74 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。4

 ドアが開く音がして目が覚める。


 ──あれ、ここはどこだっけ……?


「へえ、こんな状況でも眠れるなんて、随分肝が座っているね」


「────っ!」


 聞こえてきた声に、嫌でも現実に引き戻される。

 マリカもその声に気付いて慌てて起きたようだ。


 顔だけ動かしてドアの方を見ると、エフィムが食事を乗せたトレーを持って立っていた。


「昨日から食べていないだろう? 食事を持ってきたんだけど、結界を解いてくれないかな?」


 確かに、昨日から飲まず食わずだったのでかなりお腹は空いているし喉も乾いている。


「結構です!」


 だけどそんな手に引っかかりませんから!


「いらない」


 マリカも私と一緒に拒否したので、エフィムは「……はあ」と溜め息をついている。

 とても残念そうだけど、結界以前に何が入っているかわからないものを食べたりするほど私は馬鹿じゃない! ……はず!


「まあ、無理にとは言わないけど。でもこれからの事を考えて、体力はつけておいた方が良いと思うけどね」


 これからの事って……!?


「あの伯爵の性欲は底なしだよ? 昨日だって五人気絶させているからね。今日は多分君一人で相手させられると思うけど。大丈夫かな?」


「──っ!!」


 エフィムの言葉にすごく動揺してしまう……うぅ、駄目だ駄目だ! 心をしっかり持たなきゃ……!


「そうそう、マリカは余り伯爵の気を惹かないで大人しくしておくんだよ? じゃないと、僕でも守ってあげられないからね」


「…………」


 何も答えないマリカに肩を竦めながらエフィムは持ってきた食事を机の上に置いた。


「ここに置いておくから、気が向いたら食べなよ。今のところは大丈夫だけど、そのうち伯爵が来ると思うよ」


 ……アードラー伯爵が来てしまう……! もう「穢れを纏う闇」を使う準備が出来たという事……?


「呪術刻印って何?」


 伯爵が来ると聞いて狼狽える私の耳に、マリカの口から気になる単語が聞こえてきた。


 ──呪術刻印……? そう言えばアードラー伯爵が言ってたっけ。

 伯爵が怖くて深く考えられなかったけど、名称からして碌なものじゃ無さそうだ。


「マリカも興味あるの!? だとしたら嬉しいな!」


 マリカに話しかけられたエフィムは随分嬉しそうで、ぱあっと笑顔でマリカに答えている。


「興味ある。だから教えて」


「うん、良いよ! 呪術刻印と言ってもいくつか種類はあるんだけど、今回の呪術刻印はね、用途に応じた術式を書いて魔道具を使う様に、生き物の身体に直接術式を刻み込んで使用するんだ。術式の種類や、術式を刻み込む場所によって色々使い分けが出来てね、今回は脳に作用する術式なんだけど、刻印から脳に直接魔力を送る事が出来て、痛覚や触覚などを思う様に操れるんだ」


 エフィムはまるで熱病に浮かされたように、焦点が合わない目でうっとりと語りだす。その異様な様に、気味の悪さを感じてしまう。


「この呪術刻印の凄いところはね、ありとあらゆる痛みを与えられるところだよ。しかも体に一切の負担がなくね! 実際に腕を切り落としたら、一回しか苦痛を与えられないだろう? でもこの呪術刻印だったら、何度でも腕を切り落とした痛みを与えることが出来るんだ! ね? 凄いでしょう? 人類が考えた中でも最悪の拷問だと思わない?」


 そんな恐ろしいものをアードラー伯爵は使おうとしているの!? そんなの、人間の所業じゃない……!!


「ああ、でも安心して? 君に掛ける呪術刻印は苦痛を与えるものじゃないよ。快楽を与えるものだから、未経験でもすぐ絶頂出来るよ。昨日の夜、伯爵が試したら、あまりの快楽に女たちは皆んな快楽堕ちしちゃってね。もうすっかり伯爵の性奴隷になっちゃったよ」


 ……ああ、どうしよう……そんなの嫌だ……!! 怖い……怖いよ……ハル、ハル……!!


 さっきまで心を強く持とうと頑張っていたけれど、エフィムの言葉に怖くて怖くて、おかしくなりそうだ。


 私は恐怖で血の気が引いてしまい、身体が震えて歯がカチカチ噛み合って止まらず、ぎゅっと自身を抱きしめる。


 そんな私の身体を、ふわっと温かいものが包んだ。


「ミア、しっかりして」


 マリカが私を抱きしめてくれて、その温かさに今まで堪えていた涙が溢れ出る。


「……マリカ……怖いよ……!」


 呪術刻印を使用された私はどうなってしまうのだろう。もう正気に戻れなくなってしまうのだろうか……?


 震える私の背中を優しくさすりながら、マリカがエフィムに問いかける。


「呪術刻印は法国で禁呪指定されたはず。どうして貴方はそんなに詳しいの?」


「それはね、伯爵が僕に呪術刻印の事が書かれた魔導書を与えてくれたからだよ。それを参考に僕が呪術刻印を復活させたんだ。僕は君と同じ術式再現の天才だからね! どうだい? 僕のほうがあのディルクより君に相応しいと思わない? だから僕と一緒に魔導国へ行こうよ!」 


「……アードラー伯爵が、貴方に禁呪が書かれた魔導書を?」


「そうだよ。伯爵が知り合いから譲り受けたんだって。ねぇ、マリカ。僕を選んでよ! 絶対大切にするよ!」


「その魔導書を見せてくれたら」


「──マリカ!?」


 まさかのマリカの言葉に驚愕して、身体の震えが思わず止まってしまう。


「本当!? わかった! すぐ取ってくるからね!」


 そう言ってエフィムが慌てて部屋から飛び出していった。


「マリカ!! どうしてそんな約束しちゃうの!? ディルクさんが悲しむよ!」


「約束はしていない」


「……え?」


「選ぶとは言っていない」


 ……ああ、うん。まあ、そう言えばそうだけど……って、ええ~……。


「そんな理屈通るかなあ」


 何だか子供の言いそうな屁理屈というか何と言うか、それがエフィムに通じるかなあ。マリカへの執着が凄いし、激高しそうだけど……。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


次のお話は

「75 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。5」です。


どうぞよろしくお願いします!

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