199 ぬりかべ令嬢、妖精姫と会う。
身支度を整え朝食を摂り終わった私は、マリアンヌと部屋の前で別れ、皇后陛下の自室へと向かう。
ちなみに朝食は使用人用の食堂で摂るのだけれど、帝国の宮殿の食堂は二つあり、上級使用人と下級使用人で分かれている。
上級と下級の違いは身分の差で、上級使用人は貴族の出身が多いため、食事の質も平民出身が多い下級使用人の食堂とは違うのだそうだ。
だけど帝国は実力主義だから、優秀な人は平民でも上級使用人になれるので、皆が上級を目指そうとするから全体的に使用人の質が高い。
私とマリアンヌはマリウスさんの計らいで、上級使用人として雇用された事になっている。
だからマリウスさんの顔に泥を塗らないためにも必死に働かないといけないのだ。
周りが優秀なだけに気を抜けないけれど、ダニエラさんの教育の賜物か、今のところ注意されること無く仕事に励んでいる。
マリアンヌの方も仕事は順調らしいけれど、周りに女性がいないのが欠点のようだ。「早くミア様のお世話係に戻りたいです!!」と毎日のように言っている。
マリアンヌの職場であるハルの執務室と皇族の居住区は離れているため、仕事中にマリアンヌと会う事はほとんどない。
マリアンヌはそれが不満らしく、マリウスさんに職場の移動を願い出ようと考えているらしい。
……マリアンヌには悪いけれど、きっとマリウスさんはマリアンヌを手放さないだろうな、と思う。
出来るだけマリアンヌの心をケアしてあげようと思いながら、皇后陛下の部屋の前まで来ると、部屋の中から話し声が聞こえてきた。誰かが皇后陛下と話をしているらしい。
こんな早くに来客があるなんて珍しいなあと思いつつ、部屋の中に入って良いものかすごく悩む。
お客さんが帰るまで待っていた方が良いのかな、と思っていると、部屋の扉が開き、中からキラキラしたお姫様が出てきた。
私は慌てて端っこにより、失礼にならないよう頭を下げて礼を執った。
(うわー! びっくりした! すごく可愛いけど、何処の家門だろう?)
皇后陛下に謁見するなら、ややこしい手続きが必要だと聞いたことがある。それは爵位に関係なく、例外なく求められるらしい。
だけどこのお姫様は、皇后陛下のプライベートな空間に出入り出来ている。そう考えると、皇后陛下の親類かそれに親しい間柄なのだろう。
「あら。あなたが新しく入った侍女ですの? 噂通り若くていらっしゃるのね」
すぐ通り過ぎるだろうと思っていたお姫様は、私の姿を目にとめると思い出したように声を掛けて来た。
「お初にお目にかかります、この度皇后陛下のご厚意でお世話させていただくことになりましたミアと申します」
私は頭を下げたまま自己紹介をした。このお姫様の身分がどのようなものかはわからないけれど、不興を買うわけにはいかないという事だけは私にも理解できる。
「……ふぅん。随分可愛い顔をされていますのね。陛下が気に入るのもわかりますわ」
「恐れ入ります」
なるべく目立たないように、当たり障りない返答をしたけれど、何だかお姫様から物凄く視線を感じる。値踏みされているような気がするけれど、きっと間違いじゃないんだろうな、と思う。
「……まあ、良いわ。これからも陛下にご奉仕なさいませ。では、ごきげんよう」
お姫様は私にそう言うと、くるりと背を向けて去っていった。
輝く金色の髪と緑色の瞳が印象的な物凄い美少女だな、と思いつつ、私はその後姿を見送った。
結局お姫様から名前を教えて貰っていないので、何処の家門の令嬢なのかわからなかったけれど、その疑問はすぐに解けた。
「おはよう、ユーフェミアちゃん! 今日も可愛いわね! あら、そう言えば先程ミーナが来ていたのだけれど、もしかしてすれ違ったのかしら?」
「はい、先程扉の前でとても綺麗なご令嬢とお会いしましたが……え、ミーナ……?」
陛下が呼ばれた”ミーナ”という名前に、私は「あっ!」と思う。
それは以前、ハルが教えてくれた女の子の名前で……。
「あの、ミーナ様って、殿下の従姉妹のヴィルヘルミーナ様のことでしょうか?」
「あら、そんな”殿下”だなんて他人行儀だわ。ユーフェミアちゃんなら”ハル”って呼んでくれていいのよ?」
皇后陛下は私にとても親しく接してくれる。その気持はとても嬉しいし、私ももっと親しくしたいと思う。
けれど、ここには使用人として置いて貰っているので、せめてハルが目覚めるまではこのまま一線を引かせて貰うつもりでいる。
「有難うございます。そのお気持ちはとても嬉しいのですが、今の私はあくまで侍女ですから」
私が申し訳なく思いながらそう言うと、陛下は「もう! ユーフェミアちゃんは真面目なんだから!」とプリプリする。
絶世の美女なのに、砕けた雰囲気で怒ったふりをする皇后陛下はとても可愛らしい。私はそんな陛下のことをとても大好きだし、心から慕っている。
「まあ、それはさておき、ユーフェミアちゃんが言う通りミーナはハルの従姉妹よ。ベルンハルトの弟であるイメドエフ大公の娘なの。昔っからハルに懐いていてね、さっきもいつハルに会えるのか聞きに来ていたのよ」
やはりというかなんと言うか、ヴィルヘルミーナ様は皇族の一員だった。
更に陛下から聞かされた昔から懐いていたという話に、何だか胸がモヤモヤしてしまう。
ハルはミーナさんのことを何でもないように言っていたけれど、あんなとびっきりの美少女が昔からハルと一緒にいた──そう思うと、以前抱いた嫉妬の感情が、再び湧き上がってくるのを感じる。
「あら? ユーフェミアちゃんどうしたの? あ! もしかしてヤキモチを焼いているの?」
なるべく顔に出ないようにと気をつけていたのに、皇后陛下には一目でバレてしまったらしい。
こんな些細な、人の顔色の変化一つ見逃さない陛下の洞察力に、私は流石だなと尊敬の念を抱く。
「……はい、ハルとは何でもないとわかっているんですけど……。私の知らないハルを、ミーナさんが知っていると思うと、何だかモヤモヤしてしまうんです……」
さっきまで”ハル”呼びを固辞していたのも忘れ、私は素直に胸の内を陛下に漏らしてしまう。相手がハルのお母さんというのもあるけれど、陛下には私が弱音を漏らしても受け止めてくれるような、そんな包容力を感じるのだ。
「その気持わかるわぁ……。ふふ、ユーフェミアちゃんは本当にハルを好きでいてくれているのね。だったら、私が昔のハルのことを教えてあげるわね」
皇后陛下はそう言うと、とても優しい微笑みを浮かべながら、子供の頃のハルの話を聞かせてくれた。
ハルが生まれた時、始祖様と同じ黒髪ですごく驚いたこと、皇帝が大喜びして国を挙げて一ヶ月お祝いしたこと、小さい頃は悪戯好きで宮殿中の人間を困らせたこと……。
「あの子は本当に勉強が嫌いで、いつも授業をサボっていたわ。だけどある事件があった後は、人が変わったように勉強に励むようになったの」
皇后陛下が言う”ある事件”が何か、考えるまでもなく──。
「あの時、ハルはユーフェミアちゃんと出逢ったのよね」
思わずハッとして皇后様を見ると、そこには私が大好きな人と同じ空色の瞳が、優しい眼差しで私を見つめていた。
「あの子、ユーフェミアちゃんを迎えに行くために、大嫌いな勉強も進んでするぐらい、すごく頑張っていたのよ。きっと格好良いところを見せたかったのね」
皇后陛下は懐かしそうに言った後、「ハルにはバラしちゃったこと内緒にしてね」といたずらっぽく微笑んだ。
「ハルを助けてくれた人がユーフェミアちゃんで本当に良かったわ」
──私はその言葉に、色んな意味が込められていることに気づく。そしてその一言で、私の胸のモヤモヤが綺麗に晴れていくのを実感する。
私はこんなに素敵な人が、大好きな人のお母様であることに心から感謝した。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
随分と更新が遅くなってしまい申し訳ありません!
本当はもう少し後で公開する予定でしたが、一旦書き始めると止まらないのか、もう一話書き上がったので、年末のご挨拶も兼ねてこちらを公開することにしました。
来年もマイペースでのんびり更新していきますので、懲りずにお付き合いいただけたら幸いです。
目標としては「花屋」の完結と、本作のタイトル回収(第二部完結)でしょうか。
それと最近書き始めたお話もあるのでそちらも完結させたいと思ってます。
本年は大変お世話になり有難うございました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします!( ´ ▽ ` )ノ
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