193 ぬりかべ令嬢、帝都に到着する。

 帝国の帝都へ向かうゴンドラの中、マリカやディルクさん、マリウスさん達が意見交換を行い、ハルを眠りから覚ます手掛かりを見つけてくれた。


「殿下が目覚めない以上、我々では『黒い領域』に対して手の打ちようがなく……。ずっと歯痒い思いをしていたのですが、お陰様で一歩前進出来そうです」


 マリウスさんがほっとした表情で微笑んだ。

 ずっとハルを助けようと頑張っていたものの、一向に手掛かりが見つからなかったからだろう、再会した時は憔悴していた様子だったけれど、今は随分と表情が明るくなって、いつものマリウスさんに戻ったような気がする。


 本当にヴァシレフの「黒い領域」に手掛かりがあるかはまだ分からないけれど、それでも今は希望を持っていたいな、と思う。


 始めのような緊張感がすっかり払拭されたゴンドラ内は穏やかな雰囲気となり、今は皆んなお茶やお菓子を楽しむ余裕が出てきている。


「このほうじ茶って美味しいね。マリアンヌがいた世界にはどんなお茶があるの?」


「そうですね……私が暮らしていた国で作られていたのは主に『緑茶』と言うお茶で、その名の通り綺麗な黃緑色で、爽やかな味わいなんですよ」


 マリアンヌの前世の世界では世界中でお茶が作られていて、数え切れない程種類が多いと聞いて感心する。

 きっとこの世界では味わえないお茶がたくさんあるのだろう。


 そうして飛竜さんの休憩をはさみながら、私達はのんびりとゴンドラの旅を楽しんだ。


 マリカとディルクさんは優雅に読書。アル王子はレグをもふもふしていたけれど、嫌がったレグの反撃で肉球パンチを受けている。だけどアル王子の顔はとっても嬉しそう。


 そんな中、モブさん達と打ち合わせしていたマリウスさんが私の方へやってきた。


「ユーフェミア様にお伝えしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「はい、何でしょう」


「宮殿に到着してからの予定ですが、まずユーフェミア様には皇帝陛下に謁見していただきたく存じます」


「えっ!?」


 宮殿に到着したらすぐにでもハルのもとへ行きたかったけれど……そうだよね。よく考えたらまずは陛下にお目通りいただかないと駄目だよね。


「……わかりました。では、謁見前にお部屋をお借りすることは出来ますか?」


(超大国の皇帝陛下とお会いするのにあまり質素なドレスだと失礼だろうし……)


 本当はドレスに着替えて身だしなみを整えたいところだけれど……そんな立派なドレスなんて持ってきていたっけ、と心配になる。


「いえ、そのまま謁見の間に直行いただいて大丈夫ですよ」


 だけど私の心配を他所に、マリウスさんは着替える必要はないと言う。


「え、でも……。こんな普段着のワンピースでは不敬じゃないですか?」


「ご心配には及びません。陛下はそのような事を気にする方ではありませんから」


 マリウスさんが大丈夫だと言ってくれるのならその通りなのだろう。ハルのお父さんだし、ハルと性格が似ているのならきっとおおらかで優しい人に違いない。


「はい、わかりました」


「それと、間もなく宮殿に到着しますので、ここから降りられる時はこちらのベールを被っていただけますか」


 マリウスさんはそう言うと、私の身体がすっぽり入る大きさの白いベールを渡してくれた。ベールの縁には花模様のレースがあしらわれていてとっても可愛い。


「うわぁ……! マリアベールですね! すごく綺麗……!」


 マリアンヌがベールを見て喜色を浮かべている。確かに繊細なレースが施されたベールは自然な光沢の優しい雰囲気でとっても素敵だものね。


「これは……興味深い」


 マリカもベールに興味津々だ。マリカが以前作ってくれた魔力隠蔽のストールと何となく似ているからかもしれない。


「マリウスさん、これは……?」


「こちらは視覚阻害と認識阻害の魔法が掛けられたベールです。ユーフェミア様の存在は未だ公に出来ませんので」


 魔法が掛けられたベールを纏うと、私の姿が見えなくなるのだそうだ。皇帝陛下に謁見するまではこのベールを被っていて欲しいとの事だった。


「ユーフェミア様には大変申し訳ありませんが、殿下が目覚められるまでのしばらくの間、このような措置を講じさせていただきたく存じます」


 三大国の中でも突出して世界に影響を及ぼす帝国の次期皇帝であるハルの動向は、良くも悪くも世界中の国々から注視されている。

 だけどハルが意識不明の時に婚約者である私の存在が知られると、予測不可能な事態が起きかねないので、宮殿の人間にもなるべく秘密にしたい、との事だった。


「宮殿内には各国の諜報員が紛れ込んでいますから。それに帝国の貴族であっても警戒を怠る訳にはいきませんので」


 きっと宮殿内では色んな陰謀が渦巻いているのだろう。それに加えて次期皇帝であるハルがお年頃だからどんな令嬢と婚姻を結ぶのかという情報は、非常に重要となる。


 ハルのお相手によって世界情勢が変わる可能性があるからだ。


 普通の平民ならともかく、相手は帝国の皇太子──だからと言って、ハルとずっと一緒にいたいという私の気持ちは変わらない。その為に何をするべきか考えた私はマリウスさんに提案する事にする。


「マリウスさんに提案……と言うよりお願いがあるのですが」


「はい、何なりとお申し付けください。ユーフェミア様のお望みは出来る限り叶えさせていただきます」


 マリウスさんが恭しく礼を執る。


「私を宮殿内で働かせて欲しいのです。出来ればマリウスさん付きの使用人として」


「……! それは……」


 以前ハルの正体を知った時、余りの身分差に側にいるにはどうすればよいか考えた事があったのを思い出す。その時宮殿で働けばどうだろうと考えたのだ。


「宮殿の使用人としてでも良いのですが、そうなると何処の所属になるかわかりませんし……。マリウスさんの側だったらハルと面会する時に怪しまれないかな、と思いまして」


 それに私にはランベルト商会の人達が授けてくれた変装技術があるものね!

 地味な容姿になれば宮殿内をうろついても目立たず情報収集が出来るかもしれないし!


「なるほど、それは確かに合理的で無駄がありませんね。……わかりました。その様に取り計らうよう手配させていただきます」


 もしかしたら反対されるかも、って思っていたのでマリウスさんに許可を貰えてほっとする。


「ちょーっと待ったぁ!!」


 だけどほっとしたのも束の間、私の提案にマリアンヌからストップがかかる。


「未来の皇后たるミア様を働かせるなんて言語道断です! なら、私がミア様の分まで働いてミア様を養います!! だからミア様は殿下の事だけを考えてください!」


 マリアンヌは私が働くのに大反対だ。主人である私が働くなんて、専属使用人のマリアンヌにとって許容出来ないのだろう。


「では、ユーフェミア様とマリアンヌ嬢は姉妹で私に雇用されたという案はどうでしょう」


「……は?」


 マリウスさんの提案にマリアンヌが硬直している。

 まさかの姉妹設定だけれど、私はその設定に「なるほど!」と感心する。


「私が変装した姿はマリアンヌとよく似ていますものね!」


「殿下を見送りに来られた時、変装されたユーフェミア様とマリアンヌ嬢がとても似ておられたのを思い出しまして」


 姉妹だとマリアンヌと一緒にいても不自然じゃないものね。それにお互い協力しやすくなるし、連携も取れるからすごく良いかも!


「すごく良い考えだと思うんだけど……マリアンヌ、駄目かな?」


 私がマリアンヌを窺うように見上げて聞いてみると、マリアンヌは「うっ!!」と胸を押さえ顔を赤くしてプルプルと震えている。


 そんなマリアンヌに追い打ちをかけるかのように、マリウスさんがマリアンヌに近づき、耳元でそっと囁いた。


『通常であれば貴族と使用人の部屋は別々ですが、お二人には同じ部屋をご用意させていただきますよ』


 マリウスさんが何を話しているのか私にはわからないけれど、言い終えたマリウスさんはにっこりとマリアンヌに微笑んだ。


 そんなマリアンヌは真っ赤に染まった顔で耳を押さえ、ふるふると震えながら涙目でマリウスさんを睨みつけた。


「こっ! この……っ!! ……くっ! わかりました! わかりましたよもうー!!」


 何故か頭を抱えて悔しがるマリアンヌと、フッと笑うマリウスさんを見た私は楽しそうだな、と思う。


 マリウスさんのおかげでマリアンヌも反対はしないみたいだし、宮殿に着いたらもう一度マリアンヌと一緒に働けるんだと思うと、久しぶりなのでちょっと楽しみだ。


「あ、宮殿が見えてきましたよ!」


 マリアンヌがマリウスさんに睨みをきかせる中、モブさんがゴンドラの窓を指差しながら教えてくれた。

 私はモブさんが譲ってくれた窓からひょっこりと外を覗いてみる。すると、整然とした街並みに沢山の人が行き交っている光景が目に飛び込んできた。


「えっ!? 馬車や荷車と人が別々の道を歩いている……!」


 王都では人も馬車も同じ道だったから驚いた。しかも道の所々で青と赤の光が点灯しているし。


「うわぁ……! すごい! 『信号』がある……!!」


 マリアンヌも帝都の街並みにすごく驚いている。どうやら異世界の街並みを再現したというのはこの事のようだ。


 建物が綺麗に並び、活気づいている街並みのその向こうに、広大な敷地が見えてきた。

 塀で囲まれてはいるものの、その敷地には森と湖があり、川まで流れている。そして噴水を中心に花壇や並木、通路、池などが左右対称に配置された庭園があった。


 奥行きと広がりを見せる庭園の先にある宮殿を見た私は息を飲む。あまりに繊細な建築の見事さに、まるで時が止まったような感動を覚えたからだ。


「うわぁ……! すごく豪華絢爛な宮殿ですね……! 高さが三階なので威圧感がない分、美しさで圧倒されてしまいます!」


「凄い! これってバロック建築? ゴシック建築? どっちにしても凄いです!」


 宮殿を初めて見る私とマリアンヌは大はしゃぎだ。王国の「白雪城」とは全然違う建築様式がとても興味深い。


 ──そうして、帝都や宮殿の素晴らしさに感動しているうちに、私達は宮殿に到着したのだった。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ


拙作にお☆様、♡やコメント本当に有難うございます!

めちゃ嬉しいです!とても励みになっています!


次のお話は

「194 ぬりかべ令嬢、宮殿に到着する。」です。

宮殿の様子がちらっとわかります。(更にムダ知識)

そしてようやくハルの両親が登場です。

次回もどうぞよろしくです!



とりあえず宣伝でーす。( ´ ▽ ` )ノ

本作、ぬりかべ令嬢と同じ世界のお話、

「巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。」

を只今連載中です!


ぬりかべキャラがチラホラと出演しています。(名前だけ)

本作よりアレ教について詳しく書いていますので、興味がある方はぜひ!


両作品共々、よろしくお願いいたします!(*´艸`*)


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