76 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。6

 部屋に入って来たアードラー伯爵は、私に向かってとても嬉しそうな顔をして言った。


「昨日は遊んであげられなくて済まなかったね! お詫びに今日はミアさんを一晩中可愛がってあげるからね!」


 ──ひっ!? いやだいやだいやだ!! 誰もそんなの望んでいない!! 


 私が恐怖で震えていると、マリカが私を隠すようにしてアードラー伯爵に話しかける。


「今ミアを動かす訳にはいかない。彼女は身体中負傷している」


 マリカの言葉にアードラー伯爵は片眉を上げて「おや!?」と言う表情をする。


「まあまあ、闇のモノの瘴気を真正面から浴びればそうなりますわな」


 アードラー伯爵はウンウン頷いて納得する素振りを見せたと思った瞬間、突然顔を歪め、すごい剣幕で捲したて始めた。


「でもね! 私は我慢するのが大っ嫌いなんですよ!! 本当は昨日楽しめたはずなのに!! こんなに長くお預けされたのは初めてでね!! もうこれ以上は待てませんなあ!! 私は早く穢れのない美しい少女が快楽に溺れて自分から私におねだりするところが見たいんですよ!! さっきまで処女だった少女が私の上で腰を振って善がり狂う様はさぞや圧巻でしょうなあ!!」


 ──!!


 アードラー伯爵の言葉がどんどん私の心を蝕んでいく。負の感情を言霊にして私達を恐怖で支配しようとしているのかもしれない。


「だからね、ミアさんには私のために頑張ってもらいますからね!! 負傷した痛みもすぐ快感に変換してあげますから!! 大丈夫大丈夫!! 昨日の女たちも初めは全員泣いて嫌がってましたけどね、最後には私を欲しがって大変でしたよ! いやあ、参った参った!」


「……その女性たちはどうしたの? 貴方を待っているんじゃないの?」


 マリカが気丈にもアードラー伯爵に問いかける。マリカだって相当怖いはずなのに……。


「ああ、さすがに一日中相手は出来ませんからねぇ。今は私の『友人達』に貸しているんですよ。お互い持ちつ持たれつでしてなぁ!」


 「友人達」!? 伯爵やエフィム以外にもこの屋敷に大勢居るの!?


「ミアさんにもそのうち紹介してあげますからね! なあに、そう怖がらなくても皆さん紳士ですから! 家筋も良い人間ばかりですよ!」


 ……!! それって、アードラー伯爵の息が掛かった貴族達って事!?


 アードラー伯爵は今まで散々悪どい事をして来たのに、未だ貴族でいられるのが不思議だったけど、やはり貴族の協力者達が居たからなんだ……!


 その貴族達も一緒にまとめて捕まえることが出来たら良いのに!


「……いや、待てよ? そうだ! 友人達にもミアさんが堕ちていく様を見せてあげよう! うん、そうしよう! 皆んな喜ぶぞ!!」


 一人で納得したアードラー伯爵が、胸から黒い玉のようなものを取り出した。何かが蠢いているように見えるその玉を見たマリカが、はっと息を飲む。


「──『穢れを纏う闇』……!」


 ……! あれが!? どうしよう! 今あれを放たれたらもう……!!


 アードラー伯爵が今まさにその玉を床に投げつけようとしたその時、マリカが大声で叫んだ。


「待って!!」


 初めて聞くマリカの声にびっくりしたけれど、それはアードラー伯爵も同じだったようで、振り上げた腕をピタッと止めてこちらを見ていた。


「おやおや、どうしました? マリカさん」


 アードラー伯爵に問い掛けられたけれど、マリカは答えずに私の方を向くと耳元でそっと囁いた。


「……ミア、私を嫌いにならないで。それとディルクに『ごめんなさい』と伝えてくれる?」


 ────!? マリカの言葉に、私の頭の中は真っ白になる。


 そしてマリカはすっと立ち上がり、伯爵のもとに歩み寄る。マリカの後ろ姿に私は酷く嫌な予感を覚える。


「マリカ!? 待って!! 行かないで!!」


 私の声に、マリカはふるっと肩を震わせた後、私の方へ振り向いて、ふわっと優しく微笑んだ。


 ──その綺麗な笑顔に、私の胸が締め付けられる。


「私がミアの代わりになる」


 何時ものように、凛とした声でマリカがアードラー伯爵に答える。


「……ほう!」


「なっ!? マリカ本気なの!?」


 マリカの言葉に、アードラー伯爵は珍しそうに、エフィムは戸惑いの声を上げる。


「ダメ!! マリカやめて!! お願い!!」


 私は必死になってマリカに訴える。

 けれど、マリカはやめるつもりはないらしく、私の声に答えてくれない。


 ──ああ、どうしよう! マリカが!! 私のために……!!


「ミアは今動かすともう二度と動けない可能性が有る。だからミアには触らないで」


 アードラー伯爵とエフィムはマリカの言葉に驚いた様だ。そこまで酷いと思わなかったらしい。


「なるほどなるほど。それは私としても本意じゃありませんねぇ。反応がない身体を弄っても面白味がありませんからなぁ! わかりました! マリカさんの優しさに免じて、ミアさんの身体が治るまでは彼女に触れないようにしましょう……まあ、治った後はお約束出来ませんがねぇ」


「構わない」


 マリカが同意した事にエフィムが酷く驚いて、伯爵に抗議の声を上げる。


「……! ちょっ、ちょっと待ってください伯爵!! マリカを綺麗な状態で渡してもらう条件で僕は呪術刻印を再現したんです!! それでは約束が違います!!」


「まあまあ、エフィムさん落ち着いて。もちろん彼女の初めてはお譲りしますよ。エフィムさんが満足した後にちょっとだけ私にも貸してくれるなら、ですけどねぇ」


 アードラー伯爵の提案にエフィムは「まあ、それなら……」と渋々同意する。


「でも、マリカを壊されたら意味がありませんから! くれぐれも気をつけてくださいよ!」


「ええ、ええ。わかっておりますとも!」


 ──私達の事を人間とすら思っていなさそうな二人の会話に、強い怒りが湧いて来る。


 今まで生きて来て、こんなに怒りを覚えたのは初めてだった。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


R15が保険じゃなくなってきた今日この頃……。


次のお話は

「77 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。7」です。


不快・グロい表現がありますのでご注意下さい。


どうぞよろしくお願いします!

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