73 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。3
アードラー伯爵達が部屋から出ていったけど、さっきのアードラー伯爵が言った言葉に、私の身体は未だにカタカタと震えたままだった。
「ミア……大丈夫?」
涙目で震えている私の背中を、マリカが優しくさすって落ち着かせようとしてくれる。マリカだって怖かっただろうに、その気遣いがとても嬉しい。
「今のが無理やり結婚させられそうだと言ってた貴族?」
「……うん」
「……確かに。アレはアカンやつや」
初めてマリカと会った日に、色々私の事情を話したっけ……。そんなに時間は経っていないのに、何だかあの頃が懐かしい。
「マリカ……私の魔力神経、明日中に治るかな……?」
先程マリカは急速に治っていると言ってくれたから、一晩経てば治っていたら良いんだけど……。
そんな私の淡い期待は、マリカの表情を見て霧散してしまった。
「ミアの治癒能力は本当に桁違いに凄いけど……それでも3日はかかる」
……そうだよね。通常なら半年も掛かる魔力神経の損傷がたった一日で治るわけ無いか……。
もしかしたらって、ちょっと期待してしまった。アードラー伯爵も言っていたのに……聖属性は特別じゃないって。
私はいつの間にか、自分の力を過信しすぎていたのかもしれない。
「……ミア、伯爵の言葉に惑わされないで」
「マリカ……」
「伯爵は言葉に<言霊>を乗せている」
「え!?」
「だから、伯爵の言葉に過剰反応を起こしてる」
アードラー伯爵の声や言葉を聞くと、全身で拒否反応が出るのはそのせいだったんだ。伯爵が喋ると震えが止まらなかったし。言ってる内容が気持ち悪いというのもあるだろうけど。
「私にとって、ミアの存在は奇跡そのもの。私はミアの力で救われたの」
「……ありがとう、マリカ」
マリカの励ましがとても嬉しい。私が弱気にならないように、心を強く持つように気遣ってくれているのが凄く伝わって来る。
──そうだ、私はハルとの約束を守らなきゃいけないんだ。
「すごく怖くて不安だったけど、マリカのおかげでだいぶマシになったよ」
──それに、マリカだけでも無事に帰してあげないと。
……私はどうなっても良い。生きてさえいれば、いつかハルに逢えるはずだもの。
だけど魔導国へ連れて行かれてしまったら、拘束監禁されるって以前マリカは言っていた。そうなるとマリカはもう二度とディルクさんと逢えないかもしれない。
せっかく澱みが無くなって、これから幸せになれるところだったのに……。
──そんなのは絶対ダメ! 私がマリカを守るんだ!!
そんな目標が出来たからなのか、だんだん身体の震えが納まってきた。
「マリカ、アードラー伯爵について解ったことある?」
大人しく言いなりになるのは絶対に嫌だ。もし抵抗する術があるなら何でもしたい。
「伯爵は闇属性を持っていると思う。さっきの<言霊>のように、闇属性でも人の精神に干渉する魔法が得意かも」
闇属性で精神干渉出来ると言うと良く無いイメージしか沸かないけど、それは闇属性魔法の使い方であって、結局は使用者次第なんだろうな、と思う。
苦痛ではなく安らぎをもたらし、悪い感情を消し去ることが出来て、苦しんで救いを求めている人を助けることだって出来るのに……。
あの人は自身の悍ましい欲望のために、今までどれだけの人を不幸にして来たのだろう。
話を聞く限り、今までかなりの人が犠牲になっているはず。これ以上犠牲者を増やす訳にはいかない……!
「今までどうして伯爵は捕まらないんだろうって思っていたけど、闇魔法で有耶無耶にしていたのかな……?」
「多分そう。証言だけでは証拠にならないし」
「証拠とか、上手く消してそうだよね」
裁判をしたとしても人的証拠は意味無さそうだから、何とか物的証拠を残せればアードラー伯爵の悪事を明らかに出来るのに。
「証拠を残すにはどうすれば良いんだろう?」
闇魔法を無効化出来て、精神干渉されなかったとしても物的証拠が問題だ。
私が「うーん」と悩んでいると、マリカがちょいちょいと私をつついた。
「ミア、これ」
マリカが指を指したものを見て「あ!」と思い出した。
「そうか、これがあったんだ!」
何という僥倖! これで証拠の件はバッチリ取れる!
後は使うタイミングだけど、伯爵には絶対バレないようにしなくっちゃ。
「これで少し希望が見えてきたね。最後まで諦めずに頑張ろうね」
「うん」
──マリカ一人が拐われなくて本当に良かった。
こうして二人一緒にいられた事は不幸中の幸いだったかもしれない。
それに、抵抗するために相談出来ると言う事が心の負担をかなり減らしてくれている。
「きっと大丈夫」
マリカも少しは心に余裕が出来たのか、そう力強く言ってくれたから私も心強い。
次にアードラー伯爵と会っても怯まないように心をしっかり持たなきゃ!
マリカのおかげでこの状況から脱却できるかもと思ったら、安心したのか何だか眠くなってきてしまった。安心なんてしてる場合じゃないのに、自分の危機感の無さに呆れてしまう。
「ミア、身体にかなり負担が掛かっている状態だからちゃんと休んで。じゃないと魔力神経の回復が遅れる」
「マリカは……?」
「私も少し休む。疲れていたら何事も上手くいかないから」
マリカの優しい声を聞いているうちに、私の意識は深い眠りの縁に滑り込んで行く。
完全に意識が沈み込む寸前に、マリカが何か言ったような気がするけれど、その言葉は私の耳に届くこと無く消えて行った。
「ミアは、必ず私が守る」
だから、マリカが私のために揺るがない決意を固めていた事なんて、知る由もなかったのだ──。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
豚伯爵が居ないとまだ平和ですね。
次のお話は
「74 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。4」です。
どうぞよろしくお願いします!
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