77 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。7

 ──どうしてマリカがこんな奴らに好き勝手されないといけないの?


 アードラー伯爵とエフィムに対する怒りが、激しい波のように私の全身に拡がって行く。怒りが一気に込み上げて、目の前が真っ赤になる。魔力神経が暴走しているのか、燃えるように身体が熱い。


 治りかけていた身体が悲鳴を上げるけど、そんなの構うものか────!!


「ミア! 駄目!! 闇に囚われないで!!」


 私の感情の変化に気付いたのか、マリカが慌てて静止の声を掛ける。その必死なマリカの声に、嵐のように荒ぶった心に一瞬だけ隙が生まれる。


「『約束』はどうなるの!? 指輪に誓ったんでしょう!?」


 その一瞬の隙を突いたマリカの言葉で、私はハルとの約束を思い出す。

 ハルと過ごした大切な時間の記憶が、走馬灯のように頭の中を駆け巡る。


 そして思い出すのは、澄み切った空のような、ハルの蒼い瞳。


 ──ハル……!!


 ハルの事を思い出した途端、怒り狂っていた感情が急激に冷えていく。


 怒りが沈静化した私を確認したマリカは、安心した様な表情を浮かべた後、ベッド周りを覆っていた結界に触れる。

 マリカが触れた部分から、水の波紋のようなものが広がっていく。マリカはその様子にも怯むこと無く、結界の境界を越えて行ってしまった。


「────マリカ!! やだ!! 行っちゃやだっ!!」


 悲しくて悲しくて、私は生まれて初めて声をあげて泣き叫んだ。

 涙で視界が潤んで、マリカの顔が良く見えない。


「やあやあ! ようこそマリカさん! まさかマリカさんの方から提案いただけるとは思いませんでしたよ!」


「マリカ、結界から出て来てくれたって事は、僕を選んでくれたんだよね? 嬉しいよ!!」


 マリカがそんな事を望む訳がない!! 自分達に都合が良いように話をすり替えて、マリカを侮辱しないで!!


 何も言わないマリカにエフィムが優しそうに語りかけるけど、その偽善者振りに殺意が湧いてくる。


「マリカ、怖がらなくても大丈夫だからね? 痛みなんて一切与えないから安心して?」


 エフィムが呪文を唱えながら、空中に指で魔法陣を描く。マリカが描く術式とは全く違う、禍々しい術式だ。


 ──それは人が触れてはいけない禁忌の秘術。


 エフィムが魔法陣を描いた指の先に、赤黒い穢れのようなものを発しながらゆっくり点滅している魔法陣が乗っている。


 エフィムはマリカに向かって優しく、怖がらせない様に言葉をかける。


「じゃあ、マリカ。行くよ?」


 マリカがぴくっと震えたけれど、それも一瞬の事で、次の瞬間にはぐっと顔を上げて、キッとエフィムを睨みつける。


 マリカを指した指の先に魔法陣を浮かべなから、エフィムがマリカに近づく。

 徐々に縮む二人の距離に、胸が張り裂けそうになる。


「やめてやめて!! マリカに近づかないで!! ────マリカに触るなっ!!」


 魔法陣を携えたエフィムの指先が、私の叫ぶ声と同時にマリカの額に触れた瞬間──……


「パキィィィィン!!」


「ぐあぁああっ!!」


 マリカのブレスレットからマリカを包み込むように光が迸り、空間が真っ二つに引き裂かれるような音がした後、耳をつんざくような悲鳴が部屋中に響き渡る。


 一体何が起こったのか、状況が解らず戸惑う私の耳に、エフィムの悲痛な叫びが聞こえてきた。


「ぎゃああああああ!! 痛い痛いーっ! 僕の腕がっ!! があああぁあぁっ!!」


 泣き叫ぶエフィムを見ると、魔法陣を持っていた右腕の肘から先が失くなっていて、傷口から白い骨が突き出ており、その間を赤黒い血が大量に零れ落ちている。


 部屋中に充満する生臭い匂いと、エフィムの不快な悲鳴に気分が悪くなって来る。


 けれど、今はそんな事は些細な事だ! マリカは無事なの!?


「マリカ!!」


 何とか身体を這うように動かしてマリカを探すと、余りの事に驚いたのか、腰を抜かして座り込んでいるマリカの姿を見つけた。

 怪我などはしていない様で思わず安堵の息が漏れる。


「…………今……ディルクが……」


 マリカが呆然としながら呟く。

 エフィムから守ってくれた光に、ディルクさんの魔力を感じたマリカが愛おしそうにブレスレットに触れる。

 私はその様子を見て、ちゃんと「聖眼石」が効いている事に安心した。これで少なくともマリカが襲われることはないだろう。


 しかしホッとしたのも束の間、今度はアードラー伯爵の嘆く声が聞こえてきた。


「こ、こんな……っ!? ああ、何て事だ……!! 折角の呪術刻印がっ……!!」


 マリカの事に気を取られ、アードラー伯爵の事を失念していてはっとなる。


 先程まで高みの見物を気取り、私達の事を楽しそうに眺めていたアードラー伯爵が余りの事に驚愕の表情を浮かべている。

 エフィムの腕の心配をするより、呪術刻印の方を気にするなんて……! これ以上無いと言うほど低いアードラー伯爵の評価が更に低下する。

 でも、今のうちにマリカをもう一度結界の中に入れなくちゃ……!!


「マリカ!! 来て!!」


 私の声に、我に返ったマリカが結界の中に入ろうと手を伸ばす。

 マリカの手を取ろうと、私も手を伸ばそうとしたけれど、まだ完治していない魔力神経に激痛が走り、上手く腕が上がらない。


 マリカがもう少しで結界に触れようとする直前、後ろから伸びてきたアードラー伯爵の手が、マリカを掴んで結界に入る邪魔をする。


「ぐぎゃああああああ!!」


 だけど、マリカのブレスレットから青白い炎が出現したかと思うと、マリカの腕を掴んでいたアードラー伯爵の腕に蛇のように巻きつき、伯爵の肉を焦がしていく。


「ひぃっ! ひぃっ! 熱い!! 熱いー!!」


 超高温の青白い炎に焼かれて、アードラー伯爵の腕が炭化して行く。もうこの状態では、右腕は使いものにならないだろう。

 青白い炎の蛇は、更にアードラー伯爵の身体を焼き尽くそうとしているのか、焼き焦げた腕に巻き付きながら上半身へ移動しようとしたけれど……。


「糞があっ!!」


 ──アードラー伯爵が手刀で、自分の腕ごと炎の蛇を切り落とした。





* * * あとがき * * *

お読みいただきありがとうございます。


次のお話は

「78 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。8」です。


暴力表現があります。ご注意下さい。


一日置いて明後日の31日に更新します。

どうぞよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る