72 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。2
私の顔をジロジロ見ていたアードラー伯爵がウンウン唸っている。
「うーむ。何処かで会ったと思うんですけどねぇ」
どうしよう……! 今は私がユーフェミアだとバレる訳にはいかない……! 何としても気付かれないようにしなきゃ……!
アードラー伯爵達は結界の中には入れないはず。だったら顔が見えないように俯いていたら大丈夫かなと思い、顔を見られないよう必死に隠す。
「エフィムさんはこの結界に入れますか?」
「いいえ。残念ながら僕では弾き出されてしまうんです」
アードラー伯爵が「ふんふん」と言いながら結界に触れた瞬間、バチッと音がして伯爵の手を弾いた。結構な痛みがあったはずだけど、アードラー伯爵は全く気にした様子がなく、ケロッとしている。
「……うーむ。これは風属性の結界か……? 闇のモノを浄化した結界とはまた違うのか……。『裏切りのメダイユ』の効果が無効化されている……? となると……」
ブツブツと言いながらアードラー伯爵は結界を解析しているようだ。意外な事に魔法に精通しているらしく、私の結界の性質を見極めようとしている。
──もし、アードラー伯爵が結界を解く術を持っていたらどうしよう……!
今の私は魔法を使えない。この結界が最後の頼みの綱だ。
「うーむ。これは結構強固な結界ですねぇ。ですが、闇のモノが一体有れば十分壊せるでしょうなぁ」
「では、今から壊せますか!?」
闇のモノって……! まだ他にも居るの!? 今アレを出されたら、もう……!
「それがですなぁ、さすがに今日はもう無理でしてねぇ。明日すぐにでも準備させましょう」
……ああ、良かった! 少なくとも明日までは時間が稼げる! それまでにこの状況を何とか出来れば……!
「……そうですよね。折角、マリカが手に入ったのに残念です」
「本当に本当に! 私も早く呪術刻印を試したいのですがねぇ。初めてはこの子が良かったのに残念残念。今日のところは代わりの女で我慢するしかありませんなぁ!」
二人の会話の内容にマリカと二人で震え上がる。
マリカは初めてアードラー伯爵と対面したから、より一層恐怖を感じているのだろう。小刻みに震えたマリカの手が、きゅっとシーツを握るのが視界に入る。
「……まあ、お楽しみは取っておくという事で! お嬢さん、結界が解けたら今日の分もたぁ〜っぷり楽しませてもらいますからねぇ……!」
……ひぃっ! いやだいやだいやだ……っ!!
アードラー伯爵がニヤニヤと下卑た笑いを浮かべ、私に言い聞かすように声を掛けて来た。
耐え難い陰鬱な圧迫感に心が押し潰されそうになる。
恐怖で震えている私の横で、マリカが動く気配がした。身体が動かないから見えないけれど、私とアードラー伯爵の間に割って入ってくれたようだ。
「研究棟の結界をどうやって解いたの?」
少しでも情報を得ようとしたのか、それとも話を逸らす為かはわからないけど、マリカがアードラー伯爵に問い掛けた。
「おやおや、なかなか気丈なお嬢さんだ! 良いねぇ良いねぇ! 私は君みたいな子が大好きなんだよ!」
マリカがアードラー伯爵に気に入られちゃった……!! まさか私のために、伯爵の気を引こうとして……!?
「……あぁ、注文品じゃ無ければ一緒に遊んであげられたのにねぇ……!」
アードラー伯爵は研究院と何かの契約をしているからか、マリカには手を出せないみたいでとても悔しそうだ。
「あぁ、そうそう、結界ですけどね、綺麗なものは穢し尽くせば良いんですよ。簡単な事でしょ?」
アードラー伯爵の言葉に、何か底知れない恐怖を感じる。この人の感性は尋常じゃ無い……!
「聖なる力で穢れが祓えるなら、穢れた力で聖なるものを汚せばその力は失われるって言うだけの話です。私からしたら聖属性なんて特別でも何でも無いんですよ」
そんな……! どうしよう……。 アードラー伯爵には私の力が通じないかも知れない……。
「まあ、それでも聖属性は希少とされていますしねぇ。それに今、法国が血眼になって探しているらしいんですよ、聖属性の人間。ええっと、お嬢さんはミアさんと仰るんでしたっけ? ミアさんは聖属性でしょ? ミアさんを法国に連れて行けば良い条件で取引出来るんですけどねぇ」
法国が聖属性の人間を集めてる……? そう言えば以前、ディルクさんが最近法国が騒がしいとかそんな事言ってたような……何か関係があるのかな?
「魔導国でも人材を集めていらっしゃるでしょ? 何かきな臭いですよねぇ」
「……それは、院長をサポート出来る優秀な人材が必要だからで……」
アードラー伯爵にエフィムがオロオロしながら弁解しているけど、何だか雲行きが怪しい話になってきた。
でも魔導国も人を集めているなんて……だからマリカをしつこく勧誘していたのかと納得する。
「おっと、お嬢さん方に聞かせる話ではありませんねぇ。失礼失礼」
そう言いながら部屋から出ていこうとしたので、やっと緊張が溶けるかと思いきや、アードラー伯爵が何時かお屋敷で見た、あの舐め回すような視線を私に向けて告げた。
「ミアさん、明日を楽しみにしていますよ」
その言葉に、胸の奥から悪心がこみ上げてきて、気持ち悪さに視界が滲んでしまう。
──ハル……!! ハル! 助けて……!!
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
豚伯爵がすみません!後しばらく我慢いただけたらと思います。
次のお話は
「73 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。3」です。
どうぞよろしくお願いします!
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