75 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。5
マリカはエフィムに魔導書を見せてくれたら魔導国へ行くなんて、思わせぶりな事を言ってしまったけど……。本当に大丈夫かな?
まあ、マリカの事だからなにか考えがあるんだろうけど。
しばらくすると、エフィムが黒い革張りの古そうな本を持って戻って来た。
所々傷んでいるその本は、装丁も何も無くてぱっと見る限りだと魔導書には見えないけれど、何か不気味な雰囲気が漂っている。
「これがその魔導書だよマリカ! さあ、こっちにおいで! 一緒に見ようよ! 僕が教えてあげるよ」
「マリカ、結界から出ちゃ駄目だよ!」
エフィムがマリカを結界から出そうとするので慌てて止める。
ここから出た途端何されるかわからないし、結界が持つギリギリまでは居るべきだろう。
「うん。わかってる」
マリカはそう言うと、結界の端まで移動してちょこんと座った。
「私はここで見ているから、ページを捲って欲しい」
……え? それって有りなの?
「うんうん、良いよ! じゃあ、僕が読ませてあげるね!」
あ、良いんだ。……まあ、本人がそれで良いなら、ねぇ。
しかしマリカってエフィムの扱い上手いなあ。それにエフィムって尽くす系だったんだ……俺様系だと思っていたのでかなり意外。
マリカに何かあったらと思い、私もマリカの傍に居たかったけど、相変わらずベッドの上で二人の様子を眺める事しか出来ない。
私の身体は昨日よりマシになったとは言え、まだ魔力神経が傷付いているので起き上がることが出来無いでいる。
せめて身体だけでも自由に動くようになれば良いんだけど……。
初めは心配したものの、意外な事にマリカとエフィムは真面目に魔導書を読みながら、あれこれと話し込んでいて、気がつけば結構な時間が経過している。
何だか医術的な難しい単語がたくさん出ていて、私にはちんぷんかんぷんだ。やっぱり二人は頭が良いんだな、と再認識させられる。
「刻印のこの部分が感覚神経に干渉している箇所?」
「そうだよ。ここが視床で、ここからここまでが視床下部に干渉する刻印だね。この刻印で本能を司る視床下部に、魔力を通して偽の情報を送るんだ」
マリカは研究者の気質があるから、色々知りたいんだろうけど、禁呪と言われている呪術刻印を覚えても大丈夫なのかな?
しばらく様子を見ていると、ある程度呪術刻印の構造を理解出来たらしいマリカが立ち上がって「疲れたからここまででいい」と言って、私の方へ戻って来た。
「……あ、ああ、そうだよね! つい夢中になっちゃったよ! ごめんね!」
エフィムは名残惜しそうだったけど、マリカが疲れているのなら、と気遣う素振りを見せ、潔く身を引いて部屋から出ていった。
もしかして、エフィムはかなり本気でマリカの事を好きなのでは……?
「マリカ、大丈夫? 疲れたんでしょう? 仮眠取る?」
本当はいつアードラー伯爵が来るかわからないから、余り余裕は無いけれど。
「大丈夫。それより、ミアに試したいことがある」
「試したいこと……?」
マリカが言うには、今読んだ魔導書に私の魔力神経を治すヒントがあったらしい。
「え! じゃあ、マリカが魔導書を見たいと言ったのはそれが理由?」
「うん。脳に作用する術式という事は、神経についての記述も必ずあると思ったから」
そう言ってマリカは自分の記憶と魔導書の知識を融合させて、新しい術式を展開させている。
私の傷付いた魔力神経にパスを通し、魔力の巡りを良くすることでかなり早く回復出来るかもしれない、という事だった。
そんな難しいことをこの短時間で思いついて、直ぐ様行動するなんて……。
エフィムも頭が良いとは思っていたけれど、マリカと比べるのが烏滸がましい程レベルが違うな、と思った。
でも、その術式を使ってさえ魔力神経の完治にはまだ時間が掛かるとの事。それでもかなり早く治るのであれば試さない訳にはいかない。
「呪術刻印と違って、身体に術式を刻み込む訳じゃないから心配しなくても大丈夫」
マリカがそう言って、私の首の後ろ──うなじの部分に触れる。
首の骨の中には脊髄という神経があり、脊髄から脊髄神経が身体中に張り巡らされているらしいけれど、魔力神経も脊髄神経と重なるように通っているので、ここから術式を使って魔力を流し込むと良いらしい。
マリカが呪文の詠唱をしながら、うなじに術式を魔力で描いていく感覚がする。すると、身体の中心に何かが通るような感じがして、背中がぞくぞくする。
その何かが通り過ぎると、今度は身体がポカポカしてきてとても気持ち良い。身体中の痛みが消えていくみたい。
「何だかとても温かくて気持ちいいね。痛みが引いていって、だいぶ楽になってきたよ」
「今がとても大事な時だから、絶対動かないで」
魔力神経も脊髄神経もとてもデリケートだから、魔力を通している時に不用意に動くと全身の神経が切れて想像を絶する痛みに襲われ、下手をすると痛みでショック死するかもしれないそうだ。ひえー! 怖いよー!
「う、うん! ちゃんと気を付けるけど、どれぐらい待てば良いのかな?」
「それは……」
マリカが何かを言いかけた時、「ガチャ」とドアが開く音がしたと思うと、今一番会いたくない人物が部屋に来てしまった。
「やあやあ、お待たせしてすまなかったね! さあ、私と一緒に楽しもう!」
──なんて最悪のタイミングなの……!? 今はただでさえ動くことが出来ないのに……!
部屋の入口には、好色そうな厭らしい笑顔を浮かべたアードラー伯爵と、どこか期待に満ちてそうな雰囲気のエフィムが立っていた。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
次のお話は
「76 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。6」です。
下品な表現がありますのでご注意ください。
どうぞよろしくお願いします!
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