50 王国に蔓延る闇(エリーアス視点)

残酷表現が少しあります。ご注意ください。


* * * * * *


 慌てている部下の様子を見て、また殿下絡みの問題かと思っていた私の耳に、今の今まで考えていた女性の名前が告げられ、心臓が一瞬だけ止まる。


 取り敢えず詳しい話は後でと、その場から人気のない場所に移動した。


「……ここなら良いだろう、詳しく頼む」


「はい! 先程元老院宛に侯爵令嬢と伯爵の婚姻届が届けられたのですが、その伯爵と言うのが……」


 口ごもる部下に、「誰だ?」と話の続きを促すと、非常に言い難そうに相手の名前を告げた。


「あの、アードラー伯爵なのです」


「なっ……!?」


 ユーフェミア嬢も年頃だから、そういう話が来ても何ら問題は無い筈だ。

 だが、今回は相手が悪すぎる……! 選りに選ってあのアードラーだと!?


 奴からは悪評しか聞こえない。なのに未だに貴族籍にいるのは、単に証拠が一切見つからないからだ。

 証拠隠滅だけはやたら上手い狡猾な奴に、我々はいつも振り回されている。


「今回で何回目の結婚だ? 奴がどんな人間か、侯爵も知らない訳無いだろうに」


「……恐らく侯爵はご存じないのでは? 保証人の欄は侯爵夫人のサインでしたし」


「うーむ……」


 アードラー伯爵と結婚した女性は全て不審死を遂げている。

 なのに遺族から反発が出ないのは、大金に物を言わせて黙らせているから、と言う噂だが……。

 ウォード侯爵家は経済的にも困窮しておらず、むしろ領地のアールグレーン領はかなり栄えていると聞く。

 ……であれば、侯爵夫人の独断で婚姻を結ぼうと画策している可能性が高い。婚約をすっ飛ばしていきなり婚姻だ。侯爵にバレる前に彼女を差し出したいのだろう。


「あの、以前ちらっと聞いた話なのですが……」


 そう言って部下が教えてくれたのは、以前アードラー伯爵に無理矢理拐うように嫁がされ、一年後に亡くなってしまった娘を持つ母親の話だった。


 婚姻後、一度も娘に会わせて貰えなかった母親は、いつも娘を気にかけていたのだが、ある日突然アードラー伯爵側から娘の死を告げられたそうだ。

 嫁いだ娘の死に疑問を持った母親が、娘の遺体を一目見せてくれと懇願したそうなのだが、その願いはにべもなく伯爵に却下されたらしい。


 そして娘の葬儀が行われ、今まさに柩が埋められようとしたその時、母親がいきなり飛び出して、棺の蓋を開けてしまったそうだ。


「柩の中の娘の遺体は損傷が激しく、人の形を成していなかったと。かろうじて判別できた娘の顔は、この世のものとは思えない苦悶の表情を浮かべていたそうです」


 そして娘の遺体を見た母親は精神を病んでしまい、その後しばらくして亡くなってしまったという。


「……酷い話だな」


「……はい。余りにも酷い内容だったので、世間に広まらなかったみたいです」


 こんな人間に義理とは言え娘を嫁がせようだなんて、正気の沙汰ではないが……。

 しかしここで一つ疑念が湧いてくる。


 再三の王宮からの出頭命令を流行病だという理由で応じなかった侯爵夫人が、何故病気のユーフェミア嬢を突然結婚させようと思ったのか。


 ……いや、もしかすると逆なのかも知れない。


 ユーフェミア嬢を結婚させようとしたものの、彼女が病に罹り結婚が延びてしまった──もしくは結婚出来ない状態に陥ったとしたら……そう、本人の不在だ。

 もしかすると結婚させられそうになったユーフェミア嬢が姿を消したのだとしたら、出頭出来ないのも説明がつく。


 だからアードラー伯爵とウォード侯爵夫人は本人不在のまま婚姻を結ばせようとしているのかもしれない。既成事実を作るために。


 ──これは早く彼女を見つけ出して保護しないと……! このままでは王国が失くなってしまうかもしれない……!


 私の脳裏に、怒り狂って王国を炎で焼き尽くそうとするレオンハルト皇子の姿が浮かび上がる。


「とにかくその婚姻届は元老院へ渡すな。元老院にも奴の息がかかった者が居るはずだからな」


「不受理として手続きしますが、理由はどうされますか?」


「そうだな……まずユーフェミア嬢本人の筆跡か疑わしい事、書類偽装の疑いがあると言う事にしよう。もしそれで理由が足らないのであれば、私が婚約の申し込みを希望していると伝えろ」


 こうすれば本人の意思確認が必要になる為、少しでも時間が稼げるだろう。


「……! そんな、まさか……エリーアス様が……!」


 何やら横でブツブツ言っている部下に急いで処理するように指示を飛ばす。

 覚束ない足取りで去っていく部下に不安を覚えるが……普段は優秀な奴だから大丈夫だろう。


 今回の件はレオンハルト皇子に連絡するべきだろう。

 以前、協力関係を結ぶに当たり、何かあった時用に預かった緊急通信用の魔道具を発動させる。


 この魔道具はこちらの声を対となる魔道具に届けることが出来、逆にあちらの声を届けることも出来る。


 レオンハルト皇子は魔道具でお互いが会話出来る物を作りたかったらしいのだが、その様な技術の確立には更に時間を要すらしく、不満そうではあったが……。

 自分からしたらこの魔道具だけでも大したものだと思う。


 この通信用魔道具は帝国が開発したものだが、かなり高価なものなので、我が王国の王族ですら持っていないのだ。

 それを宰相候補とは言え、外国の貴族へ気軽に貸し出せるところに帝国の凄さを実感する。


 しかし、ユーフェミア嬢が侯爵家から出奔したとしたら一体何処へ……?


 出来ることなら自分自身で探しに行きたい。この手で彼女を見つけ出してそれから──。


 ……それから? 私は一体何を考えた……?


 それ以上考えない方が良い気がして、私はこの胸に湧く感情の正体に気付くこと無く、彼女の無事を祈った。




* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


不快になられた方には申し訳ないです。


ちなみにエリーアスの部下がショックを受けた理由は

九話の最後を読んでいただけると良いかもしれません。


次のお話は

「51  ぬりかべ令嬢、お手伝いをする。」です。


マリカと魔道具づくりです。


どうぞよろしくお願いいたします!

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