52 ぬりかべ令嬢、浄化する。
次の日、マリカが「部屋にある本を取りに行く」と言うので、一緒に付いて行くことにした。
マリカの部屋は私と反対方向の角部屋で、一人用だから少し狭いとの事。
「もう部屋を引き払って、ミアの部屋に移動したいんだけど……良い?」
「本当? 私は大歓迎だよ!」
そう話しながらマリカの部屋の前に着いたけれど、何か様子がおかしいのに気付く。
それはマリカも同じだったようで、部屋のドアノブに手を掛けたまま固まっている……と思ったら、バッと音がしそうなほど勢いよくドアノブから手を離す。
「ミア! 水を!」
マリカが手を押さえて叫ぶ。マリカの手はまるで火傷をしたように爛れていた。その様子を見て私は急いで水を作り、マリカの手に注いでいくと、黒い煙が上り、マリカの手が元通りになっていくのを見て、ほっと安堵のため息をついた。
「……これは一体……」
マリカが部屋のドアを見て眉を顰めている。マリカにはドアから漏れている瘴気のようなものが見えるらしい。
「このまま部屋に入るのは危険……ミア、力を貸してくれる?」
「もちろん!」
マリカの提案は、私の風魔法で結界を張った状態で中に入り、残っている瘴気を火魔法で焼き尽くす……と言うものだった。
そしてマリカの指示通り、私が魔法を使うと<聖なる結界>が発動して私達を包み込む。それからドアノブに<聖水>を掛け清めてからドアを開くと……。
部屋中に充満する黒い瘴気と、荒らされて物が散乱している部屋があった。
「これはヒドイ」
部屋の惨状を見てマリカがショックを受けていたけれど、すぐ気を取り直し、私に指示する様に言った。
「<聖火>をお願い!」
「うん!」
私は手のひらから火を繰り出すイメージを浮かべ、瘴気に向かって腕を振るう。すると燃え盛る火の渦が瘴気を巻き込み燃え上がった。
その威力に「部屋が燃えちゃう!!」と思ってヒヤッとしたけれど、<聖火>が瘴気以外のものを燃やすことは無い様で一安心した。
<聖火>が瘴気と共に消え去った後の部屋を見ると、部屋の壁にたくさんの爪痕のようなものが刻まれていてゾッとする。
「もし、何時も通り私がここで眠っていたら……」
マリカはそう呟きかけたけど……最後まで言わなくても、言いたいことは解る。
──何者かがマリカを狙っている? 一体何の目的で?
マリカが部屋に散乱している本の中から一冊の本を取り出した。それはマリカが取りに来た空間魔法の本で、表紙に爪痕は残っている様だけど中は問題なく読めるようだった。
「とりあえず、ディルクに相談」
部屋を出てディルクさんのところへ向かおうとした時に、ニコお爺ちゃんが慌ててこちらに向かってきたのに気付く。
「おお! ミアちゃんにマリカ、無事だったか!! ワシは心配したぞい!!」
ニコお爺ちゃんの声に気付いたディルクさんやアメリアさん達が何事かと集まってくる。
「説明するよりまずは研究棟を見てもらった方が早いわな」
そう言ってニコお爺ちゃん先導のもと、皆んなで研究棟へ行ってみると──。
そこには研究棟を包囲するように焼け焦げ、黒い泥のようなものが撒き散らかされた地面があった。
「これは──ミアさんの<聖域>が掻き消されている……!?」
研究棟を見たディルクさんが絶句している。
「ヤダ何これ! 火事があった痕みたいじゃない!!」
「うわー! 汚な! 何やこのどろどろしたヤツ! きんもーっ!」
「これじゃあ入れないね〜」
「朝来てみたらこんな有様でのう。昨日は無人だったから良かったものの……。誰かがこの中にいたらと思うとゾッとするわい」
皆んなが研究棟の様子を見て驚いている。マリカと私は先程のマリカの部屋を思い出していた。
「ディルク」
マリカがディルクさんの名前を呼ぶと、何かを察したディルクさんが皆んなに声を掛けた。
「とりあえずこの事は機密事項に追加するね。皆んなもそのつもりで口外しないように」
ディルクさんの言葉に、皆んなが「はーい」「ういー」「了解〜」「何だか最近多いのう……わかったぞい」とそれぞれ了承の返事をした。
とにかく、この泥の様なものをどうにかしないと。
ディルクさんが皆んなに確認をとった後、私の方を振り向いて言った。
「えっと、ミアさん。悪いけど、<浄化>をお願いしても良いかな?」
「はい!」
元々そのつもりだった私は、マリカの部屋でやったように<聖火>で研究棟全体を<浄化>した。火に包まれた研究棟を見て皆んなが悲鳴を上げているけれど、研究棟自体は燃えていないから、と言って安心してもらう。
「ワシ、寿命が十年縮んだぞい」
「折角修理したのに灰になったかと思ったよ〜」
<浄化>が終わったのを確認して皆んなで研究棟へ入る。アメリアさんとジュリアンさんはお店の時間なのでと戻って行った。
いつもの研究棟メンバーで中に入ると、いつもと変わらない部屋の様子に安堵する。もしマリカの部屋のように荒らされていたら大変な事になっていただろう。
部屋を見渡したマリカも私と同じ様に思ったらしく、ホッとしているのが目に入った。
そしていつものように会議室に集まる。もう何も言わなくても自然と足が向くようになってしまったのは……私のせいじゃない筈……多分。
私とマリカは先程マリカの部屋で起こった事をディルクさん達に説明すると、三人共顔が真っ青になって驚いていた。
「マリカの部屋が何者かに荒らされたって……!?」
「何と!? うーむ……マリカの魔道具狙いかのう?」
「それか研究成果とか〜? 新しい魔道具の情報狙い〜?」
それぞれが思いついた事を話して意見交換する。目的がマリカだという事以外何もわからないのがもどかしい。
ディルクさんが部屋の状態などを参考にして仮説を立てる。
「僕が思うに、その部屋を荒らした賊はマリカを探していたんじゃないかな? 魔道具や研究成果が目的なのであれば、部屋を荒らす必要はなかった筈だよ。寧ろ荒らす事で魔道具が壊れるし、情報だってどの様な形で残しているかなんてその人次第なんだから、そんな下手は打たないと思うな」
「マリカを探す過程で部屋が荒れたならわかるんじゃが、爪痕というのがのう……」
「マリカが居なかった憂さ晴らしかもね。もしくは、マリカを殺すことが目的だった可能性もあるけど」
ディルクさんの言葉に皆んながヒュッと息を呑む。
「まあ、その可能性は限りなく低いけど……。正直マリカは利用価値が高すぎるから、殺したら寧ろ損しか無いと思うんだよね」
意外とディルクさんて過激なことを言うんだな…って言うか、こういう事に慣れているような気がする。もしかして経験者?
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
マリカを狙った犯人は誰でしょうねぇ。(すっとぼけ)
次のお話は
「53 ぬりかべ令嬢、お化け退治を決意する。」です。
どうぞよろしくお願いいたします!
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