198 ぬりかべ令嬢、黒い領域を調べる。
アードラー伯爵邸で見た時と違い、すっかり痩せこけてまるで別人のようになったヴァシレフと久しぶりに再会した。
(この一ヶ月の間に一体何が……。って、マリウスさん達から尋問を受けたんだろうけれど……)
以前は良くも悪くも生気に満ち満ちていたのに、今の姿に全く生気は感じられない。
でも元気だったらそれはそれでうるさそうだし危険なので、今ぐらいが丁度いいのかもしれない。
目覚めたヴァシレフは言葉を発することもなく、ずっと無言のままだ。てっきり罵詈雑言を浴びせられると思っていたので、少しホッとする。
「あの、随分大人しいんですけど、今はどのような状態なんですか?」
「今は呪術刻印で意図的に意識障害を起こしている状態です。脳の活動を必要最低限に抑えている感じですね」
マリウスさんの話では、生命維持活動以外の脳の使用を停止しているのだそうだ。
呪術刻印でそんな事が出来るんだ……何だか既に私が知っている呪術刻印じゃ無くなってるような気がするよ……。
きっとこの呪術刻印も、ハルとマリカが開発した一つなんだろうな、と思う。
それからマリウスさんが衛兵さん達に命じて、ヴァシレフを椅子に移動させた。
するとマリカが袋のようなものを取り出し、ヴァシレフにすっぽりと被せて頭と顔を隠してしまう。
「ええっ! マリカ何しているの!?」
「偽アードラーの顔は視界に入れたくない」
「な、なるほど……?」
頭を隠して大丈夫なのかな、と思ったけれど、術式を展開するのに問題はないらしい。
確かにヴァシレフの顔を見たくない私にはとても有り難い。
「えっと、私はどうすれば良いのかな?」
私はマリカに指示を仰ぐ。聖属性の魔力で脳を治癒するとは聞いていたけれど、具体的なことは聞いていなかった。
「ん、偽アードラーの後ろから手をかざして」
「う、うん」
マリカに指示された通りヴァシレフの後ろに回った私は、座らされたヴァシレフの頭の後ろで両手をかざして待機する。
「今から『黒い領域』に接触する。ミアは偽アードラーの様子を見て魔力を流して」
「はい!」
緊張して思わず敬語になってしまったけれど、失敗は出来ないと思い直し気合を入れる。
マリカがヴァシレフの額ではなく頭の上に手をかざすと、被せていた袋に術式が浮かび上がった。
どうやら今まで使っていた身体に刻む呪術刻印ではなく、袋に術式を刻印したようだ。
袋全体に刻まれた術式が光りだすとヴァシレフの身体がビクビクと震え始めたので、脳が壊れないようにとイメージしながら聖属性の魔力を流す。
『黒い領域』に接触してからしばらく時間が経った頃、マリカがヴァシレフの頭上から手を下ろした。
「……幾重にも封印が施されている。この術式じゃ駄目」
「かなり強固な封印なんですね……」
封印を解くことが出来ず、マリカとマリウスさんが残念そうにため息をついている。
ずっと脳内を探っていたからだろう、マリカがかなり疲れている様子だったので、魔法でお水を生成する。
「マリカお疲れ様。これ飲んで」
「ん。ありがとう」
マリカが受け取ってお水を飲むと、身体が淡く光り、疲れた顔色が健康的な顔色に変化していく。
「相変わらずミアの魔力は凄い。身体の中から……あ」
言葉の途中で何かを思いついたのか、マリカが黙ってしまう。おそらく頭の中で考えを整理しているのだろう。
「……ミア、袋に魔力を流して」
「えっ!? 私が?」
「ん。聖属性の魔力なら或いは……」
マリカが袋に書いた術式で調べたところ、『黒い領域』の場所や封印が施されている事がわかったけれど、封印が固くてびくともしないのだそうだ。
「だけど何も反応が無いのはおかしい。魔力の種類かも」
法国の人間が掛けた封印なら、聖属性の魔力に反応するのでは無いか、とマリカは考えたらしい。
「……! わかった! やってみるよ!」
私の魔力が役に立つのなら、幾らでも使っちゃおう。
(出し惜しみする必要はないよね。封印を壊すつもりで魔力を流してみよう!)
ヴァシレフの頭を覆っている袋に手をかざした私は、マリカから教えて貰った『黒い領域』の場所をイメージし、そこに魔力を注ぎ込む。
すると、何か壁のようなモノに遮られる感じがしたので、その壁を突き破るつもりで魔力を叩きつけると、”カチリ”と何かが反応したような手応えを感じる。
(何だかわからないけれど手応えがあった! よーし! このまま魔力を流し込むぞ──!)
魔力にはまだ余裕があったので、魔力切れを起こさないよう気をつけながら魔力を流すと、”ガキンガキンガキンッ”と、歯車が噛み合うような音が頭の中に響く。
(え、なになに!? 何の音!?)
「──っ! 封印が解けた」
私が謎の音に驚いたのと同時に、魔眼で様子を見てくれていたマリカが声を上げた。無事『黒い領域』の封印が解けたようだ。
「なるほど、聖属性の魔力が鍵だったようですね」
「ただの聖属性じゃ駄目だったような気がする。ミアの魔力の波長が特殊だったから」
「ううむ……さすがミア様!」
マリウスさんとマリカは封印が解けてすごく嬉しそう。だけど魔力の波長とか、そんなのがあるとは知らなかった。
「封印は解けたけど、これからどうずればいいのかな?」
封印が解けた『黒い領域』にもう一度接触するのかな、と思っていたら、ヴァシレフの身体が小刻みに震えだした。
「な、何……っ!?」
驚いた私がヴァシレフを見ると、被せていた袋が光に弾き飛ばされる。
ヴァシレフの異様な様子に、何か危険な事が起こるかもしれないと警戒した私は皆んなを守る結界を張ってヴァシレフの様子を窺う。
袋を弾き飛ばした光はすぐ収まって、周りに沈黙が降りる。
全員が息を潜めて見守っていると、ヴァシレフは静かに言葉を紡ぎ始めた。
「──かつて栄えし大国の衰退に従ひ、この天下に暗黒世訪れき。心ばせある者が戦や疫病をもちて減少すと、道徳の退廃進み更なる混迷が天下を襲ひき。わびしき者は貧困の増すにつれ稚児殺し、富むべき者は不道徳なり残虐の極みを尽くしき」
それはこの世界で、遥か昔に起こった実際の出来事なのだろう。今の比較的平和な世界からは想像も出来ない暗黒時代の話だった。
「なほ時の執権が暴政敷き、政と経済は惑ひ極め、天下の者苦しめられき。人々の嘆きが天下満たし、その怨嗟の声は暗き闇となりて日覆ひ隠しき。闇に包まれし天下を救うべく、神はこの天下に異界より導きし神の代理者をやりき。その代理者は名をアルムストレイムといひき」
更に続けられた昔語りの中で、意外な名前を聞いた私は驚愕する。
そして私と同じように驚愕したマリカやマリウスさんが、酷く動揺している気配を感じる。
(え、アルムストレイムって……! 神の代理者なのは知っているけれど、異界から呼び寄せたってことは──!)
私達の動揺も今のヴァシレフにはわからないのだろう。今の彼はただ記録されたものを再生する道具と化している。
「神の代理者なるアルムストレイムは異界で人々を導く聖職者なりき。代理者はこの天下に新たなる教へ産みいだし、その教へは光となりて天下に広まりゆきき。かくし闇に包まれたりし天下はまた光取り戻し、代理者の教へは人々の心に有り続くることとなりき」
ヴァシレフの脳にある『黒い領域』にあったのは、遥か昔にあった出来事の記録だった。
だけどその記憶は人ならざるものを忌み嫌うアルムストレイム教にとって、世に知られてはならない重大な秘密を抱えていた。
「アルムストレイム教を作った人は、始祖様と同じように異世界から来た人だったんだ」
「これは正にアレ教にとって黒歴史」
「誰がうまいこと言えと……っと、失礼しました。しかしアルムストレイム教の開祖が異世界人なのであれば、どうして殿下を目の敵にしていたのでしょう」
朗々とアルムストレイム教の歴史を語り続けるヴァシレフをマリウスさんが眠らせ、私達は話の内容について語り合っていた。
「今日は一旦ここまでにした方が良い」
この牢獄に来て結構な時間が過ぎていたのに気付いたマリカが提案する。
「確かに。ヴァシレフの脳にどれぐらいの情報量があるか不明瞭ですしね。また改めた方が良いでしょう」
あまり遅くなるとマリアンヌが心配するだろうし、ヴァシレフの脳に負担が掛かるのも良くないだろうという事で、私達は地上に戻ることになった。
──結局、そうこうしている内にマリカが忙しくなり、あの日以来ヴァシレフの元へは行けず、ハルが目覚める手掛かりは未だ見つかっていない。
ちなみに『黒い領域』に残された記録──ヴァシレフの声は集音の魔道具にきちんと保存されている。
今後、法国と何か有った時のための保険として、大いに役立って貰うつもりだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
結局、未だ手がかりは見つからず。(ノ∀`)アチャー
ハルの目覚めは当分掛かりそうです。ちなみに作者にも分かりません。(ちょ)
ちなみにヴァシレフが垂れ流した情報の現代訳と、誰も興味がない法国の十二聖省の解説を近況ノートに限定公開予定です。(更新のネタがないとも言う)
拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!
すっごく励みになっています!感謝ー!
次の更新はストックが切れたので、更新が遅れるかもしれません…_(┐「ε:)_
現在、別作の「巫女見習い〜」の執筆に集中していまして。(;・∀・)
8月中はすみませんが、そちらの更新が中心なります。(人∀・)ゆるちて
なので、みこみな(名付け親:ひとえあきらさま)完結後、
ぬりとつ(名付け親:友人)をじっくりと執筆しようと思っています。
次回更新までしばらくお待ち下さい。どうぞよろしくお願いします!
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