51  ぬりかべ令嬢、お手伝いをする。

新しく作ったマッサージオイルは販売がしばらく先と言うこともあり、今日から私はマリカの魔道具作りの助手をする事になった。


 助手と言っても術式の事は全くわからないので、マリカが使う材料の準備や、物を運んだりする雑用の他に、休憩の時のお茶やスイーツ等も用意している。

 要はマリカが疲れないようにサポートするのが主な仕事だ。


「マリカ、今度はどんな魔道具を作るかもう決めているの?」


「フフフ……人の声を保存して聞くことが出来る魔道具を作る」


 人の声を保存……! そんな事が出来るんだ! すごい!


「これでディルクの声を保存する……フフフ」


 マリカの澱みを浄化してから、感情の表現が上手く出来るようになってきた彼女はかなり明るくなったし、何を考えているのかも良く解るようになった。

 無口だった頃も庇護欲を駆り立てられて可愛かったけど、今のマリカの方が私は好きだ。

 そしてディルクさんへの想いも隠さないようになり、それを聞いている私の方が恥ずかしくなる事が増えた。

 そのせいか、最近のマリカはどんどん可愛くなっていく。


「風の魔法で集めた音を、時空波に変換して記録する」


 マリカ曰く、時空波とはある定まった空間に於いて発生する、何らかの物理量の時間的な変化を波で示したものの事……らしい。

 私には難しすぎて全くわからないけれど、マリカはその原理を理解しているのだろうな。


 そして今回、魔石に風と空間魔法の術式を書き込む事でその魔道具を作る計画のようだ。


「それはどれぐらい大きいの? もし小さく作れるなら、私も一つ欲しいんだけど……ダメかな?」


 いつか再会する事が出来たなら、ハルの声を集めてずっと持っていたい。そうすればたとえまた逢えなくなったとしても、寂しさは減るだろうから。


「当然、小型軽量化が基本。だからミアの分も勿論用意するから安心して」


 さすがマリカ! 頼もしい!!


 でも、今回は空間魔法を使うんだ。私には空間魔法の属性が無いのが残念だ。

 使えたら便利だろうな、と良く思う。


「私も空間魔法使ってみたいな……」


 つい軽い気持ちで言ったつもりだったけど、マリカはひどく驚いていた。


「ただでさえ四属性持ちなのに、さらに空間魔法……ああ、なんて恐ろしいの……」


 ええー……。憧れてるだけなのにー!


「ミアがそう願うと、現実になりそうだからマジやめて」


 マリカに真顔で言われてしまった……解せぬ。


 ……なんて、雑談をしながら集音・保存・再現の魔道具について話を詰めていく。これが意外と楽しくて、色々と話が尽きない。

 今はマリカと部屋が一緒だから、お互いベッドに入ってからも作りたい魔道具の事、好きな人の事などをたくさん話す。


 マリカはお互いが離れていても会話が出来るような魔道具を作ってみたいらしい。ただ、かなり難しいので実現にはまだまだ時間が掛かるそうだ。

 そんな夢のような魔道具が本当に出来たら良いな。時間は掛かるだろうけど、是非とも実現して欲しい。


 それから、マリカは魔法のベッドで眠るようになってからとても眠りが深くなったそうだ。身体の成長に変化はまだないけれど、焦らずゆっくりと待とうね、と話している。


 私とマリカが居る研究棟に、ドアベルを「カランカラン」と大きく鳴らしながら慌てた様子のアメリアさんが駆け込んできた。


「マリカ! ディルクが大変な事になっているんだけど、あなた何かしたの!?」


「「……!?」」


 ディルクさんが大変と言われて怪我か何かと思ったら、どうやらディルクさんが眼鏡を外した上に無造作だった髪を整えるようになったので、まるで別人みたいと噂になっているそうだ。


「おかげで買取カウンターが行列で大変よ!」


 アメリアさんに促されて、マリカと一緒にこっそりと買取カウンターへ行くと、買取の行列なのかよくわからない人達がカウンターへ押し寄せていた。


 カウンターの中を窺うと、髪を少し切って襟足がスッキリしたディルクさんが眼鏡を外し、今までよく見えなかった綺麗な顔をさらけ出していた。

 しかも表情は今までと同じく優しい微笑みなので、カウンターの周りはぽーっとなっている女性で溢れかえっている。


 何かを鑑定していたディルクさんが、結果をお客さんに説明している声を聞いて驚いた。


「申し訳ありませんが、こちらの品は大量生産品なので買取は出来ませんね」


 あれ? ディルクさんの口調が変わってる!?

 

 マリカと呆気にとられていると、女の子たちの会話が耳に入ってきた。


「あなたが持ってきたそれって何?」


「倉庫を漁ってみたんだけど、売れそうなものが無かったからリビングにあった置物を持って来てみたの」


「それって何処かの旅行土産でしょ? さすがに売れないんじゃない?」


「いいのいいの! ディルクさんとお話できれば売れなくてもいいの!」


 ……漏れ聞こえた会話によると、ほとんどの女の子達は無理矢理売れそうなものを持って来てまでディルクさんとお近づきになりたいらしかった。


 私はふと、ディルクさんがモテているのが嫌だと泣いたマリカを思い出し、そっと様子を窺ったけれど……そこには頬を染めながらキラキラした瞳でディルクさんを熱く見つめているマリカの姿が。


「マリカはもう平気なの?」


「うん。大丈夫。寧ろあんなに格好良いディルクがモテない方がおかしい。でも、何か心境に変化があったのかどうかが気になる」


 マリカはディルクさんに追いつこうと必死なのに、また差がついてしまうのではと心配らしい。


「亀の歩みでも頑張る」


 それでも諦めずに、追いかけ続けるマリカはとても魅力的で、意外とすぐ追いつくんじゃないかな……と、そんな予感がしたけれど、これは内緒にしておこう。


 そして私は出来る限りマリカを応援しようと強く思った。



 ちなみに娘さん達によって、倉庫や物置が綺麗に整理された家庭が続出し、街中のお母さん方が大いに喜んだそうな。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


ディルクが変わったのはジュリアンの後押しがあったからだったりします。

間接的にディルクが街の役に立ったというお話でした。


次のお話は

「52 ぬりかべ令嬢、浄化する。」です。


どうぞよろしくお願いいたします!

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