200 ぬりかべ令嬢、目撃する。
ハルの従姉妹であるミーナさんは『妖精姫』と呼ばれるだけあって、ものすごい美少女だった。
私が知らない昔のハルを知っているミーナさんに、思わず嫉妬の感情が芽生えかけたけれど、皇后陛下のおかげで醜い感情を綺麗に晴らすことが出来た。
「……有難うございます、陛下。これからはヤキモチを焼かずにすみそうです!」
「あらあら。陛下じゃなくて”お母様”って呼んで欲しいわ。それにヤキモチを焼いても良いのよ? ハルなら喜んで受け止めてくれるわよ?」
ハルの直球で相手に考えを伝えるところは皇后陛下似なのかもしれない。そう言えば以前王国で私がヤキモチを焼いた時、確かにハルは喜んでくれていたのだ。
私は喜んでくれたハルの、笑顔と言葉を思い出す。
『やべっ! どうしよう、俺すっげー嬉しい!!』
皇后陛下の言う通り、ハルはきっと、どんな私でも受け止めてくれるだろう。そして私も、どんなハルでも受け止めたいと思う。
(母親ってすごい……! そんなことまでわかるんだ……!)
私は改めて皇后陛下を尊敬する。だからその分、陛下の希望を叶えてあげられないことを申し訳なく思う。
「……申し訳ありません。今はどうしても呼べないんです……! でも、ハルが目覚めたらその時は……是非”お母様”と呼ばせてください」
「ユーフェミアちゃん……。そうね、全てはハルが起きてからよね。ふふ、その日が待ち遠しいわ」
「はい、私も楽しみにしています!」
どこまでも優しく、愛情深い皇后陛下のためにも、私は一刻も早くハルに目覚めて欲しいと願う。
それから私は、皇后陛下の今日の予定を聞き、侍女長から仕事を割り振って貰った。
その仕事の中には勿論ハルのお世話も含まれていて、朝・昼・夕方にハルの部屋へ行くことになっている。
これも皇后陛下が配慮してくれたのだと思うと、ホント頭が上がらない。
私は皇后陛下の部屋から出て、ハルが眠る部屋へと向かう。
皇帝陛下と皇后陛下の部屋は隣同士だけど、ハルの部屋は少し離れた場所にあるのだ。
私がハルの部屋へ向かっていると、何やら騒々しい声が聞こえてきた。方向的にハルの部屋がある場所だ。
何だろうと思いつつ、そっと近付いてみると、先程会ったばかりのミーナさんが、師団員の人に怒っていた。
「……──ですから、お通しすることは出来ません!」
「わたくしは一目お兄様のお顔が見たいだけなのです!! それなのにどうしていけませんの?!」
「この部屋に入るには陛下の許可が必要です! いくら貴女様がイメドエフ大公家の方だとしても、勝手に入ることはできません!」
「だけど──!!」
ミーナさんの様子を見る限り、彼女は皇后陛下からハルとの面会許可を貰うことは出来なかったようだ。
ハルが意識不明だという事実は、ごく一部の人にしか知らされていない極秘事項だから、例え皇族のミーナさんでもそう簡単に面会許可は貰えないのだろうけど……他にも何か理由があるような気がするのは、考えすぎだろうか。
(うーん、このタイミングで私が出ていくと、もっと話がこじれそうだよね……)
さっきミーナさんと会った時、何となく私に対して思う事があるような雰囲気を出していたので、私がハルの世話を任されている事は彼女に知られない方が良いだろう。
「いいからここを開けてくださいまし!! わたくしが会いに行けばお兄様も喜ばれますわ!」
「いや、だから駄目ですって! 陛下に認められた使用人しか通すなとの命令ですから!!」
師団員の人が無理を通そうとするミーナさんを諌めようと頑張っているけれど、ミーナさんも負けていない。
「どうして使用人がよくてわたくしが駄目ですの?! その使用人は誰か教えて下さいまし!! わたくしが代わりにお兄様のお世話をいたしますわ!!」
(うわー! どうしよう……! 私のことはバレないようにしないと!)
ミーナさんの興味が私に向かうのはできるだけ避けたいのに、どんどん追い込まれているような気がする。
「ヴィルヘルミーナ様」
師団員さんとミーナさんのやり取りを見守っていると、聞き覚えのある声が廊下に響いた。
そうっと様子を窺うと、部下を引き連れたマリウスさんがハルの部屋の扉の前に立ち塞がり、ミーナさんと対峙していた。
ハルとの面会を阻まれたミーナさんの怒りの矛先が、マリウスさんへと向かう。
「マリウス……! 一体どういうつもりですの?! 貴方までわたくしの邪魔をするつもり?!」
「我々の職務の邪魔をしているのは貴女でしょう。殿下はしばらく安静にする様にと言われています。それなのにこの様に騒がれては治るものも治りません」
「……っ! それは貴方達がお兄様に会わせて下さらないからでしょう?! もうお兄様が部屋に籠もられて一ヶ月が経ちますわ!! 貴族や国民達も不審がっておりますのよ?!」
王国から戻ったハルが姿を見せないから、帝国中の人々がハルを心配しているようだ。事情を知らなければ、私だって不安でたまらないだろうな、と思う。
「その件に関しては何度も説明しましたよね? 殿下は長旅で疲労が溜まったところに感染症に罹られたと」
「それはお聞きしましたわ! ですから、わたくしがお兄様のお世話をすると申しておりますの!!」
「この病気は人から人へ感染する病気です。潜伏期間がありますから、感染したと気付かず歩き回り、病気をばらまく可能性があるのですが……ヴィルヘルミーナ様はそれをお望みで?」
「……わ、わたくしはそんなこと……っ!」
「ならばどうかお引取りを。殿下のお世話は専任の使用人に任せておりますので」
皇族の一員で、大公閣下の息女であるミーナさんに対しても、マリウスさんは一歩も引かず堂々としている。
悔しそうに涙目を浮かべたミーナさんが、ギロッとマリウスさんを睨みつけるけれど、マリウスさんはそれを飄々と受け流す。
「イルマリ、公女様をお送りしろ」
「え。……わかりました。さあ、ヴィルヘルミーナ様戻りましょう」
マリウスさんに命令されたイルマリさんという人が、ミーナさんを優しくエスコートする。もう慣れっこなのか、すごく所作がスマートだ。
先程まですごい剣幕で怒っていたミーナさんも、これ以上は無駄だとわかっているのだろう、素直にイルマリさんに従っている。
ミーナさんとイルマリさんが去って行き静かになったところで、マリウスさんが私が隠れている方向へと振り向いた。
「ミア様、もう大丈夫ですよ」
「あ! は、はい、有難うございます……。私がいるってご存知だったのですね」
見付からないように気をつけていたつもりだったけれど、マリウスさんにはバレバレだったらしい。
「精霊が教えてくれましたから。ヴィルヘルミーナ様がここで我儘を言っていると知らせてくれたのも精霊なのですよ」
「わぁ……っ! 本当にすごいですね! 精霊さんと会話できるなんて本当に羨ましいです!」
マリウスさんは精霊に近いと言われるエルフの血を受け継いでいるから、精霊と意思疎通が出来る貴重な、数少ない存在なのだと聞いたことがある。
「私の場合は会話できるほどではありませんけどね。それを言うなら殿下の方が凄いですよ。精霊と同期してその力を借りることができるのですから」
「え! そうなんですか?! 確かにやたら精霊さんに好かれているな、とは思っていましたけど」
マリウスさんから教えて貰った話では、精霊さんの力を借りられるような存在は生粋のエルフにもいるかどうかわからない程珍しいのだそうだ。
「殿下は<人外ホイホイ>と言われるぐらい、異種族に好かれていますからね」
そう言えばハルは飛竜さんにも随分好かれていたな、と思い出す。わかっていたこととはいえ、この世にどれぐらいライバルがいるのだろうと考えると心配になってくる。
「殿下の頭の中にはミア様のこと以外ほとんど入っていませんから、心配されなくても大丈夫ですよ。ちなみに残りは魔法と飛竜のことですけどね」
鋭いマリウスさんには私の考えなんてまるっとお見通しらしい。面白おかしく言われて思わず私もクスっとする。
それにしてもマリウスさんといい皇后陛下といい、帝国には鋭い人が多すぎではないだろうか。
「では、殿下のことをよろしくお願いいたします」
どうやらマリウスさんはミーナさんを諌めるために、わざわざ来てくれたらしい。
「はい、有難うございました。あ、私からもマリアンヌをどうかよろしくお願いします」
マリウスさん専属の侍女になったマリアンヌだけど、姿は見えないから執務室に残っているのだろう。
「勿論です」
私の言葉に、マリウスさんは自信たっぷりに微笑んだ。何だかとても楽しそうだ。
そうして、颯爽と去っていったマリウスさん達を見送った私は、師団員さんに挨拶をしてハルの部屋に入れて貰う。
先程のやり取りを見てしまうと、ミーナさんに何だか申し訳なく思ってしまうけれど、私はハルの目覚めを最初に知りたいと思うし、何より一番近くにいたいから、ハルのお世話を譲る気は全く無い。
私は気を引き締め、今は自分にできることを精一杯するのだと、気合を入れながらハルが眠る奥の寝室へと向かった。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
昨年中は拙作にお付き合い頂き有難うございました!
本年もどうぞよろしくお願いいたします!
…というわけで、ご挨拶代わりに更新してみました。
マリウスさん容赦ないです。鬼畜眼鏡なので。(言い方)
次のお話は
「201 ぬりかべ令嬢、介護する。」です。
タイトルまんまです。(ちょ)
そしてタイトル回収の3分の2?です。200話過ぎてやっと…!_(┐「ε:)_
あと100話以内にタイトル回収が終わればいいな。(おい)
次回もどうぞよろしくお願いいたします!(*´艸`*)
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