192 ぬりかべ令嬢、手掛かりを見つける。

 マリウスさんからハルを襲った秘礼神具の事を教えて貰った私は法国の裏の顔を知った。

 そして魔神を滅ぼすための武器を人間であるハルに使用した事で、法国はどうしてもハルを殺したかったのだと理解する。


 法国の話を聞けば聞く程、その残虐性が浮き彫りになって行く。

 法国は神の御名のもと、本当にこの世界の人々を正しき道に導いてくれるのだろうか……。


「……あの、秘礼神具について随分詳しいみたいですが、アードラ……ヴァシレフから聞き出したのですか?」


 法国の闇の部分に深く関わっていたという事だから、秘礼神具についても詳しいのは納得だけれど、そう簡単に情報を渡すものだろうか。


「その点に関してはマリカさんが協力して下さったおかげで簡単に情報を手に入れる事が出来ています。本当に凄いですね、<呪術刻印>は」


「え……っ!?」


 驚いた私はマリカの方を振り返る。私と目が合ったマリカはこくりと頷いた。


「……そう、あの時覚えた術式を改良した」


 私とマリカがアードラー伯爵邸で監禁されていた時、エフィムから<呪術刻印>の事が書かれた魔導書を見せて貰っていたけれど……。


「でも私一人だけじゃない。ハルと一緒に術式を組み上げた」


「ハルが……?」


 私が眠っている間にハルと一緒にそんな事をしていたなんて……!

 しかも<呪術刻印>だけでなく、他にも色々と研究していたらしい。


「マリカさんが殿下と協力して組み上げた術式は大変素晴らしいのですよ。人間の脳に記憶されている情報を効率よく引き出せるので、尋問や拷問の手間が省けてとても助かっています」


 私が知ってる<呪術刻印>は理性が失われたり痛覚を快感に変換したけれど、マリカ達が組み上げたのは人間の脳──記憶を司る大脳皮質や側頭葉、海馬など──に働きかけ、その人が持つ情報を手に入れる事が出来る術式なのだそうだ。


「だから秘匿されていた秘礼神具の事を聞き出せたのですね。それならハルを目覚めさせる方法について何か手掛かりはありませんでしたか?」


 ヴァシレフは法国の闇の部分に深く関わっていたらしく、かなり重要な情報を持っていると言われていた。だから法国はヴァシレフの身柄を引き渡すようにしつこく王国に要求していたのだろう。

 私はそんなヴァシレフなら、きっと何か手掛かりを持っているだろうと思ったのだけれど。


「ヴァシレフに確認しましたが、奴も心当たりはないとの事でした。こちらの方でも<魂の核>の修復方法はないか文献などを調べてみたのですが、手掛かりは何も見付けられませんでした」


 マリウスさんの事だから、それはもう血眼になって手掛かりを探してくれたはず。だけど結果は思わしくなかったと、とても残念そうにしている。


(聖属性の魔力でどうにかできれば良いけれど、<魂の核>なんて人間がどうこう出来るものじゃなさそうだし……法国の教皇や司教みたいな上位の人なら何か知っているのかな……?)


 もし法国に手掛かりがあるのなら私は迷わず法国に向かうだろう。

 ハルを襲った法国にはなるべく関わりたくはないけれど、そうも言っていられない。


「あの、宮殿に着いたらヴァシレフに面会する事は出来ますか?」


 あの人にはもう二度と会いたくないけれど、まだ何か知っている可能性があるならもう一度会ってみたい。


 私がマリウスさんに尋ねると、お茶を飲んでいたマリカが「私も同行したい」と申し出た。


「マリカはヴァシレフに会って大丈夫なの? 怖くない?」


 アードラー邸で起こった出来事はマリカの心に大きな傷を残し、トラウマになっているのではと心配だった。だけどマリカはふるふると首を振って「大丈夫」だと言う。


「ニセアードラーには既に二回会っている。平気」


「あれ!? もう二回も会ってたっけ!?」


 確か裁判の時、マリカは証人として出廷したから法廷で一回会っているのは知っていたけれど、他にも会う機会があったとは!


「ニセアードラーに刻印した時」


 てっきりハルが刻印を刻んだと思い込んでいたけれど、術式は二人で開発したんだものね。そりゃ確認のために付き添うよね。


「その時ハルが言っていた言葉が気になる」


「その言葉って……?」


「刻印はちゃんと発動したけど、『黒い領域がある』って」


 ハルはヴァシレフに刻印を刻んだ時、光魔法でヴァシレフの脳内を走査したらしい。その時、脳の一部に走査できない部分があったと言っていたそうだ。

 でも尋問は問題なく出来たので今のところ問題はないだろう、とその件は一旦保留になったらしい。


(帝国へ戻る準備もあったし、ハルは多忙だったものね……)


 マリカは一瞬、その黒い部分は脳の病気なのではと思ったらしい。

 けれど、もしかするとその領域に何か手掛かりがあるかもしれないと考えたマリカは、私がヴァシレフに会うのなら、ハルが言っていた『黒い領域』について調べたいから手伝って欲しいという。


「もちろん! 私が役に立つならいくらでも手伝うよ!」


「ん、気になっていたから嬉しい」


 マリカと二人で微笑みあっていると、マリウスさんが「私も殿下から聞いた話があります」と、ハルが言っていた話を教えてくれた。


 マリウスさん曰く『黒い領域』には鍵のようなものが掛かっており、特定の条件を満たさないと内部に接触出来ない仕様になっているとハルが言っていたらしい。

 マリカが思っていた通り、『黒い領域』は病気ではなかったようだ。

 外部から無理やり接触しようとすると領域全体が破壊される可能性があるため、ハルも解析出来なかったという。


「殿下の予想では、その領域は人為的に作られたものではないかと。何者かが何らかの目的のために奴の脳にそのような領域を作ったのだろう、と」


 法国がしつこくヴァシレフの身柄を引き渡すように要求してくるのは、ヴァシレフの脳にある『黒い領域』を守るためではないか、とハルは考えていたらしい。

 だからヴァシレフが尋問官をしていた時に問題を起こしても処分されず、身分を詐称してまで生かされていたのだろうとも。


「もしかして人間の脳を保管庫代わりにしているかもしれない」


「え!?」


 私はマリカの言葉に凄く驚いた。脳を保管庫にって、そんな事が可能なのだろうか。


「そう言えば文字が出来る前の時代や、文章では残せない伝承を口伝・口承という形態で後世に引き継いでいくと聞いた事がありますよ。マリカの仮説通りなら、形に残せない情報を口伝として脳に保管しているのかもしれませんね」


 ディルクさんの話に、ヴァシレフの脳に重要な情報がある可能性がどんどん高くなっていく。


「人間の脳の記憶容量はかなり多いという事が分かっていますから……その領域だけでもかなりの情報量でしょう」


「でも、どうしてヴァシレフを保存庫に選んだのでしょう? かなり性格に問題があると思うんですけど」


 実際問題起こしまくっているし、明らかに人選ミスだと思う。もしかして昔は良い人だった……って、それは無いか。


「ニセアードラーは闇属性。精神に影響を与える」


「なるほど。精神に影響を与えるという事は脳にも影響を与えるという事ですからね。そう考えると闇属性を持つ人間の脳は保管庫に向いているのかもしれません」


 マリカとマリウスさんの話にすごく納得出来た。ヴァシレフが選ばれたのはきっと闇属性持ちだったからだろう。


「ヴァシレフの『黒い領域』に何かあるのはわかりましたけど、ハルが言う鍵を開ける方法はあるんですか?」


 こういうのは慎重に事を進めないと! 領域に無理やり干渉してせっかくの手掛かりを壊したくはないものね。


「解錠方法はわからない。けれど、ミアがいれば何とかなる」


「私が?」


「ミアの魔力で脳を保護する」


 マリカは私の魔力でヴァシレフの脳を守っていれば最悪、解錠方法を間違えていても『黒い領域』は無事だろうと予想しているそうだ。


「なるほど! 脳が壊れる度に私が治せばいいんだね!」


 ハルを目覚めさせられる手掛かりを見つけた私は、嬉しさの余り張り切ってしまったけれど……。


「……ミア様、流石にそれはグロいです……」


「姐さんってば容赦ないな……」


 思わず口から出た私の言葉に、マリアンヌとアル王子は青い顔でブルブルと震えていた……もちろんモブさん達も。



 * * * * * *



お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ

次のお話は

「193 ぬりかべ令嬢、帝都に到着する。」です。

帝都の街並みがちらっとわかります。(ムダ知識)


近況ノートにも書いていますが、こちらでもお礼をば。

お☆様に♡やコメント本当に有難うございます!とても励みになっています!


もう一度宣伝ー。

本作、ぬりかべ令嬢と同じ世界のお話、

「巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。」

を只今連載中です!( ´ ▽ ` )ノ

ストックが無くなるまで毎日更新中ー。(そろそろ無くなりますが←)

そのうちぬりかべのキャラが出演するかも…?です。(予定は未定)

本作よりアレ教について詳しく書いていますので、興味がある方はぜひ!


両作品共々、よろしくお願いいたします!(*´艸`*)


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