191 ぬりかべ令嬢、悪巧みを聞く。
異世界人だった前世の記憶を持つ事をマリウスさんに知られたマリアンヌは、そのマリウスさんの頼みで禁書の解読を手伝う事になった。
「マリアンヌ嬢、どうぞよろしくお願いいたします。また後日詳しい話をさせて下さい」
「あ、はい! こちらこそよろしくお願いします! 精一杯頑張ります!」
マリウスさんと挨拶を交わしていたマリアンヌがハッと何かに気付いた素振りをすると、心配そうな表情で私を見る。
「そう言えばミア様、もう震えは大丈夫ですか?」
マリアンヌに言われてそう言えば、と思い出す。
「うん。マリアンヌが淹れてくれたほうじ茶を飲んだら元気になったよ」
実際、先程の震えはすっかり止まっている。マリウスさんとのやり取りでそれどころじゃなかったというのもあるけれど、マリアンヌおすすめのお茶だけあって、ほうじ茶のリラックス効果が高いおかげだろう。
いつも私を気にかけてくれるマリアンヌの存在は本当に有り難い。本人の希望だったとは言え帝国について来てくれて良かったな、と心から思う。
「ここでマリアンヌ嬢に禁書解読をお願いした件は、帝国皇室禁秘事項に該当しますのでくれぐれも内密にお願いいたします」
マリウスさんがよく通る声で私達に告げ、それぞれが真剣な顔で頷いた。他国の王子様であるアル王子も「わかった!」と元気良く返事をしている。
(そもそも禁書の存在自体が秘密だものね。それに異世界の知識って物凄く価値があるんじゃ……って、あれ……?)
私はふと考えた後、はたと気が付いた。
帝国が他の国より文化水準が高いのはひとえに異世界の技術を再現しているからだ。
魔道具の制作に於いて先進国だった魔導国でさえ、最近は帝国に追い抜かれつつあるのに、そこへ異世界の知識かあり言語を解読できるマリアンヌが存在するとなると……帝国は計り知れない影響力を持つ事に──!
そう考えたら、このゴンドラの中には天才魔道具師のマリカと帝国一の大商会の次期会頭ディルクさん、異世界の知識を持ったマリアンヌという、魔道具界に影響を及ぼす三人が揃っている……!!
更に帝国の次期宰相候補と獣王国の次期国王候補もいるのだ。なら世界に影響を及ぼす人材が五人も……!?
……なんか凄いメンバー過ぎてイマイチ実感が湧かないけれど。
マリアンヌが異世界の記憶があるって内緒にしていたのは正解だったな、と思う。
もし公にしていたら色んな国や研究機関から狙われていただろう。
(これからは私がマリアンヌを守ってあげないと!)
私は志も新たにマリアンヌを守ろうと心に誓う。そして宮殿に到着して落ち着いたら彼女のお守りに効果を付与しようと心のメモに記す。
「では、先程の話の続きですが……。王子に呪いを掛けた人物については追々調査するとしても、正体を突き止めて身柄を要求するのは難しいと思われます。相手が法国の上級聖職者であればほぼ不可能かと」
私はマリウスさんの言葉にやっぱりな、と思う。
ただでさえ秘密主義の法国が自国の人間の情報を差し出す訳がない。
その人物が高位の聖職者なら尚のこと。
(だけど獣王国だって王子が呪いに掛けられてこのまま黙っているなんて出来ないだろうし……)
国の沽券に関わる事だから慎重にいかないと、仲が悪い二国の関係が更に酷くなってしまう……なんて考えていると、アル王子がケロッとした顔をして言った。
「あ、マリ兄、あの聖職者の事は探さなくてもいいよ!」
その言葉を聞いて、もしかして呪いを掛けた聖職者を不問にするつもりなのかな、と思いアル王子を見ると、ニヤリと何かを企んでいる顔をしている。
「……何か考えがありそうですね」
マリウスさんもアル王子の顔を見て何かに気付いたらしく、王子と同じようにニヤリと笑った。
(うわ……! 何だか悪巧みしてるような顔だけど……大丈夫かな……)
二人の表情を見たマリアンヌが私の後ろでぼそっと『悪代官と越後屋……!』と呟いている。どうやら異世界にも二人に似た人がいるらしい。
「あの聖職者は俺の事を上層部か教皇に報告すると思うんだ! それを聞いた法国の奴らはきっと『獣王国の王子は行方不明』だと思い込むんじゃないかな!」
「なるほど。王子が行方不明のまま戻らないとなった獣王国は大騒ぎになると法国は予想するでしょう。更に聖獣様が不在のため<ディーレクトゥス>も開催されず、国中が混乱に陥ると考えたとすると……」
「獣王国は事態を収拾する為にしばらく身動きが取れないはずと思った法国が、その隙に何か仕掛けようとするかも!」
「そうして油断した奴らを返り討ちにするのですね?」
「うん!」
アル王子とマリウスさんの会話で色々察したけれど、国同士の話だし私が出来る事は何もなさそうだ。
だけど危険な事には変わりないので、どうか怪我などしませんように、と心の中で祈っておく。
アル王子の話が終わった後、私はマリウスさんにハルの容体を聞いてみた。スマフォンからの報告で大体の事は聞いていたけれど、一番詳しいだろうマリウスさんに直接聞いてみたかったのだ。
「あの、マリウスさん。ハルの容体はどうですか? やはり変わりはありませんか?」
「……そうですね。ずっと眠られたまま目覚める気配がありません。ただ、ユーフェミア様が作られた聖水や<神の揺り籠>が無かったら殿下は命を落とされていたでしょう。ユーフェミア様には陛下や皇后様もとても感謝しております。本当に有難うございました」
マリウスさんに深く頭を下げられた私は恐縮してしまう。
「いえ、私もハルが助かって嬉しいですから! 自分のためでもあるのでどうか頭を上げて下さい!」
危険な状態のハルに私が作った水や魔法のベッドを使うように指示したのはマリウスさんなのだから、私の方こそお礼を言わないといけないのだ。
「それにマリウスさんの迅速な対応でハルの命が助かったんです。こちらこそ、ハルを助けていただき有難うございました」
「ユーフェミア様……。自分には勿体ないお言葉です」
マリウスさんとお互いお礼を言い合った後、私はハル達を襲った集団について教えて貰う事にする。
「あの、ハル達を襲撃したのは法国の人間だとはっきりしたのですか?」
「生き残った者から情報を引き出そうとしたのですが、捕らえた者達には何かしらの魔法が掛けられていたようで……」
捕虜達から情報を引き出そうとした途端全員が苦しみ出し、死んでしまったという。所持品からも手掛かりは見付けられなかったのだそうだ。
「しかしながら、殿下に重症を負わせた武器は回収する事が出来ました。その武器をヴァシレフに確認させたところ、その武器は法国で封印されていた秘礼神具の一つ、第十三神具──<死神>と判明しました」
(秘礼神具? 第十三神具って……!)
きっと伝説級……いや、神話級の宝具なのだろう。法国はそんな物を持ち出してまでハルを亡き者にしたかったのだろうか……。
「その<死神>という秘礼神具とは一体何なのですか? 何か特別な力があって、その力のせいでハルは目覚めないのですか?」
落ち着かなければと頭で分かっていても、心が追いつかずにマリウスさんを質問攻めにしてしまう。私が焦っても仕方がないのに……。
だけど私の心中を察したのか、マリウスさんは私の質問に一つ一つ丁寧に答えてくれる。
「……第十三神具とは本来、魔神を殲滅する為の武器だったそうです。法国にとって驚異となる存在が現れた時、聖櫃を解放し秘礼神具を用いてその存在を亡き者とするのですが、その秘礼神具の中でも第十三神具は必中必殺の最強武器で、死から逃れられないという意味から<死神>と呼ばれるようになったと伝えられているそうです」
魔神殲滅用の武器を用意するなんて、ハルを確実に殺したいのだという法国の意図が見えてくる。
「そしてその効果ですが、身体だけでなく<魂の核>を破壊する程の威力があると……」
「え……っ!? <魂の核>を……!?」
「……っ!?」
余りの事に酷く驚いた。周りにいる人達からも息を飲む声が聞こえてくる。
(じゃあ、<魂の核>が破壊されたから、ハルは目覚めない……?)
「ヴァシレフが言うには、<死神>に身体を貫かれてもなお生きているのが不思議であると。本来であれば魂ごと肉体も消滅している筈だそうです」
今まで<死神>に襲われて生きていた者は誰一人としていなかったのに、意識はないとはいえハルが生きているのは奇跡以外の何物でもないのだそうだ。
「……では、まだハルを救う手立てがあるという事ですか?」
「はい。きっと何かしらの方法はあるかと。そして私はユーフェミア様が殿下を救って下さると信じています」
マリウスさんの言葉に、希望を見出した私は強く、固く決意する。
──ハルが目覚めてくれるのなら、私は全身全霊をかけてその方法を見つけ出そう、と。
そして再びハルの笑顔が見られるのなら──あの綺麗な空色の瞳をもう一度見る事が出来るなら──私は生命を捧げても構わないのだ。
* * * * * *
お読みいただき有難うございました!( ´ ▽ ` )ノ
次のお話は
「192 ぬりかべ令嬢、手掛かりを見つける。」です。
ハルを目覚めさせるために皆んなが試行錯誤します。
お☆様に♡やコメント本当に有難うございます!とても励みになっています!
ついでに宣伝ー。
本作、ぬりかべ令嬢と同じ世界の新作、
「巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。」
を只今連載中です!( ´ ▽ ` )ノ
ミア達が訪れたあの国のお話です。名前だけだけどハルも出演しています。
本作よりアレ教について詳しく書いていますので、興味がある方はぜひ!
今後ともどうぞよろしくお願いいたします!(*´艸`*)
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