリアンヌが慌てているのでベールから顔だけ出してみる。


「うわっ!? 姐さん顔が浮いているぞ!!」


「ぎゃー!! ミ、ミア様ー!!」


 アル王子が言うように、ベールから出た箇所は目に見えるらしいので、手だけを出すと空中に手が浮いているように見える。

 マリアンヌも私の生首が浮いているように見えたらしく酷く驚いていた。


「うわぁ……凄く不思議だね。これ、やっぱりハルが作ったのかな?」


「ん。ベールを縁取っているレースに紛れて術式が組み込まれている」


 マリカがこのベールを見て「興味深い」と言っていたのはその事だったらしい。繊細なレースだと思っていたけれどそんな難しい事をしていたなんて。


「かなり高度な術式が使われている」


 マリカ曰く、通常の認識阻害の魔法は「存在が薄くなる」程度で気にならないぐらいだけれど、このベールは完璧に存在をかき消しているのだそうだ。


「ハルの本気を見た。きっとミアを誰にも見せたくないという独占欲の現れ」


「なるほどです! ベールは悪魔などの邪悪なものから花嫁の身を守る魔除けだといいますものね! きっと殿下の愛がミア様を守ってくれるのでしょう!」


 マリカとマリアンヌに教えて貰った話に顔が赤くなる。二人の言う事が本当ならすごく嬉しいな……!


 ゴンドラの扉が開かれると、新しい風が室内に流れ込み私の頬を撫でる。その王国と違う空気に、ついに私はここまで来たのだ、と実感して緊張する。


 マリウスさんが地上へ降りると、師団員の人達が一斉に駆け寄って来た。


「副師団長お疲れさまです!!」


 ズラッと並んだ師団員の人達が一斉にマリウスさんに挨拶をする。相変わらず統率された動きに思わず見惚れてしまいそう。

 そんな師団員さんの中に王国で見掛けた人達が何人かいて、その様子に安心したのか、少し緊張が解けてきた。


 私はベールをしっかりと被り直してゴンドラから降りる。ちなみに降りる順番はアル王子とレグ、マリカ、ディルクさん、マリアンヌ、私、モブさん達となっている。


 本当はマリウスさんの次に降りる予定だったけれど、マリウスさんとアル王子の間に不自然なスペースが出来てしまうので最後に降りる事にしたのだ。

 だけど私が最後尾を歩く事をマリアンヌがすごく心配したので、それならばとモブさん達が私の後ろで護衛してくれる事になった。


 ゴンドラから降りた先には上品な装いの馬車が数台停まっていて、それぞれに分かれて乗り込んでいく。


 私はマリウスさんとアル王子と一緒の馬車に乗り込んだ。マリカやディルクさん、マリアンヌとレグは別の馬車となり一旦ここで別れる事になるけれど、後で合流してハルに会いに行く予定だ。


 演習場からしばらく馬車を走らせていると先程ゴンドラから眺めた宮殿が見えてきた。空から見た光景とは違い、地上から見る宮殿も違った趣きで圧巻だ。


「こうして間近で見ると装飾や彫刻が素晴らしいですね!」


「だろー? めっちゃ豪華だよな! だけど中はもっと凄いぜぇ!」


 宮殿の素晴らしさに感動しているとアル王子が同意してくれる。そして宮殿内はもっと豪華絢爛なのだと教えてくれた。


「始祖様は質素を好む方だったらしく、本来はここまで立派な宮殿を作るつもりはなかったそうですよ」


 マリウスさんが宮殿の由来について教えてくれた事によると、始めに始祖様は宮殿はいらないと言っていたのだそうだ。

 だけど帝国を建国し皇帝になったのだから、と周りの人間に進言され、石造りの簡単なお城ならいいか、と建設する事にしたらしい。

 すると帝国に併合された部族や小国から建築家、画家、彫刻家、造園家達が集まり「皇帝の威光を世界中に示すのだ!」という合言葉のもと、今のような立派過ぎる宮殿が建築されたのだという。


「その逸話の凄いところは自主的に人々が集まって宮殿を建築したと言うところです。集まった建築家達が当時の超一級の芸術家だったというのもありますが、噂を聞いた人々が帝国中から集まって労働に携わったとお聞きしています」


 国中の人達が皇帝のために宮殿を作ろうと集結したらしく、その数はなんと数万人にも及んだらしい。


「うわぁ…! すごく素敵なお話ですね! 始祖様は帝国民からすごく愛されていたのですね!」


 獣人さん達だって始祖様が現れる前は迫害を受けていたと言っていたものね。きっと始祖様は苦しんでいた人達を見過ごす事が出来ず、救いの手を差し伸べていたのだと思う。


 ──それは虐げられた人々にとって、自分達を暗闇から救い出してくれた光そのものだったのだろう。


 そんな話を聞くと始祖様が神格化されて信仰されているのにも頷ける。私だって崇めてしまうもの。


 お二人から話を聞いているうちに、宮殿に到着したらしく馬車が停車した。

 私は馬車から降りると、正面から宮殿を見上げてみる。


(本当に凄いや……! 見る角度によって違う印象なのも面白いなぁ)


 先程始祖様と帝国民の話を聞いたからだろうか、宮殿にあしらわれている装飾や彫刻がとても尊いもののように感じてくる。


 そうして宮殿の中へ一歩踏み出した私は感嘆する。

 壁や床、天井は大理石で出来ており、金銀の豪華な装飾が施されていて、天井画の他にも至るところに絵画や彫像が飾られている。


(本当だ……! アル王子が言った通りすごく豪華……!)


 思わず立ち止まって眺めたくなるけれど、マリウスさん達に置いていかれてしまうかもと思い慌てて追いかける。


 謁見の間までの道のりで士官や使用人達とすれ違う。沢山の人が行き交う宮殿内だけれど、マリウスさん達師団員の面々とアル王子を見た人達は足を止めて臣下の礼を執っている。


(うわぁ……! 皆んな道を開けてお辞儀してる! アル王子はともかくマリウスさんだって公爵家の人だものね)


 帝都についてからの私はずっと驚きっぱなしだ。今日一日で一生分驚いたような気がするよ……。


 もうこれ以上驚かないぞ、と思っていた私はついに皇帝がいらっしゃる謁見の間に辿り着く。


「申し訳ありませんが、アルゼンタム殿下はこちらでお待ち下さい。後ほどお呼びいたします」


「わかった!」


 アル王子は呼ばれるまで一旦外で待機するらしく、私とマリウスさんの二人で皇帝陛下に謁見する事に。


 そして扉の両脇で警護していた衛兵さんがマリウスさんに気付くと礼を執り、中の人に私達の訪問を告げる。


 重厚な扉が開かれると、白い大理石に金で装飾された壁や柱が目に入る。絢爛な部屋の天井から吊り下げられたシャンデリアは光を反射してキラキラと煌めいている。

 そして部屋の正面奥には七段ある壇上に置かれた赤い玉座が鎮座していた。

 玉座の上にある金で出来た天蓋からは赤い布とタペストリーが垂らされていて、タペストリーには帝国の紋章である竜の意匠が刺繍されている。


 玉座の前に一人の男性が立っているけれど、他の人は見当たらない。衛兵さんも部屋から退出したようだ。


 マリウスさんが玉座に向かって臣下の礼を執る。私も見習って同じように礼を執ると、玉座の左右にある扉から誰かが入ってきた気配と足音がした。


「楽にするが良い」


 壇上から威厳ある声がして顔を上げると、そこには赤い髪と金色の瞳の立派な体格をした美丈夫と、金色の髪と空色の瞳をした絶世の美女がいた。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ


拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!

すごく嬉しいです!とても励みになっています!


次のお話は

「195 ぬりかべ令嬢、皇帝と謁見する。」です。

ハルの両親とのあれこれです。

次回もどうぞよろしくです!

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