195 ぬりかべ令嬢、皇帝と謁見する。

 贅を尽くした謁見の間で私とマリウスさんは帝国の皇帝陛下と謁見した。


 玉座に腰掛け、壇上から私達を見下ろす皇帝陛下は威厳をたたえていてすごい迫力だ。

 そしてその横に佇む女性は皇后様なのだろう、まるで美の化身のような物凄い美女で、ハルととてもよく似ていた。ハルがお母さん似だったとは思わなかった。


「飛竜師団副師団長マリウス・ハルツハイム、陛下に此度の件を報告するように」


 この部屋にいた男性がマリウスさんに声を掛ける。恐らくこの男性は帝国の宰相閣下なのだろう、如何にもやり手という感じだ。


「偉大なるソル・アイテールであらせられる皇帝陛下にマリウス・ハルツハイムがご挨拶申し上げます」


 陛下に挨拶をしたマリウスさんは、アル王子を無事に保護した事を簡潔に纏めて報告する。

 呪いの件はアル王子が言ったように犯人を探さず、法国の出方を窺うためにしばらくは静観するらしい。


「では、法国の動向を探るための人員の選定と配置はマリウス副団長に任せよう」


「御意。ご下命賜ります」


「非公式の場ゆえ、畏まった態度は取らずとも良い……って、いい加減まどろっこしいな。マリウス、ややこしい言い回しなんかせずに普通にいこうぜ」


「陛下!」


「うっせーな。今ここにいるメンバーでそんな固い口調である必要ねーだろ。そんな畏まらなくてもいいじゃねーか。ほらマリウス、アルゼンタムを呼んで来い」


 形式張った謁見が苦手なのか、威厳ある態度だった陛下の態度が急に砕けたものとなる。そんな陛下に宰相閣下が苦言を呈すけれど、陛下は聞き入れるつもりはないらしい。


 そうして、マリウスさんに連れられてアル王子が謁見室に入ってきた。

 アル王子は皇帝陛下の前までやって来ると、ガバっと身体を伏せ、両手を床について頭を下げた。


(……! あ、これは帝国式上級謝罪型……『ドゲザ』!!)


 私は以前マリカに教えて貰った帝国式の謝罪方法を思い出す。帝国と仲が良い国の王族だから、アル王子も当然知っていたのだろう。


「皇帝陛下!! この度は貴国に多大なるご迷惑をおかけしましたこと、誠に申し訳ありませんでした!!」


 「ドゲザ」したアル王子が陛下に謝罪の言葉を述べる。そんなアル王子の様子に陛下やマリウスさん達は驚いた表情をしていた。


「……ほう。やんちゃ王子が随分しおらしくなってんじゃねーか。流石に懲りたらしいな?」


 今までのアル王子とは違う態度に、心境の変化を感じ取ったらしい陛下は嬉しそうに口の端を上げる。


「はい! 自分の愚かさを嫌という程自覚しました! これからは一国の王族として恥ずかしくない行動を心がけます!」


「よく言った! その言葉忘れるなよ! 期待してるぜ!」


 アル王子にとって“呪い”の一件は今までの価値観を変えるきっかけになったようだ。

 命に関わるような、大変な目にあった経験を通して心身ともに成長できたのかもしれない。

 でもそれはきっと、アル王子の心が強かったから得られたものなのだろう。そう考えると今回の出来事はアル王子の成長になくてはならない試練だったのかもしれない。


「アルゼンタムが無事だったのは分かったから次の話に入ろうぜ。……で、マリウス。無事連れて来たんだろうな?」


「はい、問題なく。ユーフェミア様、どうぞベールをお取り下さい」


(えっ!? 私? ……あっ!?)


 マリウスさんから名前を呼ばれた私はずっとベールを被ったままだったと思い出す。

 これってすごく不敬になってしまうのでは……と思った私は、ベールを取ると陛下達に向かって謝罪と挨拶をした。


「大変失礼致しました。ナゼール王国侯爵家当主、テレンス・ウォード・アールグレーンの娘、ユーフェミア・ウォード・アールグレーンでございます。どうかご無礼をお許し下さい」


(皇帝がいる場所で姿を隠したままの人間なんて怪しさ満点だよね……。無礼者と拘束されて監獄に入れられたって文句は言えないや……)


 私は頭を垂れ、陛下からのお言葉を待っていたけれど、一向に声を掛けられる気配がない。

 おかしいなぁと思いつつ、きっと怒りで言葉が出ないのだろうと覚悟を決める。


(ハルのご両親との初対面がこんな事になるなんて……。第一印象は大切だったのに……)


 ただでさえ普段着のワンピースでみすぼらしいのだ。せめて着飾っていればマシだったのかな、と後悔しても既に遅く。


 私は頭を下げたまま動く事が出来ない。出来ればこのまま頭を上げずにここから退出したい。顔をはっきりと見られていないならまだやり直すことが出来るかも。


「……顔を上げよ」


 だけど陛下から声を掛けられ、僅かな希望は砕け散ってしまう。


(でも声は怒っていない……?)


 私がそっと顔を上げると、陛下と皇后様のお顔が驚きから歓喜の表情に変化した。


「おおー! めっちゃくちゃ可愛いじゃねーか!! ハルの奴やるなぁ!! そりゃ縁談も断るわな!!」


「やだー!! こんな可愛い子が娘になるのー!? いやーん、すっごく嬉しいー!!」


「しかし面食いにも程があんだろ! ったく何処でこんな可愛い子と出逢えるんだよ!! だが良くやった!! さすが俺の息子!!」


「全然令嬢達に興味を持たないからてっきりアッチだと思っていたのに……こう言う事だったのね! あの子が幸せならいいわと思っていたけれど、やっぱり孫の顔は見たいものねぇ……!」


「二人の子供ならめっちゃ可愛いだろうなぁ……! これからの楽しみが増えたぜ!!」


 すごく盛り上がる両陛下に思わずぽかーんとする。だけど両陛下からは私を否定する言葉が一切出ていない事に気づく。


(……あれ? もしかして歓迎されているのかな……?)


 私がチラッとマリウスさんを横目で見ると、マリウスさんは顔を手で覆ってため息をついている。……どうやら両陛下の様子はいつもの事らしい。


「ゴホン!! ゴホゴホン!!」


 キャッキャとはしゃぐ陛下達に見かねたのか、宰相さんが咳払いをすると、両陛下がピタッと黙り込む。


「……チッ!」


「陛下!!」


 宰相閣下の咳払いに舌打ちで返す皇帝陛下……お二人は仲が良いんだなぁ。


「お前、ハルの嫁さんが来たんだぞ!? 嬉しくないのかよ!!」


「陛下、それ以前の問題です。陛下はその大切な殿下の<桜妃>にまだ挨拶されておりませんよ?」


「あっ!? そうかっ!!」


 宰相閣下に指摘されて皇帝陛下が「あちゃー! やっちまったかー!」と、頭をガシガシと掻いた。

 そして姿勢を正すと、先程までの砕けた雰囲気から一転、尊厳を取り戻すかのように堂々とした態度で言った。


「俺はベルンハルト・ヴィルヘルム・エルネスト・バルドゥルだ。この国の皇帝をやってるハルの父親だ。つい息子の嫁が可愛くて年甲斐もなくはしゃいじまってな。挨拶が遅れて申し訳ない」


「私はレオンハルトの母、リューディア・カステヘルミ・バルドゥルよ。驚いたでしょう? ごめんなさいね。私も可愛い娘が出来ると思うともう嬉しくて嬉しくて。これから仲良くしてちょうだいね」


 両陛下からの好意的な言葉に、てっきり怒られると思っていた私は嬉しくなる。


「ありがたきお言葉を賜り、恐悦至極に存じます。不束者ではございますが、どうぞよろしくお願いいたします」


 私は両陛下に心を込めてにっこりと笑いかける。

 こんな小国の貴族の娘を心から喜んで受け入れてくれる両陛下からは、優しくて情が深く、とてもハルを信頼しているのだという事が伝わってくる。


「こちらこそよろしく頼む。それからユーフェミア嬢がハルを助けてくれたんだってな。マリウスから聞いた。父として礼を言わせてくれ。本当に有難う」


「私からもお礼を言わせてちょうだい。貴女が作ってくれた<聖具>のおかげでハルは死なずに済んだの。貴女は私達の恩人よ。いくら感謝してもしきれないぐらいだわ」


 マリウスさんから報告を受けていたのだろう、両陛下がお礼を言ってくれる。


「とんでもございません! たしかに私は<聖具>を作ったかもしれませんが、それはマリウスさんが的確に使用してくれたからで、私は何も……!」


 ゴンドラの中でも同じような話をしたけれど、こればっかりはマリウスさんの功績だと思う。


「……ふっ、本当に奥ゆかしいなぁ。勿論マリウスには褒賞を与えるさ。それとは別にユーフェミア嬢にも褒賞を与えなきゃいけねぇ。恩人に何もしないなんてありえねーし。受けた恩は倍返ししねぇと」


「そうよ。本来であれば聖属性の物なんて中々手に入らないのに、最上級聖魔法である<神の揺り籠>を提供してくれたでしょう? あれは一国の王でも手に入れられない貴重な<聖具>なのよ? 貴女は自分の価値を正しく理解すべきだわ」


 両陛下から何が欲しいかを聞かれた私は、どうしたものかと考えるけれど……。


(欲しい物……。うーん、どうしよう。何も思いつかないや……)


 報奨に悩む私を見兼ねた宰相閣下が「今すぐ決める必要はありませんよ。ゆっくりお考え下さい」と言ってくれたので、この件は一旦保留して貰う事にした。


「これからのユーフェミア様の処遇ですが、一旦私の侍女として迎え入れることになっております」


 マリウスさんは私がゴンドラでお願いしたことを両陛下に説明してくれた。


「……ん? なら、マリウスの侍女じゃなくリューディアの侍女の方が良くねぇか?」


「まあ! 素敵! そうよ! それが良いわ! 私の方がハルに会いに行きやすいし、ユーフェミアちゃんに色々教えてあげられるわ!」


(ええー!? 私が皇后様の侍女に……!? 大丈夫かな……)


 突然の申し出に驚いたけれど、よく考えたらとても有り難い申し出だと思う。確かにマリウスさんより皇后様──お母さんの方が息子のお見舞いに行く機会が多いだろうし。


「大変光栄でございます。未熟者ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」


「やったわ! 嬉しい! これからよろしくね!」


 ──そうして、始めの予定から随分とズレてしまったけれど、私は皇后陛下の侍女として、マリアンヌはマリウスさんの侍女として働くことになった。


 ちなみにマリアンヌとの姉妹設定はそのまま採用するらしい。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ


拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!

すごく嬉しいです!とても励みになっています!


次のお話は

「196 ぬりかべ令嬢、ハルと面会する。」です。

やっとハルと再会(?)です。

次回もどうぞよろしくです!

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