71 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。1
暗闇の中で微睡んでいた私の意識に、何かが流れ込む。
「──ミ─、─────────か──……!!」
────誰……?
誰かに呼ばれたような気がして、どんよりと曇っていた意識がだんだん鮮明になって行く。
「ミア!」
……あれ? マリカの声? でもさっき聞こえたのは男の人の声で……?
何だか懐かしい、でも新しい声は誰の──?
「ミア、起きて!」
「────はっ!」
何だかふわふわとしていたけれど、マリカの切羽詰ったような声で目が覚めた。でもまだ頭はぼんやりとしていて、うまく思考が回らない。
「……あれ? どうなって……?」
目を開けるとぼやけた視界に白い人影が映る。このシルエットは私がよく知っている友達の……。
「あ、マリカ……」
だんだん目の焦点が合ってくると、そこにはすごく心配そうな表情をしたマリカが私の顔を覗き込んでいた。
「ミア……! 良かった……!」
「へぇ、あれだけ瘴気を浴びても精神が汚染されていないなんて……凄いなぁ」
目覚めた私に安心したマリカがあげた声に被さるように、別の人の声が聞こえてギョッとする。
──この声は研究棟を襲った男の人の声だ……!
慌てて身体を起こそうとしたけれど、身体中に刺すような痛みが駆け巡り、再び倒れ込んでしまう。
「……っ! ぐうっ……! ……はあ、はあ、はあ……っ!」
身体中が熱い……! 痛みが全身で暴れ回っているみたい……!
「ミア! 無理して動いちゃダメ! 魔力神経が傷ついてる!」
痛みにじっと耐えていると、少しずつ痛みが収まってきて、何とか声を絞り出す事が出来た。
「……マリカは……大丈夫……?」
この人の狙いはマリカだから、酷い事をされていなければ良いんだけど……。
「私は大丈夫。ミアのおかげ」
「…………良かった……」
マリカが無事とわかると、周りを見る余裕が出てきた。
部屋の調度品からして貴族のお屋敷みたいだけど……やはりアードラー伯爵の屋敷なのだろうか……?
どうやら私とマリカは、大人が十人は寝られそうな大きな天蓋付きベッドの上に置かれているらしい。
「ええっと、君、ミアって言うの? 君がこの結界を張っているのかな?」
「え……?」
結界と言われても、何の事かわからず戸惑ってしまう。
何とか視線だけ動かして部屋の様子を見てみると、私達の周りを透明な何かが覆っているのが分かった。
「……これは……?」
「ここに連れて来られた瞬間、結界が発動した」
マリカが教えてくれたけど、私は何もしていない……と思う。
でも、今までのことを考えるとあり得るのかな……?
「あれ? 無自覚みたいだな。自動発動型の魔道具でも持ってるの?」
……どうしよう。私の力の事は知られない様にした方が良いよね……。
私が黙っていると、男の人は「うーん、困ったなあ」と何かを考えている様だ。
「仕方がない。伯爵に相談してみよう。しばらく待っててね。ちなみに逃げようとしても無駄だから」
そう言って男の人は部屋から出て行ったけど、もしかしてアードラー伯爵がここに来るの……?
今すぐ逃げたいけれど、まだ身体が痛くて動けそうにない。どうしよう……。
「ミア、無理しないで。魔力神経は急速に回復しているから、もう少し待てば魔法が使えるはず」
こんな時でも冷静なマリカに、少しだけ緊張が溶けてきた。
「マリカはいつ気が付いたの……? 痛くない……?」
マリカも瘴気に當てられていたし、身体が痛くないのか心配だ。
「私はミアほど瘴気を浴びていないから大丈夫。それと気が付いたのは、ちょうどこの屋敷に着いた時」
マリカが教えてくれた事によると、マリカが目覚めた時は屋敷の中に運ばれている途中だったらしく、逃げようと藻掻いてみたものの、瘴気の影響で思う様に身体が動かず、そのままこの部屋に連れて来られたそうだ。
この部屋は屋敷の最奥にある部屋らしく、防御結界が張り巡らされているので、普通なら逃げ出すのは難しいとの事だった。
「ミアの魔力神経が完治したら他愛も無く壊すことが出来そうだけど、今はまだ駄目」
魔力神経とは、血管や神経と同じ様に身体中を隈なく巡っている、目には見えない魔力の通り道の事だ。魔力回路とも言うらしい。
この魔力神経が傷つくと、上手く魔力を練り上げることが出来ず、魔法の発動に支障をきたすのだ。
「目が覚めた時、ミアの状態が酷くて驚いた」
以前、マリカがドアノブを握った時のように皮膚が焼ける様な事は無かったらしいけど、身体中が瘴気まみれで真っ黒だったそうだ。
「薄皮一枚ほどの結界が身体を瘴気から守ってくれていたから、身体に傷は無い」
どうやら私は膨大な量の瘴気を防ぐのにかなり無茶をしたらしい。うーん。無意識だからよくわからないけれど。
「更に無理矢理結界を発動させたせいで、魔力神経が傷ついたんだと思う」
マリカ曰く、私達がこのベッドに置かれた瞬間、私が瘴気を弾き飛ばして結界を展開したらしいけど、瘴気で弱っているところに限界以上の魔力を使ったため、魔力神経が傷付いたという事だった。
「普通なら完治するのに半年は掛かるぐらいの重症。今、無理をすると魔力神経が切れて、魔法が二度と使えなくなる」
……えっ!? それはすごく困る!!
「だから、何が有っても魔法を使っちゃ駄目」
「……うん」
マリカのすごく真剣な表情に、今の私の状態がかなり悪いのだと思い知らされる。
でも、このままここで居続ける訳にも行かないし……。
「マリカ、この結界の強度は大丈夫かな……? さっきの男の人は入れなかったの……?」
「あの男はエフィム。魔導国の国立魔導研究院から勧誘に来た人間」
あ! あの人が研究院の人だったんだ……! そうか、あの人がハニートラップの人か〜。
「彼はここに入れなかった。ミアの結界が弾いたから」
「良かった……」
……って、え!? あれ!? ちょっと待って!?
じゃあ、その人がここに居るという事は、魔導国とアードラー伯爵は繋がっているって事!?
それはかなりマズイ状況なのではと、回らない頭で考えていると、部屋のドアがガチャっと開き、エフィムと言う人とアードラー伯爵が入って来た。
伯爵違いだったらと願っていたけれど、残念ながら願いは届かなかったらしい。
「いやいやいや! コレは随分と可愛いお嬢さん方だ!」
もう二度と見たくなかったその姿に、お屋敷での事を思い出し、体が震えて止まらなくなる。
「こちらの白い髪のお嬢さんがマリカさんですな! いやあ、噂に違わず美しい! こう見るとアルビノも良いですなあ!」
「伯爵……!」
アードラー伯爵の言葉にエフィムが困惑した声を上げる。
「いやいや、大丈夫大丈夫! 約束は守ります! マリカさんは綺麗な状態でお渡ししますとも! どうぞご心配なく!」
相変わらずの物言いに吐き気がする。この人は私達をモノとしか見ていない。おもちゃか何かと思っているのだろう。
アードラー伯爵の視線が私に向けられる。その情欲に塗れた眼に血の気が引く。
「こちらのお嬢さんもまた可愛らしい! 実に私好みだ!」
自分好みと言われてこれほど嬉しくない人が居るなんて! 死刑宣告と何ら変わらない。
顔を真っ白にした私の顔をねっとりと見回していたアードラー伯爵が、「おや?」と不思議そうな声を出した。
「お嬢さん、私と何処かでお会いしていませんかねぇ……?」
その言葉に、私の全身が凍りついた。
* * * あとがき * * *
お読みいただきありがとうございます。
変質者が調子に乗ってますが、しばらく我慢いただけると助かります。
次のお話は
「72 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。2」です。
しばらく豚屋敷の話が続きますが、お付き合い下さいませ。
どうぞよろしくお願いします!
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