197 ぬりかべ令嬢、牢獄へ行く。

 ──私とハルが再会してから一週間が経った。


「わふぅ!」


 ベッドの中で微睡んでいた私を、レクが「時間だよ」と言っているかのように起こしてくれる。


「レグおはよう。起こしてくれて有難うね」


「ミア様、おはようございます! レグもおはよう!」


「わふわふぅ!」


「おはよう、マリアンヌ。また様付けだけど、そろそろ呼び捨てに慣れないと仕事中に間違って呼んじゃうかもしれないよ?」


 マリウスさんの提案通り、私とマリアンヌは姉妹で雇用された事になっていて、部屋も二人部屋で一緒に使わせて貰っている。宮殿にある使用人用の部屋だけれど、綺麗でとても快適だ。

 ちなみに特例としてレグも一緒の部屋で過ごす許可を貰っている。


「いえ、こればっかりは譲れません! 私にとってミア様は永遠のご主人様なのです!」


「そんな大げさな……」


「それに私、こう見えても切り替えができる女ですから! そんなヘマは致しません!」


 マリアンヌが自信たっぷりに断言する。確かにマリアンヌはこの部屋から出ると一転、私を本当の妹のように扱ってくれる。だから他の使用人達にも疑われる様子は全く無い。


「私は女優……! ミア様の姉役、見事に演じ切ってみせます!!」


 マリアンヌがメラメラと闘志を燃やしている。どうやら彼女の切り替えの速さは女優のマネをしているかららしい。そんなマリアンヌは本当に器用だなあと思う。


「じゃあ私も練習しないといけませんね、お姉様?」


「ぐはっ!?」


 私もマリアンヌを見習って「お姉様」呼びをやってみる。仕事中は私とマリアンヌはほとんど関わりがないので、まだ「お姉様」呼びはしていなかったのだ。


「か、可愛い……! 何という破壊力……! これはクセになる……! ミア様、恐ろしい子……!」


 マリアンヌが顔を手で覆ってプルプルと震えている。どうやら「お姉様」と呼ばれてかなりの衝撃を受けたみたい。


 お巫山戯もほどほどに、私は侍女モードに切り替えるべく準備をする。顔を地味にするメイクと髪色を変える髪飾りをつけるのだけれど、以前マリカに作って貰った髪飾りは仕事場でつけるには可愛すぎるので、新たにシンプルな髪飾りを作って貰ったのだ。

 マリアンヌとの姉妹設定にちなんで、髪色をお揃いにして貰っている。


 そんな天才魔道具師のマリカは先日、正式に帝国の筆頭宮廷魔道具師に任命された。


 マリカは最年少で筆頭宮廷魔道具師に就任となったので、その異例の抜擢に帝国中がマリカの話題で持ち切りとなっている。

 しかもマリカは超美少女だし、いくつもの人気魔道具を開発した功績もあるので、今やマリカは帝国中で大人気なのだ。

 私の親友であるマリカが高く評価され讃えられている様子を見ると、とても誇らしい気持ちになってくる。


 そして皇后陛下の侍女となった私は陛下の取り計らいにより、ハルのお世話係も兼任することになった。だから堂々とハルの部屋を訪れることが出来てとても有難い。


 マリカの存在が宮殿で話題になっていたおかげで、私が雇用された事を不審に思う人はおらず、気がつけば新人がいるな、と思う人が殆どのようだった。


 皇后陛下が可愛い物好きという話は周知の事実で、周りの人達はまだあどけない私を陛下が気に入って侍女に選んだのだろうと認識しているようだ。

 

 だから新人なのに皇后陛下の侍女という待遇でも特異の目を向けられること無く済んだのは僥倖だったかもしれない。


 ──だけどマリアンヌの方はマリウスさんの侍女という事で、かなり注目を集めてしまっている。


 貴族令嬢に人気があり、しかも皇太子側近であるマリウスさんの一番近くにいる女性という事で、令嬢や侍女達だけでなく役人や騎士、衛兵など宮殿中の人間に知られることになってしまったのだ。


 今まで女性を近くに置かなかったマリウスさんが、専属の侍女として若くて綺麗な女性を連れて来たのだからそりゃ気になるよね、と思う。


「マリアンヌはお仕事どう? 辛くない?」


 私が普段の様子を尋ねると、マリアンヌはフッと笑って遠い目をした。


「……まあ、未だ好奇の目で見られるのは気になりますけど、いつも執務室にいますから……」


 マリアンヌは執務室のお掃除の他にお茶を淹れたり書類の整理を手伝っているので、執務室から出る事はあまり無いそうだ。

 だから執務室とこの部屋を往復するぐらいしか他の人との接点が無いらしい。


「それに今のところ根掘り葉掘り質問してくる人もいないし、その内周りも落ち着いてくると思います」


「そう? なら良いけど……」


(でも書類の整理までしているんだ……それってかなり重要な仕事だよね)


 機密情報がいっぱいありそうな執務室でそんな仕事を任されているなんて、マリアンヌはかなりマリウスさんに信用されているようだ。


「そう言えば『トラノマキ』の解読って始まっているの?」


 帝国に着いてから一週間だし、マリウスさんはマリアンヌと『トラノマキ』を解読するのを凄く楽しみにしていたみたいだし……。すぐにでも写本を用意して解読するのだと思っていたけれど、二人からは未だに何も聞かされていない。


「それが、『トラノマキ』の写本はここから離れた場所にある研究施設で保管されているらしく、王都まで輸送するのに時間がかかるみたいです」


「あ、写本はここになかったんだ」


「はい。だからマリウス様も写本の到着をまだかまだかと待っていますよ。写本の解読に集中するからと、執務も前倒しして時間を確保されているようです」


 さすが異世界が大好きなマリウスさんだ。『トラノマキ』解読のために入念に準備したいのだろう。


(もしハルが目覚めたら、『トラノマキ』を解読したと驚かせたいって言ってたものね)


 ──誰もがハルの目覚めを待っている。そしていつ目覚めても良いように万全の準備を整えている……。


 ハルと面会したけれど、ハルを目覚めさせる事が出来なかった私は唯一の手掛かりである『黒い領域』をすぐに確認したかった。

 だけど、重犯罪人であるヴァシレフとの面会は容易ではなかったのだ。

 本来であれば許可を取るのにかなり時間が掛かるところを、マリウスさん特権のおかげで異例の速さで許可を取る事が出来た。


 そうして、ヴァシレフと再会した私達は『黒い領域』の解析に挑んだのだけれど──。





 * * * * * *





 ──帝国に到着した次の日に時間は遡る。


 私はマリカ達とヴァシレフが収監されている牢獄へ向かった。


 その牢獄は王宮の地下深くに作られていて、本来は反体制的勢力などの政治犯や思想犯を収監するところなのだそうだ。

 だけど法国がヴァシレフの身柄を奪還しに来るかもしれないので、重犯罪者が入る牢獄ではなく、帝国で一番安全な牢獄である宮殿地下に投獄されているという。


 本当なら長い長い階段を降りて行かなければならない地下牢獄だけれど、始祖様が考案した魔道具「エレベイトン」のおかげで楽に移動する事が出来た。


 ちなみにマリカに教えて貰ったけれど、「エレベイトン」は乗り物型の魔道具で、人や荷物を載せて垂直に移動出来るそうだ。

 きっと始祖様のいた異世界で利用されていたのだろう。

 マリアンヌも一緒に載せてあげたかったけれど、彼女をヴァシレフとの面会に同行させるわけにはいかなかったので、今は宮殿の部屋で待って貰っている。


 最下層に到着し、エレベイトンから降りると、意外と明るい室内に少し安心する。

 地下の牢獄と聞いていたので、てっきり暗くて重々しい雰囲気だと思っていたのだ。


 マリウスさんを先頭に丈夫そうな石畳の廊下を進む。

 明るい室内に少し安心したものの、牢獄には変わりなく、不安な顔をしていたのだろう私を見たマリカがそっと手を繋いでくれた。


「マリカ有難う」


「ん、大丈夫。怖くない」


 手を繋いだ安心感からか、周りの様子を見る余裕が出てきた私はぐるっと回りを見渡してみる。

 頑丈そうな石の壁に黒々とした鉄格子が嵌っている部屋が幾つかあるけれど、中は無人で今は犯罪者がいないようだった。


 ヴァシレフは一番奥の部屋に収監されているようで、衛兵さんが左右に立っていた。

 衛兵さんが会釈したので会釈し返した後、恐る恐る中を覗くと柱の様なものに縛られているヴァシレフが目に入る。


 ヴァシレフが縛られている柱の様なものには何かの術式がびっしりと描かれていて、よく見ると床まで術式が描かれている事に気付く。

 まるで何かを厳重に封印しているようで、その何かはきっと──ヴァシレフの魔力なのだろう。


「ヴァシレフは眠っているのですか……?」


「はい、起きているとずっとうるさいので、必要な時以外は眠らせています」


 この地下牢獄はとても声が響くみたいだし、うるさいと衛兵さんも辛いだろうし。眠らせておくのが一番かもしれない。


 マリウスさんが衛兵さん達に目配せをすると、頷いた衛兵さん達が鉄格子を開いていく。縛られて眠っているとは言え、今にも目を開いて起き出しそうだ。


「あの、彼が逃げる可能性はないんですか?」


 アードラー伯爵邸で起こった出来事を思い出した私は思わずマリウスさんに尋ねる。

 あの時のヴァシレフは魔法に精通していたし、かなり高位の闇魔法を使っていたからつい警戒を強めてしまうのだ。


「ご安心下さい。奴が逃亡するのは不可能ですよ。幾重にも術式を掛けて封じ込めていますから」


 私はマリウスさんの言葉に安心する。


(帝国の魔法技術は進んでいるものね! きっとありとあらゆる技術を用いて逃亡を防止しているに違いない!)


「では、ヴァシレフの意識を覚醒させます」


 マリウスさんが部屋の中に入り、ヴァシレフの額に人差し指を向けて魔力を流すと、魔力に反応した術式が額に浮かび上がった。


 術式によって意識を取り戻したのだろうヴァシレフの目がピクピクと動き、ゆっくり目を開く。


 久しぶりに見たヴァシレフ──元アードラー伯爵は随分やつれていて、感情が抜け落ちたような虚ろな瞳は、まるで別人のようだった。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ

すっかり更新が遅くなってしまってすみませんでした!


拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!

すごく嬉しいです!とても励みになっています!


次のお話は

「198 ぬりかべ令嬢、黒い領域を調べる。」です。

脳の中を調べるお話です!(言い方がヒドイ)


そしてストックが次で切れちゃいます!∠( ゚д゚)/

更新が停滞したらすみません!_(┐「ε:)_


次回もどうぞよろしくです!

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