70 闇に捕らわれたもの

 仮面の人物先導のもと、エフィムはランベルト商会の研究棟がある庭へやって来た。

 仮面の人物が何かの魔法を使っているのか、誰にも会わずここまでやって来ることが出来て少し拍子抜けする。


(何だ、思ったより簡単だったな……)


 これならば、すぐマリカを連れて帰れそうだと思ったエフィムだったが、目の前の建物を見て絶句する。


(何だこの建物は……! まるで神殿のような、聖なる力を感じる……!)


 エフィムはマリカのような魔眼も、ディルクのような鑑定も持っていないので、研究棟に張り巡らされている結界が見える訳では無かったが、魔法に長年触れてきた経験がその力を知らしめていた。イリネイ副院長が彼を優秀と言ったのは伊達ではない様だ。


 確かに、この堅牢な結界を破るのは至難の業だろう。エフィムはアードラー伯爵の読みと用心深さに感心した。


(なるほど、「穢れを纏う闇」一体ではとても太刀打ち出来そうにないな)


 エフィムと同じ事を考えたのか、仮面の人物から警戒する気配がする。


 仮面の人物が何処からか水晶玉のようなものを取り出した。

 しかし、それは水晶のように澄んだものではなく、その中はドロドロとした黒いものが渦巻いていて、解放されたそうに蠢いている。


 見るからに禍々しいそれを仮面の人物が地面に叩きつけると、地獄の奥深くに閉じ込められていた魑魅魍魎がまるで解き放たれた事を喜ぶかのように、闇が勢い良く広がっていく。

 そしてコールタールのようにドロドロとした黒いものから、人を形どったモノが次々と研究棟を取り囲む。


 黒くドロドロとした人形のようなモノが建物に触れた瞬間、太陽のような白い光が炎になり、闇のモノを灼き清める。

 まるで聖なる炎に灼かれたかのように、あっという間に炭になった「穢れを纏う闇」の一体がボロボロと崩れていく。

 しかし、恐怖心が無いのか、闇のモノは次々と建物に接触しては黒い灰になっていくのを繰り返していく。

 そんな事を何回か繰り返すうちに、結界の効力が弱まって来たのが目に見えて判った。

 聖なる炎も既に初めのような勢いはなく、徐々に建物が黒く塗りつぶされていく。


 闇を燃やす音も聞こえなくなり、建物の周りに完全な静寂が訪れる。


「すごい……! あれほど強固な結界が破れるなんて……」


 法国のかなり上位の聖職者が張ったであろう結界も、「穢れを纏う闇」には敵わなかったらしい。

 エフィムの中で闇属性に対し憧れのような、敬愛の念が湧いてくる。


 結界の効力が消えた建物の中は瘴気が溢れかえり、普通の人間であれば瘴気に當てられ昏倒しているだろう。


 仮面の人物が研究棟の入り口に向かうのに気付いたエフィムは、アードラー伯爵から預かった魔道具「裏切りのメダイユ」を身に着ける。


 結界はほぼ破壊したとは言え、まだ油断は出来ない。

 エフィムはまた結界が無いか慎重に確認しながらドアノブに手を掛ける。

 魔道具が効果を発揮したのか、問題なくドアを開ける事が出来たのだが、地を這うような重厚な音が建物内に響き渡る。


(何の音だ……!?)


 何かのトラップでも発動したのかと身構えるが、音が鳴った以外変化がなく、部屋の中は静まり返っていた。

 安心したエフィムは、目的の人物が居るか確認しようと中に入って驚いた。


「あれ? まだ立っている子がいる」


 結界は壊れ、建物の外は闇のモノで溢れている。普通の人間なら失神するか、意識が混濁するほど濃密な瘴気が漂っている室内で、意識を保てるならまだしも、立っていられる人間が居るとは思えない。

 この少女は一体何者かと思った時、ふと少女の足元に倒れている人物を見つけて胸が躍る。


「……ああ、マリカ居るね! 良かった! 探す手間が省けたよ」


 エフィムはマリカの元に駆け寄り、その小さい身体を抱き上げようとしたのだが、それを遮るように少女が立ち塞がった。


「近づかないで!!」


 この瘴気の中で更に動けるなんて普通じゃない。エフィムのように法国縁の魔道具を身に付けているのか、それとも……。


「ねぇ君、どうして起きていられるの? この瘴気の中で自我が保てるなんて……もしかして君が闇のモノを消し去ったのかな?」


 エフィムはもしかしてこの少女が何らかの方法で闇のモノに抵抗しているのではないかと考えた。

 どちらにしろ、この少女から何かしらの情報を引き出す必要があるだろう。


「……まあ、いいや。マリカ以外にも見目の良い女を連れて来いって言われていたし、ちょうど良かった」


「……ひっ!?」


 仮面の人物がエフィムの後ろから姿を現すと、その姿に恐怖したのか、少女が小さく悲鳴を漏らす。


「この子も連れて行こう。可愛いから伯爵が喜びそうだ」


 エフィムの言葉に、仮面の人物が少女に近づくと、ローブの中からどす黒い瘴気を放ち、少女の小さい身体を包み込んだ。


 黒い瘴気が晴れると、ぐったりとした少女が仮面の人物に抱えられていた。


「あらら。その子大丈夫かな?」


 さすがに先程の量の瘴気を浴びて、無事に済むはずがない。下手をすると廃人だ。しかし、仮面の人物は気にした様子もなく建物から出て行く。

 エフィムも長居は無用とばかりに、マリカを大事そうに抱きかかえ、来た道を戻って行った。





* * * あとがき * * *


お読みいただきありがとうございます。


前回に引き続きの別視点でした。


次のお話は

「71 ぬりかべ令嬢、闇に捕らえられる。1」です。


豚伯爵の屋敷に連れられてからのお話です。


どうぞよろしくお願いします!

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