196 ぬりかべ令嬢、ハルと面会する。

 皇帝陛下の提案で皇后陛下の侍女として働くことになった。


「長旅ご苦労さんだったな。疲れただろう、ゆっくり休んでくれ」


「落ち着いたらハルに会ってあげて? きっとあの子も眠りながらユーフェミアちゃんを待っていると思うわ」


 両陛下が私を労ってくれるけれど、できれば一刻も早くハルに会いたい私はこの後すぐ面会できないかお願いしてみることにする。


「お気遣いいただき有難うございます。しかしながら、私は出来るだけ早くハルと……レオンハルト殿下とお会いしたいのです。どうか面会の許可をいただけないでしょうか」


 私の申し出に両陛下はお互いの顔を見合うと、嬉しそうに微笑んだ。


「勿論構わねぇよ。早くハルに会いたかっただろうに、引き止めて悪かったな」


「んもう! ハルったら幸せものね! こんな可愛くて優しい子に愛されて!」


 両陛下からの思いがけない言葉に思わず顔が真っ赤になる。


「ああ、ハルの事は好きに呼んでいいからな。気遣う必要はねえよ」


「そうそう、そもそもあの子がそう呼ぶように言ったのでしょう? なら、今まで通り呼んであげて欲しいわ」


 レオンハルト殿下──ハルを“ハル”と呼べるのは帝国でも数人しかいないのだそうだ。今はハルの家族とマリウスさん、アル王子ぐらいらしい。


「あの髪の色で分かる通り、レオンハルトは始祖の血を色濃く受け継いでいるからな。だから始祖の名前である“ハル”の名を使うことが許されているんだ」


(帝国を築いた始祖様の名前が“ハル”だなんて……! 初めて知ったよ!)


 てっきりただの愛称だと思いこんでいた。でもハルは初対面の時から私にそう呼ぶように言ってくれていたのだ。私はその事実にとても嬉しくなる。


「では、殿下のいらっしゃる部屋へご案内いたします、どうぞこちらへ」


 マリウスさんからの申し出を受け、両陛下に挨拶をした私は謁見の間から退出させて貰う。


 再びベールを被り、謁見の間から出た私はマリウスさんとアル王子の後に付いて行く。


 アーチ型の長い廊下には等間隔に彫刻が飾られていて、廊下なのにまるで美術館の中にいるような錯覚に陥る。そんな廊下に連なる大きな窓からは見事な庭園が一望でき、噴水の水が光を受けてキラキラ美しく輝いているのが見える。


 マリウスさんとアル王子が会話をしている様に装って宮殿の説明をしてくれる。皇族の居住区域は主に二階で、公用に使われる謁見の間やホールなどは一階に作られているのだそうだ。

 私は二人の会話を聞きながらマリカやマリアンヌ達が待っていると言う二階へと向かう。


「マリカさん達にはこちらの控えの間でお待ちいただいています」


 控えの間の中に入ると、マリカとディルクさんがマリアンヌが淹れたであろうお茶を飲みながら待っていてくれた。


 扉が閉まったことを確認してベールを脱ぐと、私の姿を見たマリカとマリアンヌが声を掛けてくれる。


「ミア、お疲れさま」


「ミア様! お疲れさまでした! 面会は大丈夫でしたか?」


 心配してくれた二人に安心して貰おうと、私はにっこり笑顔で返事をする。


「うん、大丈夫だったよ。両陛下共とてもお優しくて、すごく歓迎してくれたよ」


「良かったです〜〜〜!! こんな愛らしいミア様だから気に入られるのは分かっていましたけど……!」


 両陛下の人となりを知らなければ心配するのも当然だと思う。いくらハルが望んだとしても、超大国の皇太子と小国の侯爵令嬢では余りにも身分が違いすぎるし。


「では、殿下のいらっしゃる部屋へご案内いたします」


 マリウスさんに連れられて控えの間から出た私達はハルの部屋へと向かう。もうすぐハルに会えるのだと思うと、緊張して胸がどきどきしてしまう。


(やっとハルに会える……! 別れてから一ヶ月も経っていないのに、随分会っていない気がするよ……)


 辿り着いたハルの部屋の扉の両脇には師団員さんが立っていて、マリウスさんが頷いたのを確認すると扉をさっと開けてくれた。


 ハルの部屋は予想していた絢爛豪華な部屋ではなく、広いけれど落ち着いた雰囲気のシックな部屋だった。


 ソファーやテーブルが置いている部屋の更に奥にハルの寝室があるらしく、マリウスさんが奥の扉を開けると、花緑青色の光に満たされている部屋が目に入る。


 広い部屋の中心にある天蓋からはカーテンが幾重にも重なりながら下ろされていて、その隙間から光が漏れているのが見える。まるで大事な宝物を包み込んで守っているかのようだ。


 マリウスさんが天蓋のカーテンを開け、「どうぞ」と言って中に招き入れてくれた。


 広い天蓋の中の、不釣り合いな小さいベッドを見て、本来ここに置いてあったベッドとマリカのベッド──<神の揺り籠>を入れ替えたんだな、と気付く。


 私は緊張しながら花緑青色の光に包まれているベッドに近づいていく。

 やっとハルに会えるという喜びで胸が高鳴って、静かな部屋に心臓の音が響いてしまいそう。


「──ハル……」


 ──そうして私はようやくハルと再会する。


 飾り気の無い質素なベッドに眠っているハルの、とても穏やかで綺麗な顔を見て、胸が熱くなった私の目から涙が零れ落ちる。


(……っ、ハル……! ハルだ……! 良かった……生きててくれた……!!)


 私は大切な、愛しい人が生きていてくれている奇跡に感謝する。


 ハルは激しい戦いで重症を負ったのだと聞いていたけれど、見た感じ身体に怪我はなさそうで、ただぐっすりと眠っているだけに見える。声を掛けたらすぐに目覚めてくれそうだ。


 私は涙を拭き、もう一度眠り続けるハルを見る。

 眠っていてもハルはとても綺麗で、上下する胸や微かな呼吸音がなければ、美の神が作った精巧な芸術品だと言われても信じ込んでいたと思う。

 しかも眠っているといつもより幼く見えるし、皇后陛下にとても似ているな、と改めて実感する。


「ハル……」


 名前を呼んだら起きてくれるかも、と密かに期待したけれど、相変わらずハルは目覚めない。


「マリカから見てハルはどう? 魔眼で視て貰ってもいいかな?」


「ん。待ってて」


 マリカが魔眼でハルを視てくれる。身体は大丈夫だろうけど、魔力の方は大丈夫なのか心配だ。


「……これは──!」


 ハルを視てくれていたマリカが言葉を詰まらせる。そんなマリカの様子に、あまり良くない状態なのだと理解する。


「魔力がほとんど残っていない。これだと目覚めても<神の揺り籠>から出ることは難しいかもしれない」


「……! そんな……!」


 マリカの話だと膨大だったハルの魔力はすっかり消えていて、<神の揺り籠>の中にいるから生命維持が出来ているのだと言う。


 ──この世界の人間は魔力が枯渇すると死に至ってしまう。だから魔力が少ないという事は生命力が弱いと同義なのだ。


「では、殿下はこの<神の揺り籠>から出ると死ぬ可能性があるという事ですか……?」


 マリカの診断結果にマリウスさんの顔が真っ青になっている。予想しなかった事態にかなり動揺しているのだろう。


「……このままでは……恐らく、そうなる」


 マリカも言いづらい筈なのに、私達のために真実を教えてくれる。その気持がとても有難い。


「マリカ有難う。本当の事を教えてくれて」


「──っ、ミア……」


 私はマリカが罪悪感を持たないようにお礼を伝える。それに変に期待させられるよりは現実を突きつけられる方が余程良いと思う。


「マリウスさん、ハルに触れても大丈夫ですか?」


 例えハルが<神の揺り籠>の中から出られなかったとしても、目覚めて欲しいという願いは変わらない。


「──それは勿論構いませんが……いや、是非お願いします」


 マリウスさんから許可を貰った私は、花緑青色の光に包まれたベッドへと近づき、眠っているハルの手をそっと握る。


 ハルの手から伝わる体温に、私はハルと手を繋いだ事や抱きしめられた時のぬくもりを思い出す。それをきっかけに次々とハルとの思い出が蘇ってきて、熱い想いが胸の奥から溢れ出してくる。


──どうか、もう一度私に笑顔を見せて……! もう一度私を抱きしめて──……!


 私は強く願いながらハルに魔力を注ぎ込む。


 私の想いの強さからか、ハルの手を握ったところから光が迸り、部屋中を銀色の光が染め上げる。


「……っ!! ミア……!!」


「これは……! なんて強い<聖気>──!!」


 聖なる魔力の奔流にマリカとディルクさんが驚きの声を上げる。


「ミ、ミア様ー!!」


「これがユーフェミア様の魔力……!」


「うわ……っ! 姐さんスゲー!!」


 私の全力の魔力を初めて目の辺りにしたマリアンヌやマリウスさん達が驚愕しているのが伝わってくるけれど、私は構わずハルに魔力を注ぎ続けた。


「──!! ミア、駄目ーーー!!」


 マリカが叫ぶと同時に私をハルから引き剥がす。

 突然の事に驚いたのも一瞬、私は自分の意識が朦朧としている事に気がついた。


 ハルの目覚めを願うあまり、自分の魔力が枯渇しかけているのに気付かずにいた私を、魔眼で見守ってくれていたマリカが正気に戻してくれたのだ。


「……マリカ、有難う……」


 マリカにはいつも助けられてばっかりで、いくらお礼を言っても言い足りないぐらいだ。マリカが止めてくれなかったら私まで倒れてしまうところだった。


「殿下……!」


 未だ頭がクラクラしている私の耳に、ハルを呼ぶマリウスさんの声が聞こえてきた。


(ハル……! ハルの様子はどうなったの……!?)


 聖属性の魔力を枯渇寸前まで注ぎ込んだから、何かしらの変化があると思っていたけれど。


 私は自分の力ならきっとハルを目覚めさせる事が出来ると過信していたらしい。


 ──結局、私が何度魔力を注ぎ込んでも、ハルを目覚めさせる事は出来なかったのだ。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ


拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!

すごく嬉しいです!とても励みになっています!


次のお話は

「197 ぬりかべ令嬢、牢獄へ行く。」です。

ハルに続いてめちゃ久しぶりのあの人が登場です!(誰も嬉しくない)

次回もどうぞよろしくです!

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